(13)
サリー院長の署名が入った書類をレイナに提出した日の昼休み。魔法工芸部の後輩たちが、珍しくアンリの教室を訪ねてきた。
「コルヴォ、サンディ。珍しいね、ウィリーは一緒じゃないの?」
「……いいんです、あいつは。今日は俺たち二人から、アンリさんにお願いがあって」
おや、とアンリは首を傾げる。仲の良い三人が別々に行動していることだけでも珍しいが、あえて「二人から」と限定するとは。
「本当に珍しいね。喧嘩でもした?」
「違います。違うけど……」
言い淀むコルヴォは、どこか後ろめたそうな顔をしている。そんなコルヴォに代わって、サンディが口を開いた。
「あのっ。私たちに魔法を教えてほしいんです! ウィリーに内緒で!」
「へ? どうしたの、急に」
お願いします、と揃って頭を下げた二人は、どちらから事情を話すべきかと互いに相手の様子を窺っているようだ。話しづらいことなのだろうか。
ますますわけがわからない、と首を捻るアンリの横から、ウィルが助け舟を出した。
「あれじゃないかな。こないだの、体験カリキュラムの参加者発表」
コルヴォとサンディが、ぎくりと体を震わせる。そういえば、とアンリは掲示板に張り出された名前を思い出した。防衛局の体験カリキュラムの参加者選考で、三人のうちウィリーだけが選ばれたのだったか。コルヴォとサンディは、それが悔しかったのかもしれない。
「い、いや、それだけじゃなくて」
慌てたように、コルヴォが言い足した。
「ええと……その、アンリさんの魔法のこと、ウィリーには言っていないから」
「……ああ、そっか。あのときの先生の言いつけ、ちゃんと守ってくれてるんだね」
以前アンリは、西の森に勝手に入って動物に襲われたコルヴォ、サンディ、ウィリーの三人を助けたことがある。咄嗟に大きな魔法を使ってしまった後に、先生が彼らに「アンリが魔法を使ったことは他言無用」と指示を出してくれたのだ。
ウィリーは気を失っていたから、そのときのことは覚えていないはずだ。コルヴォやサンディはそんなウィリーにも、そのときのことは話していないらしい。
「ウィリーを誘うと、なんでアンリさんにお願いするのかって聞かれそうだから……私たち、ちゃんと説明できる気がしなくて」
言いづらそうなサンディの言葉にアンリは苦笑する。あの日の魔法を除いたら、アンリは指導者に向いている先輩には見えないのだろうか。
アンリの表情を見て、またコルヴォが慌てた。
「い、いや。別に普段のアンリさんがダメとかじゃないんですけど……その、ほかの先輩でもいいんじゃないかってウィリーに言われたら、なんて答えたら良いかと……」
たしかに同じ魔法工芸部の先輩という意味であれば、二年生だけでもアンリのほかにウィル、イルマーク、セリーナ、セイナと四人も候補がいる。三、四年生も含めればもっといる中で、アンリを選ぶ理由というのは説明が難しいのかもしれない。
こちらから「黙っておいて」と頼んでいるなか、あまり無茶を言うのもかわいそうだろうか。
そうアンリが納得しかけたところに、横から「大丈夫だよ」とウィルがわざとらしいほどに明るく言った。
「君たち知ってた? アンリって、去年の交流大会の模擬戦闘大会で優勝しているんだよ。そんな先輩に魔法を教わりたいっていうのは、普通のことだと僕は思うよ」
コルヴォとサンディの「え」と呆けたような驚きの声が重なった。一方でアンリも唖然としてウィルを見遣る。たしかに模擬戦闘大会で優勝したこと事実だし、隠しているわけでもない。しかしアンリにしてみれば、あれは皆から「大人気ない」と非難された戦闘だった。隠してはいないが、喧伝するようなことでもないはずだ。
アンリの視線を無視して、ウィルは明るい笑顔のまま言う。
「それを理由にウィリーも誘っておいで。仲間外れは良くないよ」
ウィルの言葉に、コルヴォとサンディはやや気まずそうに顔を見合わせながら、渋々と頷いて去っていった。
「あんなの、ただの言い訳だよ」
コルヴォとサンディが去った後、食堂へ向かいながら、ウィルは不機嫌に言った。
「アンリの魔法力を秘密にするため、なんてさ」
「そうかな。あの二人だって、色々考えてくれたんだと思うけど」
「それならアンリに頼む理由ができた時点で喜べばいいのに。あの二人は、体験カリキュラムに参加の決まったウィリーを羨んでいるだけだ」
アンリが模擬戦闘大会の優勝者であることを知ったときの二人の反応。「これでウィリーを誘えるぞ」と喜んでも良いところだが、あの二人はそうではなかった。むしろ、やや気まずそうな、都合が悪いような顔をしていた。
おそらく、本当はウィリーを誘いたくなかったのだろう。体験カリキュラムへ参加できることになったウィリーへの嫉妬から、彼を除け者にしようとしているのだ。そこに、アンリのことを秘密にしなければ、というもっともらしい理由をくっつけただけ。
なるほど言われてみれば、二人の反応はたしかにそんな状況を示唆していた。ウィルはよく気がつくなあと、アンリはただ感心する。アンリなど、ウィルに言われてようやく「そうかもしれない」と思い至った程度だ。
一方でウィルは不満を吐き出して落ち着いたのか、やや気弱になって、申し訳なさそうにアンリを見た。
「ごめん、アンリ。勝手なことを言ったね。あの流れじゃ、三人で来ればアンリが指導すると言っているようなものだ。良かったかな?」
「え? ああ、それは別に構わないよ」
たしかにアンリは二人に対して「魔法の指導をする」とは言わなかった。しかし、指導をすることを断ろうと思っていたわけではない。
「俺一人だったら、あの二人だけっていう条件でもやるって言っていたと思う。後でウィリーに恨まれるところだった」
むしろ助かったよと礼を言うと、ウィルはほっとした様子で笑った。
コルヴォとサンディは思い直して、ちゃんとウィリーを誘ったようだ。
その日の夕方、アンリが魔法工芸部へ行くと、三人がそろってアンリのところへ寄ってきた。魔法を教えてほしいという三人の言葉に、アンリは改めて快く頷く。
「部活動の支障にならない時間が良いよね。朝、授業が始まる前はどうだろう」
「アンリさんさえ良ければ、是非お願いします!」
勢い良く言ったのはウィリーだ。ウィリーもやはり、誰かから魔法を教わる機会を求めていたのだろう。ちゃんと誘ってくれてよかったとアンリも安堵する。
そうしてアンリは翌朝から週に二回、三人に魔法の指導をする約束をした。授業前の時間帯には訓練室の貸出しがないので、学園の中庭を使おうと提案する。
「訓練室とは違って、大規模な魔法はできないよ。でも、小さな魔法をちゃんと扱えるようになることも、きっと役に立つから」
アンリがそう言うと、三人は「はいっ!」と素直に元気よく応えた。




