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(6)

 担任の先生に、自分が防衛局の上級魔法戦闘職員であることを話して良いか。

 アンリが単刀直入にそう尋ねると、隊長は難しい顔をして腕を組んだ。


「……やめたほうが良いだろうな」


「なんでですか? トウリ先生に言うのはよかったのに」


 食い下がるアンリに対し、隊長はますます苦い顔をする。


「トウリさんに話したのは不可抗力だ。バレてしまうものは仕方ないが、こちらからバラしにいくことはないだろう」


 たしかにトウリにアンリの事情を明かしたのは、重犯罪者が学園の中にまで攻め込んできて、それをアンリが撃退したという事件の後だった。アンリにその力があること、その権限があること。それを説明し、日常ではその立場を隠すことについて、協力を求める必要があった。


 必要に迫られてのことだ。今とは状況が違う。


 それでもアンリは納得できず、さらに反論を試みた。


「でも隊長、身分を隠さなきゃいけないなんて規則はないって言ってましたよね。話した方が過ごしやすくなるなら、話してもいいって」


「それは確かに言ったし、その通りだが……」


 アンリの反論に、隊長は言葉を探すように言い淀む。


 アンリのことをトウリに説明し、協力を求めたとき。同じくアンリの魔法を目にした友人たちにも話をして良いかと、そう尋ねたアンリに対して隊長は確かに言ったのだ。身分を明かした方が暮らしやすいなら、そうして構わない、と。


 中等科学園に通うにあたり、魔法力や上級魔法戦闘職員であるという身分は隠した方が良いと助言を受けた。

 アンリも今ではその必要性を十分に理解している。大っぴらに喧伝しては、無駄に目立って好奇の目に晒されることになる。


 しかしながら、担任の先生くらいには伝えておいても良いのでは。いや、むしろ伝えた方が良いのではないかというのが、最近のアンリの考えだ。これからの一年間、もしくは卒業までの三年間。目の良い教師を前に、ずっと魔法力を隠し続けるのは、いくらアンリでも骨が折れる。


 それならトウリに話したのと同じように、レイナにも事情を話して協力してもらえれば。


 しかしアンリの考えに対して、隊長は難しい顔で首を振った。


「確かに、身分を隠せなんていう規則はないし、命令もしてはいない。……だが、やはり言わない方がいいよ。これは助言、あと、お願いだな」


「……お願い?」


 聞き慣れない表現に、アンリは首を傾げる。


 助言ならわかる。常識知らずのアンリが中等科学園に通うにあたって隊長は、ああしろこうしろと色々な指示を出してくれた。思えばそれらは全て、中等科学園でアンリが生活しやすくするための「助言」だった。


 しかし「お願い」とは。


 困惑して黙り込むアンリに、隊長はため息混じりにゆっくりと言う。


「アンリももう十五だから、今ならそんなに問題はないが。……そもそも七歳から防衛局で働かせていたなんて、外聞が悪いだろう?」


 ……今更何を言っているのか。アンリは呆れて、口を開いたものの、何を言えば良いのかさえわからなかった。


 アンリの反応に、隊長は慌てた様子で早口になる。


「いや、法令上は就労の年齢制限なんて無い。だが、さすがにアンリも知っていると思うけれど、一般的な就労開始は中等科の卒業後からだし、早くても初等科を卒業してからだ。防衛局だと、規則上は年齢制限を設けていないが、中等科卒業後からっていうのが普通だ」


 その程度のことは、いくらアンリでも知っている。というより、アンリが特別なのだということは、七歳で防衛局に入ったときからずっと言い聞かされてきた。


 周りに大人しかいないのは、それが一般的だから。子供ながらにここにいるアンリは特殊な例だ。あまり目立ち過ぎないように気をつけて行動してくれと、当時からよく言われていた。


(……そういえば、あれは「お願い」だったか)


「アンリに入ってもらうのは、必要なことだった。防衛局の戦力確保のためにも、アンリのためにも」


「わかってます」


 アンリの強力すぎる魔法力は、七歳の頃にはすでに他のどんな大人にも負けない水準にまで達していた。その戦力が欲しいと考えるのは、国の安全を守る防衛局なら当然のこと。


 さらには大きすぎる魔力の器を持つアンリには、魔法の扱いを早くから教え込む必要があった。そこで、高度な魔法訓練を施すことが可能な防衛局への入庁が決まったのだ。


 その必要性は、アンリも理解している。


「別に、俺は防衛局に入れてもらったことを恨んでなんかいません。むしろ、ありがたいと思ってます」


「それは嬉しいね。だが、アンリ自身がそう思っていたとしても、周りはそうも思わないかもしれない」


 ここへきて、ようやく隊長の言いたいことにアンリの理解が追いついてきた。


 防衛局に入ったこと、所属していることに対してアンリ自身に不満はない。隊長も罪悪感など抱いていない。規則上も問題はない。


 しかし大っぴらに「七歳から防衛局の戦闘職員として働いている子供がいます」と公言してしまえば、なぜか何も知らないはずの第三者から、余計な口出しをされてしまうかもしれないのだ。


「周りからうるさく言われたくなければ、卒業までは極力身分を隠した方がいい。これは助言だ。それから、俺もあまりうるさく言われたくはないから、できれば隠しておいてほしい。これはお願い」


 さらに駄目押しとばかりに、隊長はアンリに一枚の紙を差し出す。書かれているのは、とある人物の経歴だ。


「……これ、レイナ先生の?」


「アンリの新しい担任の先生がどんな人か、気になってちょっと調べたんだよ。……一応言っておくが、法に触れるようなことはしていないからな。全て公開されている範囲の情報だ」


 隊長の言い訳を聞き流しつつ、アンリは渡された紙に目を落とす。


 レイナの経歴。それは非常に単純なもので、中等科学園の卒業後に高等科学園に進学し、十年間の研究生活の後に中等科学園の教師になったというものだった。


「……これが何か?」


「トウリさんのように防衛局だとか、国の機関を経て教育者になる人も多いけれど、彼女は違う。純粋な研究者上がりなんだ。研究者時代の研究テーマは魔法教育。こういう教育畑の人間は、きっとアンリの境遇に対してうるさく言うよ」


 それは偏見なのでは……とアンリは思ったものの、反論できるだけの根拠もない。


 隊長も確信を持って言ったわけではないようで、肩をすくめて言い直した。


「まあ、実際のところはわからないけれど。でも、その先生がどういう人なのかわからないうちは、用心するに越したことはない。俺はそう思うよ」


 身分と魔法力とを明かしたうえで、周りに隠すことへの協力を求める。そうすれば日々の魔法実践の授業がもう少し過ごしやすくなるのではないか。レイナを相手に気を張らずに済むのではないか。


 アンリはそう考えていたが、どうやら楽観的に過ぎたようだ。中等科学園で今まで通りの平和な生活を送るためには、もっと慎重にならなければいけない。


 レイナがどういう人なのかを知らないうちに事情を明かすのは、危険だ。


「わかりました。もうちょっと様子を見て、考えることにします」


 アンリがそう答えると、隊長も安心したように頷いた。






 そうして部屋から出る段になって、アンリはふともう一つの用事を思い出した。


「そういえば隊長。戦闘部で職業体験の受入れがあるって聞いたんですけど」


「ん? 興味あるかい?」


 あからさまに期待の目を向ける隊長に「俺がじゃなくて」とアンリは冷たく言い放つ。


「友達が興味を持っていて。どういう内容か聞いてみてって、頼まれたんです」


 なんだそういうことか、と隊長はつまらなそうに、わざとらしくため息をついた。


「別に大したことはしないよ。三十番隊あたりの訓練と、街道監視にちょっと参加してもらうつもり。それだけだとつまらないだろうから、俺がちょっと魔法を見せて……」


「えっ。あのデモンストレーションって、隊長がやるんですか」


 カリキュラムには確かに、上級戦闘職員による魔法のデモンストレーションと書いてあった。しかしまさか、わざわざ中等科学園生のために隊長自ら魔法を実演してみせるとは。


 意外に思ったアンリが目を見開くと、隊長は面白そうに身を乗り出す。


「興味が湧いたか?」


「……参加はしませんよ」


 アンリの念押しに、隊長は「まあそうだよな」と気軽に笑って身を引いた。アンリが参加することなど初めから期待しておらず、ただ冗談を言っただけのようだ。


「まあ、アンリが参加したところでつまらないだろうさ。それよりアンリには、もっと面白いものを用意してある」


「面白いもの?」


 何の話か。仕事があるという話は聞いていないし、学園のカリキュラムで防衛局に関するものは、今話題に出た戦闘部の職業体験と、昨年参加者は自粛しろと言われている研究部の体験だけのはず。


「何なんです?」


「さあね。じきにわかるよ」


 いたずらっぽくにやりと笑った隊長に、それ以上話を続ける気はないようだった。

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