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 魔力石に貯めた魔力は、そのまま研究部のミルナに譲ることにした。アンリが連絡を入れると、通信具の向こうから甲高い、はしゃいだような声が響いた。


『嬉しい、ありがとうっ! アンリくんが魔力溜まりの対応に行くことになったって聞いていたから、期待していたのよ』


 その情報をどこから仕入れたのかとか、それだけで期待されても困るとか。思うところはあったものの、アンリは黙っておくことにした。触らぬ神に祟りはない。


『ところで、魔力溜まりの核はなんだったの?』


「動物の死骸でしたよ。燃やしちゃいましたけど」


 あらそう、と今度はやや気落ちした声が届く。まさか核まで欲しがっていたとは。魔力溜まりの核は、下手に持ち帰ると新たな魔力溜まりの温床となる。だからアンリはその場で処分することを常としているし、たいていの戦闘職員がアンリと同様に処理しているはずだ。


『ねえ、もしもまた魔力溜まりの対処をする機会があったら……』


「駄目ですよ、核を持ち帰るなんて。危険すぎます」


『わ、わかってるわよ。別に、核の全部が欲しいと言うわけじゃないわ。一部だけで良いのよ』


 ほんの小指の先くらいのカケラで良いの、とミルナは甘えるように言う。

 彼女の口調に騙されず、アンリは「駄目です」と改めてきっぱりと要求を拒んだ。


「一部だって、危険なことには変わりません。防衛局の真ん中で魔力溜まりが発生したらどうするんですか」


『そのときは、すぐにアンリくんを呼ぶわ』


「そんな面倒事を押し付けられるとわかっていて、持ち帰ると思います?」


『思うわよ、アンリくんだもの。なんだかんだ言っても最後には私のお願いをちゃんと聞いてくれるって、信じてる』


 そんなふうに思われていたのか、とアンリは呆れて深くため息をついた。


 むしろアンリはミルナのことを「なんだかんだ言っても最後には言うことを聞かざるをえない相手」だと思っている。それはミルナの口の上手さ、そして用意周到さによるものだと思っていたが、もしかすると、原因はアンリにもあるのかもしれない。これまで素直に言うことを聞きすぎたのだ。


 そう思い至れば、いっそう、拒絶の言葉にも力がこもるというものだ。


「とにかくこればかりは、何と言おうと、絶対に駄目です」


『ケチねえ……まあ、いいわ。それならそれで、他を当たるから』


 危ないからやめろと言っているのだ。他の職員に頼れば良いというものではない。むしろアンリが断ったがために「取ってきて」などと無茶を言われることになる誰かが気の毒だ。


 どう説明したものかとアンリが悩んでいるうちに、ミルナはさっさと話を変えた。


『ところでアンリくん。アンリくんの後輩っていう子が来たわよ。優秀な子ね』


 急な話題の転換だったが、誰の話か迷うことはなかった。ウィリーのことだ。ウィリーは今、ミルナのいる防衛局研究部での体験カリキュラムに参加している。そのうえ彼には「わからないことがあったらミルナに聞くといい」と言ってあった。ウィリーとミルナとの間でアンリの話題が出ても、不思議ではない。


『アンリくん、魔法を見せてあげたの? 難しいことを簡単にやっちゃうすごい先輩だ、なんて言ってたわよ』


「魔法の訓練に付き合ったときに、手本を見せただけですよ」


『あら、訓練をみてあげているの? アンリくんに教えてもらえるなんて、幸せな子ね。……でも、あの子はアンリくんが防衛局の人だってこと、知らないのよね?』


「ええ、話してませんけど」


 それがどうかしたのか、くらいの気持ちでアンリは軽く答えた。次にミルナからどんな言葉が飛んでくるかなど、全く想像もしていなかった。


『ねえ、アンリくん。私が彼にアンリくんのことを話してしまったら、困るわよね?』


「…………はい?」


 アンリは咄嗟に、何を言われたのか理解できなかった。


『私は何も話さないわよ? だってアンリくんは私にとって、貴重な素材を持ってきてくれる大切な仕事仲間だもの。大切な仲間の困るようなこと、するわけないでしょう?』


 ここまで回りくどく言われてようやく、アンリにもミルナの言わんとするところが朧げながらわかってきた。


 つまりミルナは、アンリを脅そうとしているのだ。どうやら先ほどの「他を当たる」とは「他の職員を当たる」ということではなくて、「他にアンリが従わざるを得ない方法を考える」ということだったらしい。


 通信具の向こうから、アンリの想像通りの言葉が続く。


『でもアンリくんが私の仲間じゃなくなるっていうなら、話は別よ。そんなことになったら私、悲しくて、何を口走ってしまうか……』


「下手な脅しはやめてください。ミルナさんらしくもない」


 呆れたアンリはうんざりと口を挟んだ。アンリはたしかにミルナに弱い。しかし、さすがにこんな簡単な脅しに慌てるほど馬鹿ではない。


「俺の身分を隠すのは、隊長の希望でもあります。口を滑らせるのであれば、防衛局一番隊の隊長を敵に回す覚悟を決めてからにしてください」


『……むぅ』


 ミルナが不満そうに唸る。さすがのミルナも一番隊隊長が相手だと言えば、そうそう強気な態度を保ってもいられないらしい。


 魔力溜まりの核を持ち帰るなんて危険だ、という本質を理解したうえで引いてもらいたいというのがアンリの本心だ。しかしこの際、諦めてもらえるのであれば贅沢を言ってはいけないだろう。隊長の威を借りてでも、止めなければならない。


 アンリの熱意が通じたのか、あるいはよほど隊長を敵に回したくなかったのか。しばらく間を置いたのち、ようやくミルナも諦める気になったようだ。


『仕方ないわね。魔力溜まりの核は諦めるわ』


 ため息混じりの残念そうなミルナの声に、アンリはほっと安堵の息をついた。


 ミルナの要求をはっきりと断ることができたことなど、アンリにとっては数えるほどしか経験がない。それが今回、この肝心な場面で成功したのだから上出来だ。

 自分もやればできるのだ。いつもいつも、ミルナの言いなりになるばかりではない。


 通信具の向こうからは、気落ちしたミルナの声が響く。


『代わりと言ってはなんだけれども、このあいだお願いした素材の採取はよろしくね。今度、リストを渡すから。今回はちょっとお願いしたいものが多いのだけれど、魔力溜まりの核なんて、無茶なことは言わないから』


 いつもと違って、あまりにも落ち込んだミルナの声。さすがに断ってばかりでは可哀想かと、アンリはミルナを慰めるつもりで、ため息をつきつつ頷いた。


「……仕方ないですね。わかりました、無茶なものが含まれていなければ、少しくらい多くてもちゃんと採取してきますよ」


『ありがとうっ! さすがはアンリくんだわっ!』


 ミルナの声が突然、上機嫌に弾んだ。気分の切り替わりが早い。これまで落ち込んでいたのが、まるで嘘のようだ。


 ……嘘のよう?

 いや。

 実際に、嘘だったのでは?


(……しまった)


 そこでアンリは、はっとした。


 珍しくアンリが上手くきっぱりと断ることができたわけではなく、ミルナが本気でなかっただけではないか。魔力溜まりの核など、ミルナも本当は望んでいなかったのではないか。あるいは望んでいたとしても、駄目で元々くらいの感覚でしかなかったのではないか。


 ミルナの本命は、こっちだ。


 ここまでの話は全て、素材採取の量がいつもより多いことを、アンリに自然と受け入れさせるための下地づくりだったに違いない。


『それじゃあ、よろしく。また今度ね』


 アンリが愕然としている間に、ミルナはさっさと通信を切ってしまった。反論する隙を与えない、いつものミルナのやり方だ。


(……結局いつも通り、ミルナさんの言いなりか)


 断ることができたという束の間の錯覚があった分、気持ちの落ち込みは大きい。


(まあ、仕方ないか。相手はあのミルナさんなんだし。調子に乗った俺が悪かったんだな……)


 アンリは深くため息をついた。

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