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 朝。まだ生徒たちが集まる前の学園の中庭は、静かで訓練にはぴったりの場所だった。


 アンリが中庭に着いたとき、一年生の三人はすでに興奮した面持ちで待っていた。お待たせ、と軽く声をかけてから、アンリはさっそく魔法の指導に入ることにする。授業までの時間は限られている。


「訓練室と違って防護壁が無いから、あんまり無茶なことはしないようにね。簡単な魔法でも訓練はできるから」


 訓練内容が地味で期待外れだと嘆かれないように、アンリは先にそう告げた。それでも先輩から指導を受けるということに期待しているのか、三人が不満を持つ様子はない。


「三人とも、水魔法は使えるよね。まずは、これと同じことをやってみて」


 アンリは右手を上に向けて、水魔法で拳大の球を空中に浮かべる。


 一年生三人がどれほどの魔法力を持っているのかをアンリは知らない。まずは三人の実力を測ろうと、アンリは一年のときに魔法研究部で皆とやった訓練を採用することにしたのだ。


 三人はさすがに拍子抜けした様子で、アンリの手の上を見つめる。


「えっと……水でボールを作るだけ……ですか?」


「うん。まあ、まずはやってみなよ」


 そんな簡単なことで訓練になるのか。そう言いたげな顔をしながらも、三人は掌を上に向けて、それぞれ水魔法を行使する。まずコルヴォの手の上に、人の頭くらいの大きさの水球が浮かんだ。次いでサンディの手の上に拳大の、やや歪んだ楕円形の塊が浮かぶ。最後にウィリーの手の上に、拳大の綺麗な球ができあがった。


 三人の魔法の出来を見て、アンリはふむと唸った。思ったほど悪くはない。一年の最初のときの魔法研究部の皆よりも、やや上をいっているのではないだろうか。


 西の森に勝手に入るだけあって、やはり三人とも、魔法力には自信があるのだろう。


「うん、上出来だね。……あ、やめないで。今日はそのまま、水の球を維持する訓練にしよう」


 ぱっと魔法を解こうとしたコルヴォを止めて、今日の訓練の内容を伝える。三人の顔がいかにも不満げになったので、アンリはむしろ面白くなって笑った。


「こんな簡単なことって思っているんだろ。でも、こういう簡単な魔法をもっと丁寧に、正確にできるように練習するのも、大きな魔法を覚えるのと同じくらい大切だよ」


 それから一人一人に、個別に助言する。


 コルヴォはもっと、水球を小さく作れるように努力すること。魔力を使いすぎている。水に込める魔力をもっと絞って、拳くらいの大きさにして維持できると良い。


 サンディはもう少し球体のイメージをしっかり持って、綺麗に丸い形を作ること。


 それからウィリーは、と声をかけたところで、ウィリーの作った水球がばしゃりと音を立てて崩れ落ちた。


「……ウィリーは魔法の発動に時間がかかっていたね。もう少し素早く発動できるように練習するといいよ。あと、もう少し長く持続できるように。魔力切れじゃないだろ? 安定して水に魔力を通すように意識するといい」


 もう一回やってごらんと、アンリはウィリーに促す。促されたウィリーは、手を上に向けてもう一度水魔法を試みた。言われたことを意識しているのか、先ほどよりもほんの少し速さがある。


 こうして色々と助言してみると、三人から不満の色は消えていた。それよりも真剣な顔をして、言われた通りに魔法を改善しようと努力しているのがわかる。


 アンリは見本となる水球を宙に浮かべたまま、もう少し魔力の流れを意識してとか、その調子とか、魔力を使いすぎだとか、三人に対して色々と声をかけて過ごした。






 そろそろ生徒が集まってくる時間となったところで、訓練を終わりにすることにした。


「これ、自分の部屋でもできるから気が向いたらやってみて。床を濡らさないようにバケツの上とかでやると良いよ。……慣れれば、そんなに疲れることもなくなると思う」


 疲労困憊の体で地面にしゃがみこんだ三人に、アンリは苦笑しながら言う。


 昨年は魔法研究部でも同じ訓練をしたし、ウィルもずっと部屋で同じ訓練をしていた。皆、ほとんど一年間同じ訓練を続けていたので、年末には水球を維持することくらいは全く意識もしないでできるようになっていた。


 だからこそ、最初の頃がどんな様子だったかをアンリはすっかり忘れていたのだ。初心者がやると、この訓練はこんなに疲れるものだったか。


 汗だくになったウィリーが、やっとのことで口を開く。


「……アンリさんは、全然、疲れてないですよね。ずっと、平気で魔法を維持していて。コツとか、あるんですか?」


「コツ? うーん、まあ、慣れかな。そもそも本来、魔法は魔力で発動させるもので、体力を使うものじゃないし。ちゃんとできれば疲れるはずがないんだよ」


 魔法を使って疲れるのは、魔力の使い方を体が覚えていないだけ。変に力んだり、力尽くで魔力を使おうとするから体力が必要になる。


 もっともこれはアンリの持論で、ウィルには「そんなに単純なことじゃないと思うんだけど」と否定されている。一年間訓練を続けて魔法に慣れたウィルでも、全く体力を使わずに、というところまでは至っていないらしい。


 座り込んだ三人も、アンリのこの言葉には疑いの目を向けていた。しかし嘘をついているわけではない。少なくともアンリは、魔法の行使に体力を使ったことはない。


「まあ、全く疲れないようになるには、相当時間が必要かもしれないけれど」


「アンリさんは、この訓練をどのくらい続けているんですか」


「そりゃあ、もの……」


 物心ついた頃から、ずっと。


 ウィリーの問いにそう答えかけたアンリは、咄嗟に言葉を止めた。


 公式には、アンリが魔法を使えるようになったのは中等科学園の入学後ということになっている。ウィリーだけでなくコルヴォとサンディにも、アンリがずいぶん前から上級魔法戦闘職員として防衛局に所属しているということは、伝えていない。


 彼らが知っているのは、アンリがおよそ中等科学園生の水準を超えた魔法を使える、ということだけだ。アンリが入学前から魔法を使えていたということを、ここでバラしてはいけない。


「……ええと、俺が魔法を使えるようになったのは、中等科学園に入ってからだから」


 三人はもはや声もなく黙り込んでしまった。「嘘でしょ?」という疑り深い視線が集まる。

 ごめん、これはさすがに嘘だ……アンリは心の中でだけ謝りながら、視線を逸らした。






 三人がまだ立ち上がれずにいるのを見て、アンリも近くに腰を下ろして時間を過ごすことにした。生徒のやってくる時間になったというだけで、授業の始まりまでにはまだしばらくある。


「そういえば、三人は一年二組だよね。クラスにマリーナ・トーンっていう子はいる?」


 アンリはふと、ハーツが告白を受けたという話を思い出した。この三人に、相手の子のことを聞いておこうと思っていたのだった。

 突然振ってきた話題に、三人は一瞬呆けた顔を見せる。


「ええと、マリーナちゃん。いますよ、うちのクラスです」


 答えたのはサンディだった。どんな子? とアンリが問うと、少し悩むように首を捻る。


「普通の子だと思います。ちょっと活発で。たしか、山岳部に入っているって聞いたような」


「彼女、グループが違うから。俺たち、あんまり話したことがないんです」


 コルヴォたちのクラスでは、いわゆる仲良しのグループが五つほどに分かれているらしい。マリーナは、コルヴォたちとはほとんど接点のないグループに所属しているようだ。同じクラスとはいえ、まだ入学してふた月弱しか経っていない。接点のないグループのクラスメイトなど、顔と名前がわかる程度で、性格や人間関係などはほとんど把握していないだろう。


「マリーナがどうかしたんですか?」


「えっ? あー、うん、まあ」


 ウィリーの問いに、アンリは口ごもった。友人がその子から告白されたから、どんな子なのかを知りたいと思っている……そんなふうに言いふらして良い話ではない。


「ええと、ちょっと、気になっていて。知らないなら良いんだ」


 結果としてアンリが曖昧に答えると、三人は互いに顔を見合わせてから、すぐにアンリに笑顔を向けた。


「いいですよ、アンリさんのためなら。俺たち、マリーナのことちゃんと調べてきます」


 コルヴォがあまりにも爽やかで明るい笑顔を見せたので、アンリは思わず、ありがとうと頷いていた。

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