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(7)

 防衛局本部に来た目的の二つ目を果たすため、アンリは研究部棟のミルナの元を訪ねた。


 普段ならアンリの取り組むべき実験をいくつも用意して待ち受けているミルナだが、今日は予告もせずに訪問したのが功を奏したらしい。研究室にいたミルナはアンリの訪れに意外そうに眉を上げてから「来るなら来ると言ってよ」と実験の用意がない旨を告げた。


 ミルナは残念そうにしているが、やたらと疲れる実験をやらされずに済むのは、アンリにとって幸運と言える。


 研究室横の応接室に通されて、アンリは勧められたソファに座る。書類仕事をしていたらしい彼女はいつもの防衛局の制服や実験用の白衣ではなくて、深緑色の細身のワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。研究室なのに、私服だ。


「本当は今日、休日だったのよ。でも進めている研究が気になって、ちょっと作業をしに来ていたところ」


「すみません。お休みのところ、突然」


「ええ、そうね。だから今度ぜひ埋め合わせをしてちょうだいね」


 冗談めかして笑いながら、ミルナは二人分の飲み物を用意してアンリの向かいに座る。アンリの分はココアで、ミルナの分はコーヒーだろう。


「それで、今日は何の用事?」


「新しく作る魔法器具に、アドバイスをもらいたくて」


 アンリは鞄の中から、先日の新人勧誘期間で展示した腕輪を取り出した。目の前の卓に置くと、ミルナが「あら」と感嘆の声をあげる。


「可愛いじゃないの」


「そうですか? 俺、可愛いっていうのがよくわからなくて」


 革を基調とした腕輪に魔力に反応する塗料で模様付けし、魔力石をいくつか取り付けた魔法器具。魔法工芸部の先輩のアドバイスを受けて、見た目を重視してつくったものだ。

 アンリ一人では、これほど工芸品として芸術性の高い魔法器具をつくることはできなかった。基本的に、アンリには美的センスというものが備わっていない。


「可愛いわよ。これなら私が欲しいくらい」


「ありがとうございます。……で、こういう感じで、魔力放出補助装置をつくりたくて」


 マグネシオン家当主に依頼されている、ドレスにも似合う魔法器具。それをつくるにあたって足りない美的センスを、アンリはミルナに求めて来たのだ。


 ところがミルナは、アンリの腕輪を見ながら難しい顔をする。


「そうねえ。同じようにというのは、難しいかな」


「それはやっぱり、大きさですか」


「そうよ。今の魔力放出補助装置では、どうしてもこういう小さいサイズではつくれないでしょう。素材の重さを考えると、土台を革にするのも難しいから、これと同じ装飾にすることもできないし」


 アンリのつくった腕輪の装飾は、土台となる革に彫りを施して、そこに特殊な塗料を塗ったもの。そもそもの土台が石や金属では、同じ手法を使えない。


「魔法工芸の技術に頼るというのは良い観点だと思うけれど……。魔力放出補助装置の場合には、まず、器具の小型化から始めた方が良いんじゃないかしら」


 なるほど、とアンリは頷く。魔法工芸部に入ることを決めてから、どうしても工芸の技術を生かすことの方に考えが偏りがちだった。それよりもまず、魔法器具の改良から。アンリが元々得意とする分野の方に、戻る形だ。


「小さくすれば、女性のドレスにも似合う形にできますかね」


「そりゃあ、小さいっていうのは可愛さの大前提だもの。女性用なら特に、できるだけ小さくしないと駄目よ」


 そういうものか。アンリは心のメモに「とにかくできるだけ小さく」と書き留める。女性のファッションのことだ。普段からお洒落に気を遣うミルナの言葉に、間違いは決してないだろう。


「女性用なら小さく、細く、薄く。あとはそうね、ドレスに合わせるなら、腕輪っていう形にこだわらなくても良いんじゃないかしら。髪飾りとか、首飾り、耳飾り。身につけるものって、色々あるでしょ」


 腕輪にこだわる必要はないとのミルナの言葉を、アンリは目から鱗が落ちる気持ちで聞いた。最初に腕輪型でつくって以来、なぜだか腕輪の形にすることにこだわってしまっていた。


 思い返せば魔法工芸部の先輩で、腕輪以外の装飾をつくった人もいた。それを見たときに、思いついても良さそうなものを。


「アンリくんはいつも効率を求めているものね。よくつくる腕輪の形の魔法器具の方が、やりやすいし早くつくれると思ったんでしょう。たまには冒険して、新しい物をつくってみることも必要よ」


 とりあえず、すぐに思いつくのはそんなところかしら。


 そう言って、ミルナは手元のコーヒーに口をつけた。






 アンリからの相談がひと段落すると、ミルナは「そういえば」と話題をがらりと変えた。


「今年も研究部で体験カリキュラムがあるけれど。アンリくんは去年参加しているから、今年は来られないのよね?」


「絶対だめっていうことではないらしいですけど。できれば遠慮しろって、先生には言われてます」


 そうよねえ、とミルナは困った様子で頬に手を当てた。


「そろそろドラゴンの鱗とか青龍苔とかをまた調達したいなと思っていたのだけれど。去年と同じように、とはいかないかしらね」


 ミルナの物言いに、アンリは苦笑する。そもそもたとえアンリが参加するにしても、中等科学園生をドラゴンの洞窟になど、連れて行くべきではないと思うのだが。


 困ったわ、と首を傾げ続けるミルナの態度も妙にわざとらしい。これは残念がっているのではなく、単にアンリの譲歩を期待しているのだろう。


「……いいですよ。今日は突然押しかけて、色々教えてもらいましたから。素材採取くらい、行ってきます」


「あら、ほんと?」


 ミルナは頬から手を離し、ぱっと表情を輝かせた。


「それじゃあリストを作っておくから、今度こっちに来たときにでも、取りに来てちょうだい。ドラゴンの鱗と青龍苔以外にも、欲しいものがいくつかあるのよね。大丈夫、それほど急がないし、アンリくんにとって採取が難しい素材もそうそう無いと思うから」


 しれっとほかの素材まで追加しようとするミルナの言葉に、アンリは表情を引き攣らせた。「素材採取くらい」などと迂闊なことを言ってしまったアンリにも落ち度はあるのかもしれないが、その落ち度を利用しようとするところに、ミルナの狡猾さが見える。


 断ろうか……そうアンリが思ったところで、ミルナがタイミング良く口を開いた。


「そういえば、魔法器具の試作品ができたら、また見せに来て良いからね。見た目の評価とアドバイスならできるから。なんなら私の持っている装飾品をいくつか、見本として貸してあげるけれど」


 ……つまり素材全般の採取に協力すれば、魔法器具製作については今後の助言や手伝いも含めて面倒を見てくれるということらしい。たしかに今後、新しい魔力放出補助装置をつくるにあたって、見た目に関わる助言は随時必要になるだろう。相談相手として、ミルナ以上の適任はいない。


 アンリの事情をわかっていて交渉材料とするのも、さすがはミルナと言えるところだ。


(まったく、この人には絶対に敵わないな)


 せめてミルナを敵に回すことにならないように。そう思ったアンリは、余計なことを言うのをやめた。

 どうせ断っても、よりアンリに都合の悪い条件で改めて了承させられるのがオチだ。


 アンリはただ「ありがとうございます」と礼だけ言って、ミルナの依頼を引き受けることにした。

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