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 セリーナの言うとおり、今年の防衛局研究部の体験カリキュラムは、昨年ほどの人気にはならなかったらしい。


 一年生では参加者選考のための試験が行われたが、二年生では、参加希望の申込みをした生徒全員が参加できる運びとなったようだ。


 掲示板に、参加者の名前が張り出されている。


 アンリの知り合いの範囲では、二年生にマリア・アングルーズ、エリック・ロイドレイン、イルマーク・トレンドラ、セリーナ・エスキルス、セイア・ディケイドの名前がある。

 このほか普段あまり接点の無いクラスメイトや他クラスの生徒の名前が七つ並んでいて、二年生の参加者は計十二名となっていた。


 さらに二年生の名前の下には、一年生の参加者名が掲示されている。一年生は審査により参加の決まった三名である旨が記されていて、そこにはウィリアム・シーエンの名前があった。ほかの二人は、アンリの知らない名前だ。


(ウィリーは行けることになったんだな。コルヴォとサンディは、駄目だったか)


 仲の良い三人のうち、一人だけ参加できることになった形だ。

 喧嘩にならなければ良いけれど……と、アンリは今後の部活動にやや不安を抱いた。






 その日の授業の一部を使って、レイナからも体験カリキュラムの参加者決定について周知があった。


「皆、掲示板は見ていると思うが、体験カリキュラムの参加者が決まった。一組からは八人が参加することになっている」


 そう言って、レイナは参加者の名前を読み上げる。アンリのよく知る四人のほかは、アイラとよく一緒にいる女子たちだ。昨年の経験をもとにアイラが勧めたか、あるいはアイラに憧れて、同じカリキュラムに参加することを本人たちが希望したかだろう。


「参加者は一ヶ月ほどイーダを離れることになる。その間、通常の授業に参加することはできないから、カリキュラム後は彼らが円滑に学園生活に戻れるよう、皆で協力するように」


 アンリは昨年、カリキュラム後の小テストで合格できずに補習になってしまった苦い経験を思い出す。今回参加するアンリの友人たちは皆成績優秀だから、補習になるなどという心配は無いのだろうが……いや、もしかするとマリアは危ないかもしれない。しかし、エリックが上手くフォローするだろう。


 さらに昨年は魔法実技の授業がまだ始まっていなかったため、実技に関する遅れは気にする必要がなかったが、今年はやや事情が異なるだろう。ただでさえ実技の遅れを気にしているセリーナは、ひと月授業に出られないことで余計に焦ってしまうかもしれない。同じ魔法工芸部の仲間として、彼女が困るようなら助けてやりたいとアンリは思う。


「あわせてカリキュラム参加者は、参加後に今回の経験を積極的に周りと共有すること。参加者もそうでない者も、互いに協力し合って、有意義な期間にできるよう努めなさい」


 言い方は厳しいが、話の内容には頷ける。進級当初はレイナの高圧的な物言いに閉口したものだが、最近では口調に慣れたからか、厳しくても無茶を言う教師ではないとアンリにもわかってきた。


 悪い先生ではないとか理不尽に叱る先生ではないとか、ことあるごとにウィルが擁護するのも頷けるようになってきている。厳しい口調さえ脇に置けば、言っていることは正しいし頷けることばかりだ。


 レイナの話は続く。


「参加者には後日、改めて詳細を通知する。今日はこれで解散。……それから、アイラ・マグネシオンとアンリ・ベルゲン。二人に話がある。この後、教員室まで来なさい」


 唐突に自分の名前が出てきたことで、アンリは反射的にピンッと背筋を伸ばした。


(え、呼び出し? なんで? ……何か怒られる?)


 レイナが理不尽なことを言う教師でないことはわかってきた。

 それでもやはり彼女から呼び出されるということに対しては、アンリは未だ警戒心しか抱くことができないのだった。






 教員室に向けてアイラが堂々と廊下を歩くのに対し、後ろを歩くアンリはややげんなりと、俯きがちになっている。


「なあ、アイラ。呼び出しって、なんだと思う?」


「さあ。でもアンリと二人なのだから、実技の成績に関することじゃないかしら。……あなたね、普段から自分の行いに自信がないから不安になるんでしょう。怒られるようなことに心当たりがなければ、堂々としていられるわよ」


 そんなことを言われても、とアンリは視線を斜め下に逸らす。今年に入ってから、授業は真面目に受けている。だから怒られる心当たりなどなく、本当はアイラと同様に堂々としていれば良いのだ。それはわかっている。

 ただどうしても呼び出しに対して後ろ向きになってしまうのは、仕方が無いとはいえ隠し事があるため。そして、レイナの話し振りが恐ろしいためだ。


 とはいえ今回の呼び出しに関しては、教員室に着いてすぐに、本当に何ら恐れる必要などなかったということがわかった。


「わざわざ来てもらってすまないね。他の生徒たちには関係のない話だったから」


 教員室に入ったアイラとアンリに対し、レイナはそう言って書類を手渡した。指導室に移る気配もなく、どうやら説教でも密談でもなく、他の生徒から二人を分けたいだけだったようだ。


 二人は手渡された書類に目を落とす。


 上部に「防衛局戦闘部の協力による危険動物調査作戦参加プログラムについて」と書かれたプリントで、読むのが嫌になるほどの細かい文字がびっしりと並んだ下に、小さな署名欄が二つ設けられていた。


「今日参加者を発表した研究部の体験カリキュラムや、今後の職業体験とも違うものだ」


 この場で細かい文字を読ませるつもりはないらしく、レイナはその内容について簡単に説明を始める。


「西の森で危険動物の目撃頻度が上がっていることは知っているだろう。近々防衛局の戦闘部による調査隊が派遣されることになっている。その作戦に、中等科学園生のうち、特に魔法技能の高い者が参加させてもらえることになった」


 魔法力の高さが重視されるため、一般的な体験カリキュラムとは異なり、生徒自身の立候補は受け付けず、教師からの推薦制だという。二年生から四年生までの各学年で二人ずつ。


 その二年生の枠として、アイラとアンリを推薦するとレイナは言っているのだった。


「臨時のプログラムだから、これに参加しても職業体験に参加できなくなるようなことはない。あくまでも、このプログラムへの参加意思の有無で考えてほしい」


 ただし、とレイナはいったん言葉を区切り、アンリたちに渡した書類の細かい文字の一部を指差した。


「調査が名目だが、危険動物の捕獲や駆除、原因が見つかった場合の対処まで含まれる作戦だ。当然、危険を伴う。現場での対応や万一の事故に関することが書かれているから、よく読んでから申し込むか否かを決めなさい」


 申込書の提出期限は一週間後。参加を希望する場合には本人だけでなく、保護者の署名も添えて提出するようにとのことだった。


(……前に隊長が言っていたのは、これかな)


 つい先日、アンリが防衛局に行ったとき。防衛局戦闘部の職業体験の話を出した際、隊長が言っていた。「それよりアンリには、もっと面白いものを用意してある」と。危険動物の調査程度で今さらアンリが面白いなどと思うはずはないが、何か裏があるのかもしれない。


 しかしながら、そもそも隊長の思う通りに動くこと自体が、アンリにとって面白くない。


「……ちなみに、仮に。仮にですけど、俺が参加しない場合はどうなりますか。別の誰かが参加することになりますか?」


 アンリはちょっとした悪足掻きのつもりでレイナに尋ねた。レイナは驚くでも訝しむでもなく、淡々と答える。


「通常は次点の成績の者を推薦するが、今回は……次点はウィリアム・トーリヤードだが、このプログラムに推薦するには少々心許ないな。君が参加しなければ、その枠は空いたままとなる」


 アンリは舌打ちをしたい気持ちを抑えて、そうですかと素直に頷いた。


 もしもウィルに枠を譲れるのであれば、喜んで譲るのに。今さらアンリが体験に参加するよりよほど有意義だし、ウィルも喜ぶはずだ。

 しかし、それは叶わぬことらしい。


「アイラ、君からは何かあるか?」


「いいえ、先生。急ぎ父から署名をもらって、提出いたしますわ」


 アイラの方は、もはや参加の意思は固まっているらしい。その答えにも、レイナは感情を表すことなくただ頷いた。


「参加するなら、そうしなさい。……アンリは寮生だったね。参加する場合の保護者の署名は、一週間後に間に合うか?」


 アンリはレイナに気づかれないよう、小さく諦めのため息をついた。


 参加を断ることはできるだろう。やりたくないと辞退してもいいし、署名が間に合わないと言ってもいい。しかしここで断っても、結局何らかの形で関わる羽目になることが容易に想像できた。


「大丈夫です。俺も、すぐに提出します」


 そうしてアンリは参加することを前提に、レイナに向けてこう答えたのだった。

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