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 最近の魔法工芸部の活動で、アンリは腕輪ばかりつくっている。


 ハーツから相談を受けた翌日も、アンリは細い腕輪の製作に取り組んでいた。ミルナの助言を受けて、まずは腕輪のデザインを考えるよりも魔法器具の小型化を目指すべきだと気付きはしたものの、魔法工芸部で魔法器具製作に精を出すわけにもいかない。


 魔法器具の小型化はそのうち寮か、あるいは依頼主であるマグネシオン家の研究所で試そう。それとは別に部活動では、これまで通りに腕輪をつくっていこう。こちらはこちらで役に立つはずだ。

 そう考えて、アンリはこれまでと同じように腕輪づくりに勤しむのだった。


「今度は土台も石なの?」


 ともすれば作品づくりに熱中して周囲も時間も忘れがちになるアンリに色々と気を配ってくれるのは、新人勧誘期間後から部長となったキャロルだ。彼女は彼女で自分の作品づくりに励んでいるはずだが、その合間に、部長らしく周りの部員たちを気にかけている。その一環として、アンリにもこうしてよく声をかけてくれる。


 有難く思いつつ、アンリは彼女の問いに頷いた。


「大きめの魔力石を付けられる腕輪をつくろうと思って。革だと支えきれないので、石にしてみました」


「そう。前のと比べると、少しいかつい感じがするけれど。男性用かしら」


 やはりそう見えるか、とアンリは唸る。美的感覚に欠けるアンリではあるが、今、手元に出来上がりつつある腕輪が女性の華やかな衣装に似合いそうにもないことくらいはわかる。


 そのうえ土台を石にしてしまったがために、重さが増している。女性の細腕に着けたら、きっとすぐに疲れてしまうだろう。


 これではいくら試作品と言っても、目指すものからはほど遠い。


 アンリが失敗に落ち込んで顔を歪めると、キャロルはあらあらと、面白そうに微笑んだ。


「アンリさん、女性用がつくりたいのね。誰かプレゼントしたい人がいるの?」


「え……? はあ、まあ、そうです」


 アンリは今、マグネシオン家から依頼されてマリアのための魔法器具を製作しているところだ。ドレスにも似合う魔力放出補助装置をつくってあげてほしい……マリアの伯父にあたるマグネシオン家当主からのそんな依頼に応えるために、アンリは魔法工芸の技術を活用したいと思っている。部活動で腕輪をつくっているのは、そのための布石だ。

 マリアにプレゼントするためと言い換えても、間違いではない。


 しかしながら当然そんなに細かい意図は伝わらず、アンリの答えにキャロルは大袈裟に目を輝かせた。


「素敵っ! アンリさんにはそういうお相手がいるのね。両想いなの? それとも、片想いのお相手を振り向かせるために?」


「い、いや! そういうのじゃないんで!」


 照れなくてもいいのよ、とキャロルはにこにこと上機嫌に笑う。照れではないとアンリが主張しても、なぜだが否定すればするほど、キャロルは嬉しそうに口元をほころばせた。


「ふふっ。アンリさんのつくった腕輪をもらえるなんて、その女の子、羨ましい限りね」


「なんなら、キャロルさんにもあげましょうか」


「あら、そんな浮気みたいなことをしたら駄目よ」


 羨ましいと言った癖に……そう呆れたアンリだが、ふと今の会話の中で、別のことが気にかかった。


「キャロルさん、好きな相手に装飾品をプレゼントするのは、よくあることですか」


「えっ? そりゃあ、まあ。そうでしょう」


 そんなことを問い返されるとは思っていなかったのだろう。キャロルはからかうことも面白がることも忘れて、きょとんとアンリを見返した。


「装飾品に限らず、相手の欲しそうなものを贈るのは普通のことよ。あと自分の手作りのものを渡して想いを伝えるのも、一般的なことよね」


「そうなんですか……いや、そうですね」


 そういえば孤児院にいた頃、とある女の子が院長先生に、台所を使わせてくれとせがんでいたことがある。アンリが立ち聞きしたところによれば、彼女は好きな男の子に渡すためのお菓子を作ろうとしていたのだという。


 あるいはとある男の子が、貯めた小遣いで明らかに女性用と思しき首飾りを買ってきたことがあった。あの頃彼は、好きな人がいると周りに相談していたのではなかったか。


 好きな人ができたら、人は贈り物をするものらしい。


(ハーツも相手の女の子に、なにかプレゼントをしてみたらいいんだ。今度、そう言ってみよう……いや、その前に、相手が良い子なのかちゃんと確かめないと……)


 キャロルがそばで困惑しているのにも気付かず、アンリは部活動とは全く関係のないことに思いを馳せ始めたのだった。






 そういえば、マリーナ・トーンは一年二組だと言っていた。一年二組といえば、アンリには馴染みのあるクラスではないか。

 はたと気付いて、アンリは顔を上げた。


「キャロルさん。今日、一年生の三人は?」


 魔法系部活動である魔法工芸部に、珍しく一年生ながら入部したコルヴォ、サンディ、ウィリーの三人。彼らは一年二組に所属している。話を聞ければと思ったのだが、残念ながら部屋の中に彼らの姿は見当たらなかった。


 魔法工芸部は自由参加の部活動だから、毎日部活動に来る必要はない。しかし熱心な一年生三人はほとんど毎日顔を出していて、見かけない日の方が珍しい。休みの連絡でも入っているかと、アンリはキャロルに尋ねたのだ。


 一方、アンリが黙り込んでしまったことで困り果てていたキャロルは、それまでの話の流れを無視しているとはいえ、ようやくアンリが口を開いたことで安堵の笑みを見せた。


「あの三人なら、数日お休みするそうよ。体験カリキュラムの選抜テストに向けて、魔法の練習がしたいんですって」


「……ああ、防衛局の」


 防衛局の研究部で行われる一ヶ月間の体験カリキュラム。昨年アンリが参加したときもそうだったが、希望者多数の場合には、選抜のために魔法力の実技テストを受けることになっている。一年生の場合には成績上位者の三人が参加者として選ばれる。


 数日の練習で結果が変わるものとも思えないが、彼らは彼らで必死なのだろう。


「あの子たち、たしかに魔法は使えるようだけれど……どうかしらねえ」


「どうでしょう。俺はあの三人の魔法は見たことありませんから」


 コルヴォとサンディ、ウィリーの三人は、どうも入学のときから魔法の使い方を知っていたようだ。少なくとも先生の言いつけを破って西の森に行こうとする程度には、自分の魔法力に自信があるらしい。それが実力相応の自信なのか、あるいは単なる過信なのか……そこまではアンリにもわからない。


「初心者セットのなかに、花瓶づくりがあったでしょう。あの花瓶を焼くときに、三人とも火魔法を使ったのよね」


 魔法工芸の初心者向けに、技術の基本を学ぶために用意された初心者セット。魔法工芸部に入部した新人はしばらくそのセットに取り組むことになっているが、その中で最初に取り組むべき課題が花瓶づくりだ。


 魔力石を使った形づくりの工程を学ぶための課題だから、粘土で形をつくった後に、どのように焼くかまでは指定がない。しかし火魔法が使えるのであれば、窯に入れるよりも自分で焼いたほうが焼き加減や時間の調整ができて楽だと考えるのが普通だろう。アンリもその課題に取り組んだときには、自分で魔法を使って焼いた。


「火力が一番強かったのはコルヴォさんだったかしらね。でも、火力の調整が上手だったのはウィリーさん。サンディさんは、どちらもちょっと苦手にしているみたい」


「よく見ているんですね」


「そりゃあもちろん、可愛い後輩たちのことだもの。ちなみに私が今まで見た中で一番びっくりしたのはアンリさんの魔法ね。強い火力を難なく制御していて……三年生や四年生でも、あんなに上手に魔法を使う人は見たことないもの」


 それに比べると一年生三人は見劣りするのよねえ、とキャロルは無邪気に首を傾げてみせる。アンリは何とも答えようがなく、苦笑して目を逸らした。


 実は火魔法ではなくより強力な炎魔法を使いました、なんて。いくら使えると申告している魔法だといっても、今この場でキャロルに言うことではない。


「ええと。あの三人、無事にカリキュラムに参加できると良いですね」


 アンリがそう言って話題を戻すと、キャロルは「そうね」とにっこり笑って頷いた。アンリのことを追及する気はないようで、話は無事に後輩三人の魔法力のことへと逸れていく。


 一年生の中では魔法力が高い方なのではないか。それでも二組だから、一組には、より魔法を使える子がいるのではないか。チャンスが無いとは言わないが、さすがに三人全員は難しいのでは……そんな話でひとしきり盛り上がった後、キャロルは自分の作品づくりに戻っていった。


(……授業だけじゃなくて、部活動で使う魔法も気をつけないと)


 魔法研究部のときの癖か、部活動ではやや気を抜いてしまうことが多い。

 アンリは心の中で、おおいに反省した。

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