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ここから第7章です。




 そろそろ交流大会の準備を本格的に始めましょう。


 魔法工芸部で部長のキャロルがそう言ったのは、まだ交流大会まで半年近くある頃だった。


 交流大会。イーダの街にある三つの中等科学園の交流のため、年に一度、五日間の日程で開催されるイベントだ。魔法士科や騎士科の学園生による模擬戦闘、研究科による研究発表、展覧会。そのほか中等科学園生によるさまざまな催しが開かれる。


 中等科学園主催の行事ではあるが、その時期には近隣の商店が露店を出すなど、街の全体が華やかに賑わう。

 近くの町や村からの観光客も多い。イーダの辺りに住んでいれば、子供から大人まで、交流大会を知らない人はいないだろう。


 魔法工芸部にとっても、普段の活動の成果を広く知ってもらうための良い機会だ。


 とはいえ、まだ半年も先のこと。


 そんなに急いで、魔法工芸部はいったい交流大会で何をするつもりなのか。首を傾げる一年生と二年生とを前に、キャロルはいつになく部長らしく、堂々と続けた。


「交流大会では私たち、ただの展示はやらないの。知っていた?」


「えっ」


 思わず声をあげてから、アンリは慌てて左右を見回した。一緒に話を聞いている同級生や後輩たちも皆、一様に驚いた顔をしている。キャロルの話を意外に思ったのが自分だけではないことを確かめて、アンリは安堵の息をついた。


 魔法工芸部はその名の通り、魔法を生かした工芸品をつくる部活動。交流大会は自分たちの作品を展示して人に見てもらうための、絶好の機会のはずだ。しかも部長たちは前々から、交流大会に向けて意気込む様子を見せていた。そのうえ今は「そろそろ準備を始めよう」という話のはずだ。


 展示をやらないとは、いったいどういうことだろう。


「ふふ、驚いたでしょう」


 後輩たちの顔をゆっくりと見渡してから、キャロルは満足そうに続けた。


「もちろん、何もしないわけではないのよ。魔法工芸部が交流大会で何もしないなんて、あり得ないでしょう。でも『ただの』展示ではないの。……そういえば、アンリさんは見たことがあるはずよね」


 悪戯っぽく微笑むキャロルの視線がアンリに向けられた。


 思わぬ指名に、アンリは目を瞬かせながら記憶を探る。アンリが見たことのある展示? 去年の交流大会のことだろうか? 面白そうな工芸品をいくつも見たので、そのどれが魔法工芸部の展示だったかなんて、細かく覚えてはいないが……。

 いや、そういえば。後からそうだったのだということを知った作品が一つ、あったはずだ。


「……あのランプ」


「そう、それよ! 私のつくったランプ。あれは、私が魔法工芸部の活動の中でつくったものよ」


 昨年の交流大会。魔法工芸品を売る露店で見かけたランプ。ふんだんに使われた装飾用の魔力石は、内側に火を灯すことで煌びやかに輝くようにできていた。


 実用的で無骨な魔法器具ばかり見て育ったアンリにとって、魔力石を芸術的に使いこなしたそのランプは、斬新で心惹かれるものだった。


 アンリが魔法工芸に興味を抱くきっかけになったと言っても、過言ではない。

 それが中等科学園生の作品であるということをアンリが知ったのは、交流大会が終わった後のことだ。


「アンリさん、覚えている? 私のランプが置いてあったのは、展示会ではなかったと思うのだけれど」


 あのランプはどこで見たのだったか。アンリはもう一度記憶を辿った。去年の交流大会ではさまざまな工芸品を見たが、キャロルのランプを見たのは、学園に作られた立派な展示会場ではなく、道端の露店だったはずだ。だからこそ、アンリはそれが中等科学園生の作品だとその場では気付けなかったのだ。


「……そういえば、作品に値段がついていたような」


「それよ、それ!」


 我が意を得たり、とキャロルは自慢げに胸を張る。


「交流大会ではただの展示ではなく、展示販売をするの。毎年いくつかのお店にお願いして、お店の一角に私たちの作品を置いてもらうのよ」


 作品が売れた場合、事前の契約に基づいて、売上げは店と魔法工芸部と製作者とで分割することになるという。魔法工芸部に入ったお金は、今後の活動経費になる。


「まだ交流大会までに間のある今のうちに、作品を置いてもらうお店にご挨拶に伺うの。それで今年の契約をまとめて、今年はどんな作品をつくるかっていう打ち合わせをするのよ」


 露店に作品を置かせてもらうにあたり、どんな作品であれば置かせてもらえるか、どんな物をつくれば売れるか、そういったことを事前に店と相談するのだという。そうして今年の作品づくりの方向性を定めてから、製作に入るというわけだ。


 そんなキャロルの説明の後、すぐに声をあげたのはイルマークだった。


「自分の好きな物をつくれるわけではないのですか」


「好きな物をつくっても構わないけれど、お店が置いてくれるかどうかはわからないわね。お店に置いてもらえない物をどうしても展示したいなら、自分で有志団体を立ち上げるのが良いでしょうね」


 交流大会では学園生の有志団体による催しも多い。アンリたちが昨年参加した模擬戦闘大会は、一学年上のサニア・パルトリという生徒が中心となった有志団体によるイベントだった。

 露店での展示販売に適さない作品なら、同様に有志団体を立ち上げて、展示の場を自分で用意すれば良いということらしい。


「部活動での展示には参加せずに、有志団体の方でだけ展示するというのなら、それでも構わないわ。……ただ、お店からのアドバイスを元に作品をつくり上げるっていうのも、経験としては良いものよ。最初からつまらないと切って捨ててしまうのは勿体無いんじゃないかしら」


 キャロル曰く、店と相談して作品の方向性決めると言っても、細かくひとつひとつの作品を指定されるわけではないらしい。装飾品か、置物か、絵画か、織物か。そういうざっくりとした方向性と「今はこの色が流行っている」とか「これからはこんな形が流行る」とかいう助言をくれるくらいで、細かな意匠には口を出さないでくれる場合がほとんどだという。


 自分はこれをつくりたいという対象が明確に決まっている部員にとっては、窮屈な制約かもしれない。一方で漠然と何かを形にしたいだけの場合には、店からの助言が作品づくりの良い指標となる。


 そのうえ、もしも将来的に魔法工芸を仕事にするならば、いずれは依頼主の希望を汲んだ作品、あるいはその時々の流行を捉えた作品をつくる手腕も問われることになるのだ。交流大会での展示販売は、そのための練習にもなる。


「そんなわけで、もしも有志団体としての展示を選ぶのだとしても、展示販売用の作品をひとつはつくってみることをおすすめするわ。……もちろん強制ではないから、そもそも何もつくらないというのも有りよ」


 キャロルの最後の一言は、アンリの隣で一緒に話を聞くウィルに向けられたものだ。


 アンリの誘いで形ばかり魔法工芸部に入部したウィルは、一応入部したからにはと、初心者セットで魔法工芸の基礎を学ぶ気概をみせた。しかしながら、結局のところ自分向きの分野だとは感じられなかったらしい。初心者セットはひと通り終えたものの、その後の作品づくりには消極的だ。


 うーん、とウィルは迷うように首を傾げた。


「そうですね。僕は、作品づくりはやめておきます。ただ、お店との話し合いというのには興味があるんですが。二年生は連れて行ってもらえませんか」


「まさか。来年は貴方たちが部活動を担うのだから、むしろ一緒に行ってご挨拶しておかないと。でも全員でお邪魔するとご迷惑になってしまうから、三人くらいかしらね」


 ほかに行きたい人はいないかしら、と見回すキャロルの前で、イルマークが手を挙げた。


「私も、お店との相談に直接参加させてください。自分に合うかどうか、まずは話を伺いたいと思います」


 じゃあ俺も、とアンリも流れで手を挙げる。部活動の中でも特に親しくしているウィルとイルマークが行くと言うのだ。一人だけ取り残されたくはない。


「ほかは良い? 一年生は来年も機会があるから良いとして……セリーナさんやセイアさんは?」


 問われたのは二年一組のセリーナと、二年三組のセイア。いつも仲良く一緒に行動している二人は、部活動でつくる作品も似通っている。


 ほんのわずかの間だけ顔を見合わせた二人は、相談するでもなく、すぐにキャロルに向き直って答えた。


「私たち、具体的につくりたいものがあるわけじゃないし」

「先輩とウィル君たちがお店と相談して決めてきてくれたことに従います」


 ね、と改めて目を見交わした二人が互いの考えを読み間違えないのは、初等科の頃からの長い付き合いの賜物にちがいない。


「それならウィルさん、イルマークさん、アンリさんの三人にお願いしましょう」


 全てが順調に決まったからか、キャロルは安堵した様子で、おっとりと穏やかに言った。

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