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(3)

 できれば青以外の色の装飾品が欲しい、とアナは言った。


「見てのとおり、最近うちの主人が青のアクセサリーに凝っていてね。青いものばかりできちゃうのよ」


「俺は、アナによく似合うと思って……」


「あなたは黙っていて」


 ぴしゃりと言われてガロが口を閉じる。どうやらこの工芸作家は、年下の可愛らしい奥さんの尻に敷かれているらしい。


「青いものだと、主人のつくったものに埋もれてしまうでしょ。青ばかりというのもバランスが悪いし、できれば他の色がいいと思うの」


「ほかに形とか種類とか、何か指定はあります?」


 キャロルが事務的に問うと、アナは「そうねえ」と首を傾げた。


「指定というわけじゃないけど。最近の流行りはこういうのかな」


 そう言ってアナは、先ほど外して卓上に転がしてあった簪を手に取った。髪に挿すと、細かな石の飾りが連なって垂れる形のものだ。


「これ一本で髪をまとめることもできるし、結った髪に挿しても可愛いのよ。このあたりでは簪を挿す文化なんてなかったんだけど、南の国との交流が増えてきたからかしら。一昨年くらいから簪が欲しいという人が増えてきて、今では一番の人気商品なの。特に今は、こういう飾りが華やかな物が人気ね」


 手に取った簪を再び頭のお団子に挿し、アナは「どう?」と微笑みながら首を傾げた。頭の傾きに合わせて、簪の飾りがしゃらりと音を立てて揺れる。一本だけでも華やかに髪を彩ることのできる簪には、人気になるのも頷けるだけの存在感があった。


「イヤリングだとかブレスレットだとかの一般的なアクセサリーも、今は飾りの華やかな物がよく売れているのよ」


 アナは先ほど外したアクセサリーの中から、飾りの大きいものを取り分ける。細かな飾りが連なって揺れるイヤリング、鮮やかな色合いの石が連なったネックレス。革だけのシンプルなブレスレットは除けておいて、彩り豊かな飾り石の付いたアンクレットを手に取った。


「よければ、見本として持っていく? 実物があった方が、イメージも湧きやすいでしょう」


「良いんですか?」


 もちろん、とアナはにっこり笑って頷いた。


「学園生の皆さんの参考になるなら、ぜひ。でも、勘違いしないでね。これと同じものをつくってほしいとか、こういうものでないとお店には置けないという意味ではないから。あくまで参考にして、皆にはのびのびと、自分の好きなものをつくってもらいたいな」





 優しく微笑むアナに見送られ、アンリたちは学園への帰路についた。


「良いお店だったでしょう」


 道中、キャロルはアンリとイルマーク、ウィルに対して楽しそうに言う。


「今日は初めてだから、特に穏やかなお店を選んだのよ。お店によってはもっと店主が偏屈だったり、頑固だったりするところもあるから気をつけてね」


 でもどの店も学園生には優しくしてくれるのよ、とキャロルは明るく続けた。


「あれをつくれ、これをつくれってうるさい職人気質のお爺ちゃんもいるけれど、そういう人も結局のところ、私たちのことを思って色々言ってくれるのよ。だって、本当に気に食わないんだったら、私たちとの取引をやめることだってできるんだもの。そこをこらえて、細かく指導してくださるの。色々な人に会うことになると思うけれど、そのことは忘れないでね」


 アンリはキャロルの言葉に頷きつつも苦笑する。そんなふうに言っておかなければならないほど、ほかの店の人たちはアクが強いと言うことだろうか。

 そんな顔しないで、とキャロルが笑う。


「心配するほど大変な話でもないわ、皆なら大丈夫。……ひとまず来週までにすべてのお店にご挨拶しておきたいわね。それから、誰がどのお店の何をつくるか、皆で話し合い。決まったら下絵を描いたりサンプルをつくったりして、お店に見てもらって。それから本製作よ」


 交流大会まで、まだ半年ほどの時間がある。こんなに早くから準備する必要があるのかと疑問に思っていたアンリだが、こうして聞くと、やらねばならないことはたくさんあるようだ。


「今日のようにご挨拶に伺うべきお店は、いくつあるのでしょうか」


 イルマークの問いに、キャロルは「一応、あと六つの予定ね」とやや曖昧に答えた。


「絵画を扱うお店と、置物のお店、家具屋さん、食器屋さん、雑貨屋さん。あと、魔法工芸品を専門に扱うお店。去年お願いしたお店はそんなところ。でも、今年もお願いできるかは行ってみないとわからないのよ。もしも駄目と言われてしまったら、ほかのお店も当たらないと」


「断られることも多いんですか?」


 意外そうな顔で尋ねたウィルに、キャロルは肩をすくめる。


「多いわけじゃないけれど。たまに、閉店しちゃったとか、交流大会への出店をやめるとかいうお店もあるから」


 そうなったら一から店を探さなければならないから大変よ、とキャロルは言う。一昨年店仕舞いをした店の代わりに昨年アナの店に頼んだというから、これは経験済みの苦労なのだろう。


 それでもキャロルはすぐに、気持ちを切り替えるようににっこりと明るく笑った。


「ま、そうなったらそのときに考えましょう。ひとまず、お店に行ってみないことには何もわからないものね」





 そういうわけで、しばらく忙しくなりそうだから仕事は回さないでほしい。

 寮に戻ったアンリがそんな連絡を入れると、通信魔法の向こうからは楽しげな笑い声が聞こえた。


「俺、何かおかしいこと言いました?」


『いいや。学園生活を楽しんでいるようで何よりだ』


 笑い混じりの隊長の声は、まるでアンリを馬鹿にしているかのようだ。アンリはむっとして口を閉じた。しかしアンリも、心中では隊長が笑うのも無理はないと理解している。


 上級戦闘職員としての仕事と学園生活とを両立させるため、アンリは学園生活で何かがあれば、都度、隊長に報告している。たとえば試験前だから勉強する時間を確保させてほしいとか。補習になったから週末にも休めないとか。交流大会の準備で忙しいというのも、そうした報告のひとつだ。回す仕事の時期や内容に配慮してもらうための必要な報告に過ぎない。


 ところが現在のアンリの立場は、上級戦闘職員としては「休職中」。人手不足や特殊案件でない限り、アンリに仕事が回ってくることはない。だから仕事の件数は元々少ないし、イレギュラーな案件がアンリの都合を配慮して発生するわけもない。


 つまりアンリが学園生活のことを報告しようとしまいと、仕事の時期や内容には無関係なのだ。


 それでも一応何かのためにと報告は続けている。しかしどうにも、報告というより世間話のような具合になってしまうのだ。これでは隊長が笑い出すのも無理はない。


「……こういう報告、いらなければもう連絡しませんけど」


『いやいや! いらないなんて、とんでもない』


 アンリの申出に、隊長はやや慌てたように言う。それでもその声は、相変わらず笑い混じりだ。


『何かの役に立つこともあるだろうし、念のため、予定くらいは聞いておきたいな』


「もっともらしいことを言って。単なる興味本位なんじゃないですか?」


『そ、そんなわけないだろ』


 明らかに慌てた声音は、いかにも怪しい。


 しかしアンリが重ねて問いただす前に、隊長は『そんなことより』と話題を逸らした。


『アンリ、職業体験はどこに申し込むか決めたのか?』


 職業体験プログラム。中等科学園二年生の任意カリキュラムで、主に魔法に関連する職業を、数日間体験することができる。どの職業を体験するかは、数ある協力事業所の中から学園生が自分で選べるようになっている。


 もうすぐ申込みの期限だというのに、アンリはどこにするか、未だに決めていない。


「……まだ考え中です」


『悩んでいるなら、うちの体験に申し込んでもいいんじゃないか』


 国家防衛局の戦闘部も、今年から職業体験の受入れ協力事業所として名乗りを上げている。防衛局戦闘部といえば、中等科学園生の憧れだ。アンリの同級生にはその枠を狙う者も多い。しかし、アンリにとってその選択肢はあり得ない。何が悲しくて、今さら自分の仕事を体験しなければならないのか。


「絶対に嫌です。それなら申し込まない方がまだマシですよ」


 アンリが口を尖らせて言うと、通信魔法の向こうから再び隊長の笑い声が漏れ聞こえた。


『そうだろうね。まあ、好きな仕事を選ぶといいさ。どんな職業でも、きっと良い勉強になる。あまり深く考えずに、面白そうだと思える仕事に挑戦するといい。……それで、どうしても決めかねるようなら、諦めて戦闘部に』


「それだけは、絶対に御免です」


 隊長の言葉を途中で遮って、アンリは通信を切った。おそらく隊長も冗談を言っているだけなのだろうが、これ以上冗談に付き合う気にもなれない。職業体験の申込期限は、もう三日後に迫っているのだ。


(……もう一回、体験先のリストをちゃんと見てみよう)


 嫌なことを思い出させられたと言わんばかりに顔をしかめつつ、アンリはウィルの待つ部屋へと戻った。

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