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 模擬戦闘は、アンリが思っていた以上の水準で行われた。


 魔法実践の授業で同級生たちの魔法を見たアンリは、正直なところ、中等科学園生のレベルを侮っていた。魔法の威力や精度を見て「この程度か」と考えていたのだ。


 ところが戦闘となると、意外にも良い動きをする二年生がいる。魔法が拙くても身体の動きでそれをカバーし、上級生の攻撃をうまく捌いて、ときには反撃までしている。


 たとえば今。上級生が起こした竜巻による攻撃を、二年生は魔法による防御ではなく、部屋の中をすばしこく走り回ることにより回避した。そうして相手が自分を見失った隙をついて、土魔法で、相手の足下をすくいにかかる。


 イルマークも、意外な善戦を見せた。アンリの覚えている魔法研究部時代の彼は、丁寧に綺麗な魔法を使うものの、戦闘に活かせるようには見えなかった。というのも、魔法の行使が丁寧すぎて、戦闘に使えるほどの速さが出せなかったのだ。


 ところが今日のイルマークを見ていると、速さが出せないことに違いはないものの、うまく動いて戦闘をこなしている。


 戦闘開始前から魔法の準備をして、開始早々に土魔法による壁を構築し、あとはその壁に隠れて魔法を使ったのだ。壁を崩されても慌てず、相手の攻撃を避けながら再び似たような壁をつくって対処する。


 最終的には壁を壊された後の攻撃を避けきれずに負けることになったのだが、他の模擬戦闘に比べると長時間に及ぶ熱戦で、終わったときには見学者から盛大な拍手が起こった。


 もちろん、アンリも立ち上がって強く手を叩いた。





 二年生の戦法に、敗北を喫する上級生はさすがにいなかった。


 これから魔法戦闘部へ入部しようという二年生と、これまで一年以上その部で活動してきた上級生とでは、地力が違うということだろう。それでも危ないと思わせる場面を多々つくれるのだから、二年生も侮れない。


 魔法戦闘部に入りたいという生徒ばかりが集まっているからということもあるだろうし、さらに言えば、そのなかでも模擬戦闘を希望した十人という精鋭だからかもしれない。


(こういう人たちが、将来魔法戦闘職員として防衛局に入ってくるのかな……)


 アンリは感心しながら、未来の同僚となるかもしれない同級生たちの活躍を眺めた。





 アイラとウィルとの対戦は、十組行われた模擬戦闘の最後だった。どうやら同じ二年生でもすでに入部者がいるということを、アピールしたかったらしい。


 元々の見学者に加え、自分の模擬戦闘が終わってひと息ついた二年生たちも一緒になって、部屋の中央で始まった戦闘に注目する。


(……あれ。ウィル、意外とやるなあ)


 アンリもそんな見学の一団に混ざってそれを眺めていたのだが、目の前で繰り広げられた戦闘は、予想していたよりもはるかにレベルの高いものだった。


 ウィルの使う主な魔法は、水魔法。アイラの炎による攻撃を、分厚くつくった水の壁で防ぎ、白くたちこめた蒸気に身を隠して、陰から水弾で攻撃する。


(毎日部屋で水魔法使ってるから、慣れているんだろうな)


 部屋でもできる魔法の特訓方法として、アンリはウィルに、バケツを使った水魔法を教えている。バケツに水を張り、その上で水球をつくって、出来るだけ長時間維持する。最近では球ではなく、果物や草花など複雑な形をつくってみることも多いが、とにかくそれだけの訓練だ。


 単純な訓練ではあるが、それだけでも、毎日やれば成果に繋がるということだろう。


 炎や氷、風によるアイラからの攻撃を巧みに防ぎ、回避し、効果的な攻撃を繰り出す。そのほとんど全てが、水魔法により行われていた。


「すっげえ。生活魔法だけでこんなに戦えるのか」

「えっ、あれって生活魔法だけなの?」

「よく見ろよ。ウィリアムって奴は、水魔法しか使ってねえよ」


 見学者の中でも魔法の使い方の巧みさが話題となって、ざわめきが起こる。自分のことではないのに、アンリはどこか誇らしい気分になった。うちのウィルはすごいだろう、もっと褒めていいんだぞと、さながら親が我が子を自慢するような心境だ。


「……すごいですね、ウィルは。私もアンリに稽古をつけてもらえば、あのくらい動けるようになりますか」


 アンリの隣では、イルマークが囁くように言った。周囲に聞こえないくらいの小声だったのは、アンリの立場を慮ってのことだろう。


 いや、とアンリは苦笑する。


「俺は魔法の特訓には付き合ってるけど、戦い方を教えているわけじゃないから。ああやって動けているのは、ウィルの才覚と努力の成果だよ」


「そうなんですか? ……アンリが得意げに見えたので、てっきり稽古の成果なのかと思いました」


 自分はそんな顔をしていたのか。

 アンリは顔をひきつらせ、恥ずかしさを隠すためにイルマークから顔を背けた。





 大振りの魔法では、水の壁に防がれる。


 幾度も繰り返した攻撃の後に、アイラはようやくそのことに思いいたったようだ。炎や風による大規模な攻撃をやめ、氷魔法でつくった剣を手に握る。


「それ、冷たくないのかい? 手を離さないと、凍傷になるよ」

「あら、ご心配ありがとう。ちゃんと対策はしているから大丈夫よ」


 ウィルの無駄話にはほとんど取り合わず、アイラは氷の剣を上段に構える。ウィルはひとつ大きく息を吐くと、自身は木魔法で木刀を拵えた。


 そこから、武器による攻防が始まった。


 アイラが上段から打ち下ろせば、ウィルはそれを木刀で受け流して斬り返す。素早く剣を引き戻したアイラはウィルの刀を弾いて、鋭い剣先で突きを繰り出す。ウィルは身を捻って突きを躱すと、下からアイラの腕をめがけて木刀を振り上げた。アイラは後ろに大きく一歩飛び退いて、ウィルの一撃を躱す。


 ここまで、ほんの数秒。二人の距離が開いたことで、攻防にやや間が空いた。息を詰めて見つめていた見学者たちから、感嘆のため息が漏れる。


「すごいな。アイラ・マグネシオンって、剣もできるのか……」

「アイラ様だもの、それくらいできて当然よ」

「でもあの相手の男の子も、すごいわ。アイラ様と、ほぼ互角なんじゃないかしら」


 それは違う。


 見学の女子の意見を、アンリは心の中だけで否定した。アイラとウィルとの攻防は、互角ではなかった。

 再びアイラが大きく一歩踏み込み、ウィルに斬り込む。ウィルはその剣を柔らかく受け止め、弾き、今度は自分から斬り込んだ。


(剣の腕なら、ウィルの方が上だ。でも……)


 剣を弾かれたアイラが、一瞬無防備になる。剣を手元に引き寄せるのが間に合わず、ウィルの木刀が、そのままアイラの肩を打ち付けるかに思われた。


 しかし、ウィルの木刀はアイラに届かない。その少し手前で、見えない壁に阻まれた。


 思わぬところで攻撃を止められて、ウィルは木刀を取り落とす。呆然と目を丸くした彼は、一瞬後には我に返って、大きく飛びすさった。


 それでも驚愕に動きを止めた一瞬は、致命的な隙となった。飛び退いたウィルの着地点を目掛けて、アイラの火炎魔法が飛ぶ。なんとか水魔法で炎を防いだウィルだったが、続けて駆け寄ったアイラによる直接の攻撃には、対処できなかった。


 アイラは氷でできた細く美しい剣を、ウィルの首筋に当てていた。


「勝者、アイラ・マグネシオン!」


 審判を務めるジェーンの声が響く。


 呆気にとられていた見学者たちは、数秒おいてから、ようやく立ち上がって盛大な拍手を二人へと送った。





 惜しかったね、とアンリが声をかけると、ウィルは珍しく悔しそうに眉を歪めた。


「どこが惜しかったんだ。まだまだ、全然敵わなかったよ」

「でも剣術だけなら勝てそうだったよ」

「あのねえ、アンリ。僕はアイラと魔法戦闘をしていたんだよ。剣術の試合ではなくて」


 ウィルが苛々した口調で言う。アンリは下手に慰めるのをやめて、黙って肩をすくめた。


 やがてウィルも落ち着いて、今度はむしろ弱気になって、ため息混じりに口を開く。


「……僕、アイラに勝てるようになるかな」

「うーん、どうだろう」

「アンリ。今はむしろ、気休めでもいいから慰めてほしいんだけど」


 そんな無茶な。アンリが視線で抗議すると、ウィルは少しだけ笑った。


「ごめんごめん。今のは僕が悪かった。……でもさ、アンリ。僕がアイラに勝てるとしたら、どんな手があると思う?」


 どうやら少し気弱になっているだけで、ひどく悔しがっているわけでも、大袈裟に気落ちしているわけでもないらしい。

 そんなウィルの様子に安心しながら、アンリは「うーん」と唸った。


「剣術と魔法を一体で使えるように訓練するとか、使える魔法を増やすとか。なにか、アイラの予想の裏を突くようなことが、できればいいんだろうけど」

「正攻法で魔法力を伸ばしても、勝てないかな?」

「正直なところ、アイラの魔法力の伸びが想像以上なんだよ。このあいだまで、結界魔法なんて使えなかったはずなのに」


 アイラの魔法力は高い。しかしついこの間まで、その魔法力の高さは主に、魔法の威力の方へと向いていた。火炎魔法や風魔法、氷魔法。ごく一般的な戦闘魔法ではあるが、アイラはそれを凄まじい威力で放つのだ。そのうえ重魔法まで使えるのだから、それだけでも、なかなかの脅威だった。


 ところが今日、最後にアイラがウィルの剣を受け止めた魔法は。ウィルの剣が、空中で見えない壁に遮られたように見えた。あれは、結界魔法だ。結界魔法の実施には、威力よりも、精緻な技術力が求められる。


 力押しではない、本物の魔法力。アイラはそれを身につけつつある。


「ウィルが訓練して、どれほど魔法力を伸ばすことができるかはわからないけれど。もしかすると、アイラはその倍の速さで魔法力を伸ばすかもしれない」

「うわあ……アンリが言うなら、そうなんだろうね」


 げんなりした声でウィルが言う。やはりもっと、気休めになるようなことを言った方がよかっただろうか。たった今模擬戦闘を終えたばかりのウィルに、厳しすぎただろうか。


 しかしウィルは、気落ちした様子もなく、むしろさっぱりと笑顔になった。


「ま、それならそれで。僕は僕のペースで地道に頑張るよ」


 また訓練に付き合ってね、とウィルが言う。

 もちろん、約束だからね。アンリも明るく、そう応えた。

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