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(6)

 職業体験プログラムの申込期限が過ぎた。


 一組では、先日の防衛局研究部の体験プログラムに参加した生徒以外、全員がどこかしらの事業所に申込みを済ませたらしい。


「募集人数に対して申込みの多かった事業所では、選抜試験を行う。内容や日時は追って知らせるから、そのつもりでいるように」


 朝の教室でレイナからそんな注意事項を伝えられた日の昼休み、アンリたちの話題は、やはり職業体験のことだった。


「ねえねえ。皆は結局、どこに申し込んだの?」


 話のきっかけをつくったのはマリアだ。先日、防衛局研究部における体験カリキュラムに参加したマリアには、これから行われる職業体験プログラムに申し込む資格がない。その分、友人たちの動向が気になるのだろう。


「僕は予定通りに、防衛局の戦闘部だよ。試験で落ちるようなら考え直すけど」


「ウィル君なら大丈夫でしょ。なんといっても、一組で三番目に魔法ができるんだから!」


 マリアの言葉にウィルは苦笑した。ウィルの魔法技術はアンリ、アイラに続いて三番目。

 マリアは褒めているつもりだろうが、上に二人いることを人からはっきりと言われるのも複雑な気分だろう。


「まあ、僕が何番目かはともかくとして。アンリは申し込まないでくれたから、無謀ではないと思ってるよ」


「結局、アンリはどこに申し込んだんだ?」


「魔法器具販売店だよ。面白そうだったから」


 ハーツの問いに、アンリは何気なく答える。その答えにハーツは目を丸くした。どうやら魔法器具販売店のプログラム概要に書かれていた注意事項のことを知っているらしい。


「嘘だろ? アンリが? 勿体ないだろ」


「皆そう言うけどさ。俺、魔法を使う仕事ならいくらでもやったことあるし」


「どういうこと?」


 訳の分かっていない様子のエリックに、アンリはプログラム概要に書かれた「魔法の使用機会無し」という注意事項のことと、あえてそんな事業所を選んだ理由とを話す。話を聞いたエリックは、呆れた様子で笑った。


「アンリ君らしいというか……たしかにアンリ君にとっては魔法を使う仕事なんて、今さら退屈かもしれないね」


「退屈ってことはないけど。でも、俺はきっと将来も魔法を使って生きていくんだろうし。それなら、ここでしかできない仕事をしてみたいって思ったから」


 アンリがそう言って笑うと、ハーツが釣られたように笑った。


「まあ、アンリらしいと言えばアンリらしいな」


 それから話はハーツの選んだ事業所のことへと移る。「どこにしたの」というエリックの問いに、ハーツは「運送屋」と簡潔に答えた。


「イーダの街中で、魔法を使って荷物を運ぶんだってさ」


 以前は造園業や地方役場も選択肢としていたはずだが、最終的に選んだのは運送業らしい。理由を聞けば、消去法だという。


「最初は造園業がいいかと思っていたんだ。でも園芸部の先輩で、家が造園業をやってる人がいて、今度、見学させてもらえることになったんだ」


 それならわざわざ体験をする必要もない、と「造園業」は選択肢から外れたという。


 次いで「地方役場」については、よくよく考えると、きっと机仕事が中心となるだろうことに思い至ったそうだ。想像しただけでも嫌になった、とハーツは実際に顔をしかめながら言った。


 こうして最後に残ったのが「運送屋」だったというわけだ。魔法を使うほかは、体を動かすことが中心になる仕事。

 運送屋というと街から街へと荷物を運ぶ仕事を思い浮かべがちだが、職業体験では、ほかの街からイーダへと運ばれてきた荷物を街中で指定の場所まで届ける仕事が中心になるという。


「重い荷物だとか大きな荷物だとかを運びやすくするための補助に、魔法を使うんだってさ。そんなに魔法が上手くなくてもできるっていうし、俺にはそのくらいのレベルがちょうどいいだろ」


 ハーツの話に対して「荷物に傷をつけないように気を付けないと」などと冗談を言って笑いあいながら、アンリたちは楽しく昼食を済ませた。





 魔法工芸部での挨拶回りは、順調に進んでいた。


 というのもランメルトのような職人気質の店主は少なく、皆、アンリたちの話を快く聞いてくれる人たちばかりだったからだ。相談が難航することも、助言を受けるのに厄介な課題をもらい受けることもない。


 店巡りにあたってキャロルは、偏屈な店主や頑固な店主もいるから気をつけるようにと言っていたが、その注意はどうやらランメルト一人のためにあったらしい。


「あら、そんなこともないわよ」


 しかし、アンリがそれとなく尋ねると、キャロルはのんきに微笑みながら否定した。


「まだ行っていないお店が二つあるでしょう。そのうち一つのお店の職人さんが、ランメルトさん顔負けの頑固な方なのよねえ。ランメルトさんはなんだかんだ言っても作品は置いてくれると思うのだけれど……こちらのお店はどうだか、わからないわね」


 これまでにアンリたちが出向いたのは、アナの店とランメルトの店、それに絵画の店と置物の店、食器の店の五つだ。以前の話によれば、残るは家具屋と雑貨屋の二つのはず。


「それは、どちらの店のことですか」


 イルマークが眉をひそめながら問う。ランメルトの店でのことが、よほど悪い印象として残っているのだろう。注意すべき店が事前にわかっていれば、行かないと言い出すかもしれない。


 そんなイルマークに対して、キャロルは悪戯っぽく笑った。


「それは内緒よ。お店とお話するときに、余計な先入観を持って行くのはよくないわ」


「しかし……」


「多少嫌な思いをするかもしれないけれど、だからといって避けてばかりいては、苦手がいつまでも苦手のままになってしまうでしょう? 貴方たちには来年もあるのだし、苦手を克服する努力もしないと」


 そう言われると、イルマークも言葉を返せないようだった。嫌だ行きたくないと我儘を言える立場ではないと思い直したのかもしれない。

 反論の無いイルマークに、キャロルは「心配しないで」と優しく微笑んだ。


「頑固というのは、魔法工芸への愛が深いということでもあるわ。こちらにも熱意があるんだってことを示せば、ちゃんとわかってくれるから」


 だから大丈夫、とキャロルは自信満々に言う。


 キャロルもまだ三年生、こうして店を回って挨拶と交渉とをこなすのは二回目のはずだ。それでもこうして堂々と振る舞っていて、実際にどの店に行っても、キャロルが信頼を得ていることがよくわかる。きっと、キャロルが魔法工芸に真摯に向き合っているということを、店の人たちも理解しているのだろう。


 そんなキャロルの言うことだ。嘘でも誤魔化しでもないだろう。


「あまり心配しすぎないで。これまでのお店と同じように臨めば良いのよ」


 そうしてキャロルは、アンリたちを元気付けるようににっこりと笑った。





 寮に戻ると、珍しく深刻な顔をしたウィルが「残りの二つの店に行くのはやめようかと思う」とアンリに告げた。突然の申し出に、アンリは目を丸くする。


「急にどうしたのさ」


「さっき部長の言っていたことを考えていたんだ。……魔法工芸への愛が試されるなら、僕は全然だめだ。気難しい人の店に僕がついて行ったら、足手まといになるだろ」


 たしかにウィルは工芸品をつくらない。そのことが「魔法工芸への愛が浅い」と見られてしまうのなら、それだけで店の人からの印象は悪くなるだろう。


 しかし、ウィルは作品をつくらないにもかかわらず、相談の場には同席したいと言ってわざわざ店を回っていたのだ。それを今さら行かないなどと言い出すなんて。


 ウィルが落ち着いた声で「明日にでも部長に言おうと思う」と勝手に話を進めようとするので、アンリは慌てて口を出す。


「ちょっと待って、ウィル。そもそも、なんでウィルは店に行こうと思ったのさ。その目的はもういいの? 回る店はあと二つだけなんだし、そのくらい行ったっていいじゃないか」


「でも、そのうちの一つが厄介らしいし。僕の目的は、たいしたことじゃないから」


「たいしたことであろうとなかろうと。何かあったんだろ? それはいいの?」


 重ねて問うアンリに対して、ウィルは「本当にたいしたことじゃないんだ」と、困ったような笑みを見せる。


「僕はただ、曲がりなりにも入部したからには、何か役に立てればと思っただけだよ。作品づくりに参加しない分、余計にね。でも、僕がお店に行くことでかえって足を引っ張ることになるなら、やっぱり行かない方がいいだろ?」


 ウィルの言葉にアンリは「え」と呟いたきり言葉を返せなかった。


 元々ウィルは魔法工芸に興味を持ってはいなかった。それをアンリが部員獲得のために、無理に入部を勧めたのだ。だからアンリにとっては「部員でいてくれる」だけでも充分ありがたいのだが、本人は、それだけでは不十分だと思っていたということか。


 ウィルは気恥ずかしそうに視線を逸らしながら続ける。


「アンリには魔法の訓練とかで色々世話になってるし、部長とか元部長とかも、作品もつくらない僕の在籍を認めてくれているだろ。そういうのに応えたいというか……もちろん、店回りについて行ったからと言って、何ができるわけでもないんだけど。でも、今年行っておけば、来年は役に立てるかもしれないし」


 だから本当にたいしたことじゃないんだよと、ウィルは視線を逸らせたままに早口で言った。

 そんなウィルの言葉を受けて、アンリはもうしばらく、何も言うことができなかった。

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