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キャロルから説明があった日の翌日夕方、アンリたちはさっそく、交流大会で品物を置いてくれることになっている店のひとつに向かった。
「露店はほとんど、普段から街中の店舗で商いをなさっている方が開くのよ」
ごく稀に、普段は全く別の仕事をしつつ露店だけ出す人や、旅の商人などもいる。けれどもたいていはイーダの街中で商店が集中しているエリアに本店を構えていて、交流大会の時期だけ、臨時の小型店舗を学園近くに出店するような形を取っているらしい。
これから向かうのはそうした商店のひとつだとキャロルは言った。
「装飾品を扱っているお店よ。店主は女性の方で、旦那さんのつくった装飾品を中心に、可愛らしいものがたくさん置いてあるの。魔法工芸に限らず、普通の装飾品も色々あるのよ」
工芸作家として装飾品をつくる夫と、商人として各所から装飾品を集めて、夫の作品とともに販売する妻。夫婦で切り盛りしているのだという。
「パートナーのつくった物だけを売っているわけではないのですか」
「元々、各所から商品を集めて売るお店だったの。そこのお店の一人娘が、作家さんの一人と好い仲になって結婚しちゃったのよ。そのあと彼女がお店を継いだのだけれど、お店は以前と同じように続けているということ。素敵でしょう?」
そうして話しながら歩くことしばらく。貴族たちの住む大きな邸宅の多い閑静なエリアを抜けて、賑わいのある、商店や飲食店の多いエリアに入った。
大通りをそのまままっすぐ歩けばいずれ一般住宅の多いエリアへと入るが、それよりもだいぶ手前で、道を右に曲がる。曲がりくねった細い道を長々と歩き続けた後、良く言えば歴史を感じさせる、悪く言えば古ぼけて色褪せた佇まいの木造平家の前で、キャロルはようやく足を止めた。
「ここよ。今の店主さんのお祖父さんが若い頃に始めたお店らしくて、建物は古いけれど、中の商品は流行の最先端をいくものばかりなの」
私も自分のアクセサリーを買いによく来るのよと笑いながら、キャロルはおもむろに入口の引き戸を開けた。
間口が狭く、奥に細長く続く形の店だ。店内は薄暗く、奥に店員がいるのかさえよくわからない。その奥に向けて、キャロルが「ごめんください」とそっと呼び掛ける。
遠いところから「はーい」と女性の高く澄んだ声が響いた。
声を合図としたかのように、店内にぱっと明かりが灯る。天井に備え付けられた魔力灯の明かりだ。
明るくなった店の中を、アンリたちは唖然として見渡した。それまで薄暗く沈んだようだった室内が、明かりが点いた途端、きらきらと煌めいたのだ。
左右の壁のフックに引っ掛けられた耳飾りや首飾り。備え付けられた棚の上に並べられた指輪や腕輪、髪飾り。明かりを受けて、そうした装飾品の数々が、煌びやかに輝いた。
そうしてすぐに、店の奥からぱたぱたと軽い足音を響かせて、若い女性が顔を出す。
「はいはい。お待たせいたしました、こんな寂れたお店にようこそ……って、あら。キャロルちゃんじゃないの。お久しぶり」
にっこりと笑ったその女性も、店内に相応しくきらきらと煌めいていた。
頭のてっぺんでくるりとお団子にまとめられた、輝くような金色の髪。そのお団子に左右から二本ずつ、合わせて四本も挿された簪。左側の簪の根本には大きな瑠璃色の石が嵌めこまれ、右側の簪からは同じく瑠璃色の小さな石が、連なって垂れている。
視線を下ろせば耳には紺青色の石が付いたイヤリング、首には青玉の連なったネックレス、腕には薄藍色に染められた革のブレスレット。十本の指のうち七本には、青みを帯びた種々の指輪が嵌められていた。
彼女の身を包む白い無地のワンピースが、そんな装飾品の鮮やかな色合いをいっそう際立たせている。数々の装飾品に彩られた彼女は、まるで、この煌びやかな店の一部のようだ。
女性の出迎えを受けたキャロルは、優雅に微笑んで首を傾げた。
「こんにちは、アナさん。ご無沙汰しています。最近の流行りは青ですか?」
「いやだ、違うのよ。ちょっと主人に遊ばれているところで」
キャロルにアナと呼ばれたその女性は、はにかむように店の奥を振り返る。「あなた、キャロルちゃんよ」というアナの呼びかけに、奥から「おう、久しぶりだな」と嗄れた声が返ってきた。
「今日は何を見に来たんだい。髪飾りか? 首飾りか?」
親しげにそんなことを呟きながら出てきたのは、背が高くがっしりとした体格の中年男性。アナの倍ほどは歳をとっているだろうか。薄汚れた作業着姿で手に金槌を持っている様子は、今の今まで工房かどこかで作業をしていたかのようだ。
その男性に、アナが「あなたったら。お客さんの前なんだからもうちょっとちゃんとして」と頬を膨らませた。どうやら夫婦らしい。その歳の差に、アンリたちはまた唖然として固まる。
キャロルはいたずらが成功したような顔でくすりと笑った。
「お久しぶりです、ガロさん。今日は次の交流大会に向けての相談に来ました。こちらの三人は、魔法工芸部の新人たちです。皆、優秀なんですよ。……三人とも、こちらは店主のアナさんと、その旦那さんで工芸作家のガロさんよ。これからお世話になるのだから、失礼のないようにね」
よろしくねと揃ってにこやかに微笑む二人は、歳の差こそあれ、たしかに夫婦のようだった。
交流大会に向けて製作する工芸品のうち、装飾品についてはアナの出店する露店にて扱ってもらうことになっているのだという。
店の奥に置かれた大きな木のテーブルで香ばしいお茶をご馳走になりながら、キャロルはアンリたちに向けてゆったりと言った。
「一昨年までは別のお店にお願いしていたのだけれど、お店の方がご高齢で、店仕舞いなさってしまったの。それで昨年から、私が馴染みにしているこのお店にお願いしているのよ」
キャロルは自身がまだ幼い頃、アナの父親が店の主人だったときから、よくこの店を利用しているのだという。いわばお得意様ということらしい。
「うちみたいな目立たない店が、交流大会の主役たる学園生の皆さんの作品を置かせてもらって良いのかって悩んだんだけれども。キャロルちゃんにどうしてもって言われたら、断れないわよねえ」
「そんなこと言って。アナさん、楽しんでいたでしょう?」
「それはそうよ。やると決まったからには楽しまなきゃ。ねえ、あなた?」
同意を求めてアナが横に座る夫に振り向くと、髪に刺さった簪の飾りがしゃらりと鳴った。
あらいけない、とアナは慌てた様子で頭に手を添える。
「お客さんの前だというのに、こんなに色々くっつけたままで。すっかり忘れていたわ、ごめんなさいね」
恥ずかしそうに「やだやだ」と呟きながら、アナは簪を一本ずつ丁寧に引き抜く。全て外したら次にイヤリング。次にネックレス。次にブレスレット。それから少し屈んでアンクレットを外すと、最後に手の指から六つの指輪を引き抜いた。
右手の親指に、濃い青緑色の石の輝く指輪がひとつだけ残る。アナは手を天井にかざし、魔力灯の光にきらきらと輝く石をしばし眺めた。
「そうねえ、今回はこれにしようかしら」
「うん。俺も、それがいいんじゃないかと思ったんだよ」
うっとりとしたアナの言葉に、ガロが優しく同意する。なんのことかと首を傾げるアンリたちに、キャロルが耳打ちするように囁き声で教えてくれた。
「さっきのはね、全部ガロさんがアナさんのためにつくってあげたものなのよ。つくったものを全部アナさんに試させて、アナさんが一番気に入ったものをプレゼントするの」
「……残りは?」
「それはもちろん、このお店で売るのよ」
アナのためにしか装飾品をつくりたくないガロ。店を商い、生活を成り立たせたいアナ。
二人の願いを組み合わせて「アナのための装飾品をたくさんつくり、余った分を売る」という作戦に出たそうだ。
キャロルの小声の説明に、イルマークが顔を寄せつつ声を潜める。
「……ガロさんは、それで良いのですか?」
「一度でも奥さんに試しに着けてもらえれば、それで良いらしいわよ」
イルマークのさらに向こうから、ウィルもひそひそ話に混ざった。
「それだと、お店に置く商品の色とか形とかが、偏っちゃうんじゃないですか」
「そうよ。アナさんのように金髪で小柄な女性に似合うようなものしかつくらないのだもの。だからこそ、アナさんはガロさんの作品だけでなく、他所から仕入れた商品も並べているのよ……本当は旦那さんのつくったものだけを売りたいみたいだけれどね」
キャロルはにまにまと笑いながら、夫婦の睦まじさを我が事のように、嬉しそうに語る。アンリたち三人は、胸焼けする気分で顔をあげ、向かいに座るアナとガロに目を遣った。
アンリたちがこれだけ長いこと内緒話を繰り広げていたというのに、目の前の夫婦は気にした様子もなく、肩を寄せ合って指輪を見つめ、あれこれと二人の会話を楽しんでいる。
しばらくして学園生に見られていることに気付いた二人は、はっとしたように居住まいを正し、気まずげに苦笑してからこの日の本題へと話題を転じたのだった。




