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 しばらく進んで道を外れる少し手前で、ようやくアンリたちも対動物戦に参加させてもらえることになった。


「次に何かが出たら、最初にアイラが魔法を撃ってみなさい。追撃が必要ならアンリが。何かあれば私がフォローするから、まずは自由にやってみるといい」


 レイナの指示に、アイラが緊張した面持ちで頷く。アンリもアイラを真似て、神妙な顔をして頷いた。


 さてどうしたものか、とアンリは考える。


 初めてとはいえここまで戦闘職員や先輩の戦闘を見たアイラなら、大きな失敗はしないだろう。けれど、初めてならではの見落としや意外な落とし穴はあるかもしれない。それをどこまでカバーするべきか。


 そんなことを考えているうちに、右手から狐らしき生き物が飛び出してきた。


 黒ずんだ身体は、過剰に魔力を吸った動物特有の色だ。巨大化していないのはまだ魔力の蓄積が少ない証拠だが、多数の人間相手に平気で飛びかかってくるあたり、既に通常の動物の範疇からは大きく外れている。


 アイラの反応は悪くない。横から突然飛び出してきた狐に対して、即座に手を向けた。


 その手先から飛び出すのは、火魔法による炎弾。炎魔法でなく火魔法にしたのは「魔法は控えめにした方がいい」というアンリの助言に従った結果か。


(……ちょっと言葉が足りなかったかな。アイラが火系の魔法を得意にしているのは知っていたのに)


 もっと細かく助言しておけばよかった。


 アンリがそんな後悔をしている間に、飛びかかってきた狐は丸焦げになった。生き物の焼ける嫌な臭いを感じながら、アンリはすぐに水魔法を放つ。追撃ではない。追撃は必要ない。


 必要なのは、鎮火だ。


「アイラ、ここは森の中だ。燃えるものが多いから、火系の魔法はできるだけ控えたほうがいい」


 アイラの魔法により創り出された火を水魔法で鎮火してから、アンリが言った。アイラははっとした様子で、恥じるように顔をしかめる。


 そんなアイラの肩を、レイナが軽く叩いた。


「そういうことを学ぶためのプログラムだ。これから気をつければいい」


 それよりも、狙いの定まった良い魔法だった。そんなレイナの言葉は単なる励ましではなくて、本音の評価だろう。初めてのはずなのに狙いを違わず、躊躇いもなく動物を撃ち落としたアイラの魔法は、アンリから見ても優秀な部類に入る。


「アンリも良いフォローだった。次のときには、アンリが先に攻撃してみなさい」


 それよりもっとアイラに経験を積ませてやりたい……などという本音はもちろん言わずに、アンリは素直に頷いた。どのみち今からこの調子であれば、作戦終了までに動物を撃ち落とす機会などいくらでもあるはずだ。アイラの経験値にこだわる必要はない。


 道を逸れる前に出てきた次の兎らしき動物を、アンリは氷魔法による刃を飛ばすことによって一瞬で仕留めた。






 予定通りに、学園の管理地に至る手前で道を左へ外れて、森の奥地へ向かうルートに入った。


 外れた先にも、全く道がないわけではない。草木の隙間から地面が覗いているような獣道が、森の中に広く網のように広がっている。


「森の中で広く動植物の様子を探るが、あまり離れすぎないように。特に三人組は、互いにいつでも援助できる位置を崩さないこと」


 班長の言葉を合図に、これまで細い道を縦に長く並んで進んできた戦闘職員、そして学園生たちが、横に広がりながらそれぞれ獣道へと入る。


 そうして道を外れてみると、動物の襲来はやはり増えた。地味だが厄介なのは蛇や鼠など、小さいが数の多い相手だ。気が付けば足もとに迫っているそうした動物たちに対処するには、もはやアイラが先かアンリが先かなど言ってはいられない。


 声を掛け合って互いにフォローし、周囲の動物を狩る。数が多くて、進みはどうしても鈍くなる。


(鬱陶しいな。大きい魔法を使ってよければ楽なんだけど)


 集団で森に入っている以上、大きな魔法を使えば仲間を巻き込むおそれがある。そもそも中等科学園生であるアンリがそんな大規模な魔法を使えるというのは、周りから見て不自然だろう。


(……まあ、アイラには良い経験になるか)


 素早く動き回る鼠に対して、アイラは氷魔法で作った針のような刃を放っている。


 初めは鼠の大きさに対して、針が大きすぎたり小さすぎたりしていた。それが徐々に慣れてきたようで、今では鼠でも蛇でも、たまに出てくる兎や狸でも、獲物の大きさに合わせて武器の大きさを調整できるようになっている。


 さらにはそんな針を一度に複数放ち、何匹もの動物をまとめて狩ることさえ何度も成功させている。これが通常の狩りさえやったことがないと言う貴族令嬢の動きかと、アンリは呆れるしかない。


(先輩たちも、ちょっとずつ動きが良くなってるな)


 やや離れた場所を見遣れば、周りを煩く走り回る小動物たちに魔法で攻撃を仕掛ける先輩たちの姿が見える。

 岩石魔法や風魔法、木魔法など使う魔法は様々だが、誰もが時間の経過と共に、魔法で動物と戦うということに慣れてきているようだ。


 そんな中等科学園生たちの姿に感心しつつ、アンリは内心で、少しだけ焦りを覚えた。


(なんか、俺だけ成長していないかも。逆に変に見られるかな……)


 アンリのやっていることは、最初から今まで全く同じ。周囲の動物たちのうちアイラの撃ち漏らしたものを、土魔法を使って地中に引き摺り込んでいる。


 やりすぎると地面がボコボコになって歩きにくくなりそうな方法だが、アイラの撃ち漏らしに限定すればそんな事態も避けられる。


 目立たない倒し方を精一杯考えた結果として、これが一番地味で簡単なのではないかと思い付いたのだ。


 ところが周りの学園生たちに比べて、アンリの魔法の使い方には成長が見られない。そのうえアイラが慣れてきたので、アンリが対処すべき動物の数も減っていて、このままではむしろサボっているのではないかと思われそうだ。


 レイナがアイラとアンリとを比べて何を思うか。それを探りたいとは思うものの、振り返ってレイナの表情など窺ってしまえば、余所見をしていると指摘されそうな気もする。


(……まあ、いっか。成長は、このあとで見せれば)


 その機会が訪れる予兆をアンリは感じ取る。


 だいぶ遠いが、鼠や蛇よりは大型で凶暴な、おそらくは狼かなにかの動物がこちらに狙いを定めたようだ。まだ気付いているのはアンリだけかもしれないが、班長を含めたほかの戦闘職員たちも、じきに気付くだろう。






 少し進んだところで「止まれ」の合図があった。班長たちが迫り来る動物に気付いたのだろう。


 木々に遮られて、まだ相手の姿は目に見えない。けれど肌で感じる魔力の形から、アンリは相手の姿と大きさとを正確に読み取った。


 魔力により多少巨大化しているが、狼に違いない。しかも群れだ。


(……この森で、狼の群れなんて)


 西の森には元々、狼は生息していない。どこか別の地域から入り込んできたのだろうが、群れで流れてくるとは珍しい。魔力溜まりに惹かれてきたのかもしれない。


 だとすれば、森の外に棲む動物にまでわかるほどの相当大きく強い魔力溜まりが、この森にできているということだろう。


「次の動物は戦闘職員が相手にするそうだ。二人とも、よく見ておきなさい」


 レイナの指示で、アンリとアイラは前方に注意を向ける。学園生たちを守るように前に出た十六番隊の、さらに前方。遠くにちょうど、狼の群れが姿を現したところだった。


 そして姿が見えた、と思ったらもう戦闘職員たちの間近に迫っている。速い。


 しかしもちろん、速さがあるからといって、戦闘職員が抜かれるはずもない。音もなく狼たちに迫った木の枝や蔦が、たちまち狼の動きを止めていく。


 群れの中には野生ならではの敏捷さで樹木魔法の攻撃を逃れる狼もいたが、そうした個体は次に襲ってくる土塊に撃たれて地に伏した。さらに伏した先の地面が緩み、狼の半身を引き込んで固まる。


 アンリが鼠を地中に引き摺り込んだのと同じだが、半身しか引き込まないのは、狼を生きたまま捕らえる目的があったからだろう。よく見れば枝や蔦に絡まって身動きの取れなくなった狼も、死んではいない。


「この森で狼は珍しいから、生かしたまま捕獲するそうだ」


 レイナの解説に、アンリもなるほどと頷く。


 中等科学園生にやらせなかったのは、狼が危険だからというだけでなく、「捕獲」という力加減が学園生には難しいと判断されたのだろう。その判断は正しい。


 たとえば先ほどのアイラのように、氷の針で攻撃したとしたら。生きたまま捕らえたい狼を殺してしまうかもしれないし、そうでなくても毛皮や骨など、研究に必要な部分が損なわれるかもしれない。


 今日の作戦の中で初めての「捕獲」だ。最初は見学させようという判断は、間違っていない。


 それでもアンリは諦め悪く、ため息をついた。


(判断は間違っちゃいないけど……俺の見せ場は、作れなかったな)


 せっかく中等科学園生としての「成長」を見せる機会かと思ったのに。


 アンリは残念に思いつつ、次のチャンスが訪れることを祈った。

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