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(4)

 翌日アンリたちがキャロルとともに向かったのは、魔法工芸品を専門に扱う商店だった。店内には大きな壺のようなものから小さなブローチまで、魔法工芸による多様な品が揃っている。


 店主は背の低い痩せた老人で、顔には年齢による皺のほか、眉間に神経質そうな深く硬い皺が寄っている。彼は不機嫌そうに眉間の皺を深めてじろじろと無遠慮にアンリたち二年生を睨むと、キャロルに視線を移し、大きなため息をついた。


「去年嬢ちゃんが初めて来たときにも、まあ役に立たなそうな子供が来たと思ったもんだが。今年もまた、ずいぶんと頼りなさそうなのを連れてきたなあ」


「そんなことおっしゃらないでください、ランメルトさん」


 どうやら老人はランメルトというらしい。キャロルの言っていた「あれをつくれ、これをつくれってうるさい職人気質のお爺ちゃん」はこの人かなと、アンリは直感的に感じた。


「まだ入部したばかりの二年生ですから。頼りないかもしれませんけど、これからの成長に期待してあげてください」


 怖じ気づくことなく穏やかに微笑むキャロルの言葉に、ランメルトは口をへの字に曲げて黙り込む。そのままアンリたちに背を向けると、おもむろに店の奥へと戻っていった。


 機嫌を損ねてしまったかとアンリは冷や冷やしたが、隣のキャロルは平然としている。


 やがて戻ってきたランメルトの手には、十数枚の紙の束が握られていた。


「まずは試しにコイツをつくってこい。話はそれからだ」


 ランメルトは持ってきた紙の束を、無造作にアンリへ突きつける。思わず受け取ったアンリは、紙をペラペラとめくった。


「……設計図?」


「下絵だ。つくり方まで書いてやってるんだから、ありがたく思え。十日後にモノを持ってきな。出来によっては、うちの店に作品を置いてやらんこともない」


 魔力石を装飾に使った小箱、魔法で形作る壺、魔力で色彩を得る絵画。そのほかアンリにとって見覚えのない、珍しい魔法工芸品のアイデアが様々描かれている。


 今日の話はそれだけだ、とばかりにランメルトはまた口を閉じた。これ以上は何も喋らないぞという雰囲気を醸し出しながら、子供を追い出すような手振りをみせる。


 にこにこと笑顔を崩さずに「ありがとうございました」と言うキャロルに続いて、アンリたちもそそくさと店を出た。





 店を出た面々の表情はまちまちだ。


 面白そうな下絵を受け取って奮起するアンリ。不満げに眉をしかめるイルマーク。特段変わった様子を見せないウィル。


 そんな後輩三人に対して、キャロルは面白そうに口を開いた。


「いろんなお店があるって、わかってもらえたかしら」


「色々と言っても限度があります。たしかに私たちは、作品を置いてもらえるよう頼む立場ではあります。しかし、だからといってあのような態度は許せません」


 噛み付くように言うのはイルマークだ。店の中では黙って大人しくしていたものの、内心では相当の不満を溜め込んでいたらしい。そんなイルマークを宥めるように、キャロルが穏やかに、ゆったりと口を開く。


「まあまあ落ち着いて。気難しい方だけれど、魔法工芸に対する熱意は本物よ」


「気難しさは『ちょっと』ではないように思いますが」


「それは人によって、感じ方があるでしょうけれど。ランメルトさんの認める魔法工芸家は、一流の人たちばかりよ。私たちのような学園生、ましてや魔法工芸を始めたばかりの二年生が未熟と思われるのは、仕方ないわ」


 でもね、とキャロルは笑顔で続ける。


「試作品で良いものをつくれば、あの方は一定の評価をしてくれる。そうして、一流になるための道筋を示してくれるの」


 一流になるためにどんな技術や経験が必要か。そのための助言を惜しまずに恵んでくれる。だから魔法工芸家として大成したければ、ランメルトの気難しさと上手に付き合い、彼に認められるよう試作品づくりに励むのが一番の近道だ。


 そんなことをにこやかに説くキャロルに対し、イルマークは渋面を崩さなかった。


「……私は、あのような人に認められたいとは思いません」


 頑ななイルマークの言葉には、さすがのキャロルも笑顔を苦笑に変える。


「どうしても無理というなら仕方ないわ。アンリさんはどう? その課題、試してみる?」


「もちろん、俺はやりますよ」


 キャロルとイルマークとの会話を聞き流しながら、アンリはすでに、この紙に描かれた内容をどうやって再現するかを考え始めていた。どこでどんな素材を採取し、それをどのように組み合わせ、どんな魔法を使って形にするか。


 面白そうだ。やらないという選択肢はない。


 しかし紙から目を離さずに答えたアンリに対し、キャロルはむしろ、やや困惑した様子で口を開いた。


「……アンリさん。一応、念のため言っておくけれど。それは、あなた一人で全部つくるというものではないのよ?」


「えっ?」


 キャロルの言葉に、アンリは驚いて顔を上げる。


 イルマークはランメルトからの課題に取り組むつもりがなさそうだし、ウィルには元々作品をつくる気がない。アンリ以外に誰がやるというのか。


 そんな疑問を顔に浮かべたアンリを前に、キャロルは呆れたため息をついた。


「あのね、私たちは魔法工芸部の代表として来ているの。いただいた課題は、部活動の皆で協力してつくりあげるのよ。……だいたい、製作期間は十日よ。一人で全部はつくれないでしょう」


 言われてアンリは、受け取った下絵の紙をペラペラとめくる。全部で十七個。十日のうちに、他の店への挨拶回りもしつつ、十七の作品を仕上げる。


 頑張ればできる、とアンリは思った。

 しかしキャロルは「一人では到底できることではない」と当たり前のように言った。


「持ち帰って、皆で分担を決めましょう。テストのようなものだからできれば二年生でやってほしいけれど、難しそうなら私たちも手伝うから」


 アンリは手に持った下絵を眺めながら「わかりました」と、わかっているのかいないのか、ぼんやりと曖昧な返事をした。





 部活動を終えて寮に戻ってからも、アンリはずっとランメルトからもらった下絵を眺め続けていた。その顔はやや不満げだ。


「……ねえアンリ。もう諦めなよ」


「別に、諦めるもなにも。俺はどうやってこれをつくるか、考えているだけ」


 とりつく島もない回答に、ウィルはため息をつきつつ「でもそれ、アンリの担当じゃないやつだろ」と諦め半分に指摘する。


 部活動に持ち帰った十七枚の下絵は、挑戦する意欲のある六人の部員で分けることになった。アンリの担当は十七枚のうち三枚。それなのにアンリは、いつの間にか十七枚全てを複写して持ち帰って来ていた。今覗き込んでいるのは、一年生のコルヴォが担当することになった分のはずだ。


 アンリはウィルの言葉に対し、「別にいいだろ」と不機嫌に口を尖らせる。


「実際につくるかどうかは別として、どうやってつくるのか考えて楽しむ分には自由だろ」


「時間があるならそれでもいいさ。でもアンリには今、他にやるべきことがあるだろう」


 そう言ってウィルがアンリの前に突き出したのは、職業体験の受け入れ協力事業所一覧の冊子。それを見て、アンリはようやく設計図から目を上げた。


「ほらアンリ。どこに申し込むか決めた? 締切まで、あと少ししかないんだから」


「……そうだった」


 アンリは仕方なく手に持っていた紙を横によけ、ウィルから差し出された冊子を手に取る。職業体験プログラムの申込み締切はもう明後日だ。それなのにアンリはまだ、どこの事業所にするか決めかねている。


「何度も言っているけど、決められないからって防衛局を選ぶのだけはやめてくれよ。ただでさえ枠が少ないんだから」


「……わかってるよ」


 防衛局戦闘部の体験募集人数は三人。申込みは、きっと三人よりもずっと多いだろう。ウィルはそこに申し込もうとしている。競争相手が一人でも少ない方が良いと思うのは当然だ。


「アンリは魔法工芸に興味があるんだろ? あるいは、魔法器具製作はどう?」


 ウィルが手を伸ばして、アンリの手元の冊子を勝手にめくる。魔法工芸工房と魔法器具製作工房とは、どちらも同じページに記載があった。


 アンリは眉をひそめて首を横に振る。


「前にも言ったけど、俺にとってはどっちも今さらだよ。魔法工芸は部活動でできるし、魔法器具製作だって関わる機会はいくらでもある」


「そうは言っても、職業体験で行くのだと印象も違うかもしれないし」


「その理屈だと、防衛局でもいいっていうことになると思うけど」


 アンリの切り返しに対して「それは駄目だね」とウィルも諦めて首を振った。もっと全然違うところを考えないと……と二人で改めて冊子を睨む。


 そうしてアンリはふと、魔法器具製作工房の次に掲載された事業所に目を留めた。これまでのアンリに経験のない仕事。しかし、アンリの興味には関係している仕事だ。


「ねえ、ウィル。これなんてどうだろう。面白そう」


 どれどれ、とウィルがアンリの手元を覗き込む。そうして「えっ」と声をあげた。


「アンリ。それ、本気? 注意事項、ちゃんと読んだ?」


「もちろん読んだよ。だからこそ面白そうだと思うんだけど。駄目かな?」


「……うーん。まあ、駄目なことはないけど」


 消極的ながらも、どうやらウィルの賛同を得ることもできたようだ。

 これでようやく申込書の「希望事業所」欄を埋めることができるぞと、アンリはほっと息をついた。

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