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 翌日。魔法工芸部の展示会場のことを完全に先輩たちに任せきりにして、アンリは魔法戦闘部の体験入部に来ていた。


 場所は、魔法研究部でも使っていた訓練室。アンリがウィル、イルマークとともに部屋に入ると、すでに体験入部希望者と思われる二年生たちが三十人ほど集まっていた。

 これほど人が集まると思ってはいなかったアンリは、驚いて目を丸くする。


「多いね。こんなに入部希望者がいるのか」


「悩んでいるという人もいると思うけどね、イルマークみたいに。でも、魔法戦闘部は人気の部活動で、毎年だいたい四、五十人の入部があると言うから。体験入部も、今日だけでなく明日もあるしね」


 下調べを済ませているらしいウィルが、平然と答える。四、五十人。一学年の人数だけで、魔法工芸部全体の人数を軽く超えてしまうらしい。


 目を白黒させながら、アンリは訓練室の奥を見遣る。そこには、魔法戦闘部の上級生らしき人たちが集まっていた。しかし、多いとは言っても二十人ほど。ウィルの言葉が本当なら、三、四年生合わせて百人くらいいても良いはずだが。


「体験入部では訓練室が混み合うから、上級生の参加は減らしているらしいよ」


 アンリの心を読むように、ウィルが言葉を続けた。


「普段の部活動でも、参加を希望制にしたり、いくつかの訓練室を同時に使ったりして、うまく調整しているんだって」


 人数が多すぎるというのも、なかなか大変らしい。そういえば魔法器具製作部も、作業台が足りずに苦労している様子だった。

 色々と考えているんだな、と上級生たちの一団を眺めたアンリは、そこでふと、とあることに気が付いた。


「あれ? アイラがいる」


 上級生ばかりと思っていた魔法戦闘部の部員たちのなかに、アイラが混ざっているのだ。


 そういえばアイラはすでに、魔法戦闘部に入部したと言っていたか。つまり、部員の一人として、ここにいるのだ。二年生ながら新人勧誘のために魔法工芸の作品を展示したアンリと同じこと。


 ふと、アイラが顔をあげた。

 アンリと目が合うと、面白そうに微笑んでアンリの方へと歩いてくる。


「いらっしゃい、アンリ。魔法戦闘部には入るつもりがないと言っていなかったかしら?」

「ウィルの付き添いみたいなものだよ。見学だけ」

「そうなの? 今日は部員と体験入部の二年生とで、模擬戦闘をやるのよ。興味はない?」

「ないよ。俺はやらない」


 アンリの正直な気持ちを言うならば、興味はある。しかし、だからこそ参加はできないといったところだ。模擬戦闘に参加したい気持ちは山々だが、そんなことをしたら、実力を隠し切る自信はない。


「残念ね」


 アンリの思いを知ってか知らずか、アイラは軽く肩をすくめる程度で、深く追及することもなかった。


「それなら私たちで対戦しましょう、ウィリアム」


 そう言って、にっこりと微笑むアイラ。

 どうやら最初からアンリとの模擬戦闘は無理だとわかっていたのだろう。むしろ、本命はウィルへの対戦の申し込みだったようだ。


 ウィルは嫌がるだろうか。そう思ってアンリが見遣ると、意外にも彼は好戦的な笑みを浮かべていた。


「いいね。楽しみだ」

「決まりね。部長に言っておくわ」


 そうしてアイラは、部員たちの一団の方へと戻っていく。


 それから間も無くして、魔法戦闘部の体験入部イベントが始まった。





 体験入部イベントの内容が模擬戦闘であることは、その日その場で発表された。


 二年生の反応は、二手に分かれる。

 すでに戦闘ができるくらいの魔法を使える二年生は、よしきたとばかりに、興奮した表情を見せた。

 一方で魔法がまだ使えないか、あるいは覚え立てで模擬戦闘ができるほどに熟練していない二年生は見学に回らざるを得ず、やや不満げだ。


「実際に入部した後も、俺たちは見学ばっかりってことっすか?」


 不満げな二年生のうち一人が、代表して上級生に尋ねた。申し訳なさそうに気弱に微笑みながらそれに答えたのは、次期部長として名乗った三年生、ジェーン・ストライド。


「普段は皆で魔法の練習をするような場も設けているから、見学ばかりにはならないんだけどね。今日は、時間も場所も足りないから、こういうことにしちゃったの。ごめんね」


 あっさりと頭を下げるジェーンの態度に拍子抜けしたのか、二年生はやや気まずそうに視線を逸らす。それでも不満を払拭するには足りなかったようで、勢いは削がれたものの、言葉は続いた。


「せっかく体験があると思って来たのに。見学だけだなんて、つまんないっす」


「ごめんなさいね。でも、見学だって面白いものよ。自分もいつかあんなふうに魔法を戦闘に使えるようになるんだって、想像しながら見るの。自分だったらどう動くか、どんな魔法を使うか。そうやって考えながら見学すると、楽しいし、勉強にもなる」


 だからぜひ見ていってほしい。そう訴えたジェーンに対し、不満をこぼしていた二年生は、半信半疑の様子で頷いた。


 しかし、周りでやりとりを聞いていた二年生の反応はまちまちだ。


 彼女の言葉を聞き入れてその場に残ることを選んだ生徒が半分。何を言われようと、見学しかできないのなら、と体験入部をやめて帰った生徒が半分。


 帰った半数の生徒たちをやや悲しげにに見送ってから、ジェーンは室内を見渡した。


「ま、嫌だという人を無理に引き留めてもしょうがないしね。それじゃ、始めましょう!」


 彼女の言葉を合図に、魔法戦闘部の部員たちが動き出した。





 模擬戦闘は使用魔法制限のない、一対一の通常戦闘だ。見れば集まった二年生のうち、十人ほどが戦闘の準備を始めていた。その中にはウィルとイルマークも含まれている。


 そんな入部希望者たちに合わせて、同じ人数の部員たちが、戦闘の準備を始める。


「あれっ、アンリ君じゃないの」


 戦闘準備の二年生たちから離れて見学者たちに混ざるアンリを目敏く見つけたのは、先ほど見学の二年生を優しく説得していたジェーンだった。入部希望者たちの戦闘準備を手伝っていた彼女が、わざわざ離れてアンリの元へ駆け寄ってくる。

 昨年末、魔法戦闘部の見学に来たアンリのことを覚えていたらしい。


「アンリ君、魔法を使えるよね? 見学じゃなくて、参加すれば良いのに」


「……模擬戦闘大会のときのことを言っているなら、あれは魔法器具のおかげですよ。普段は、模擬戦闘なんてできるほどじゃありません」


「うーん、聞いてる噂と違うなあ」


 どんな噂を聞いているのか……と尋ねそうになるところを、アンリはどうにかこらえた。藪をつつくような真似は良くない。


 以前、交流大会におけるイベントの一つとして行われた模擬戦闘大会において、アンリは決勝戦でアイラに勝って優勝した。ジェーンはおそらく、そのときのことを覚えているのだろう。

 模擬戦闘大会で、アンリは周囲の目を誤魔化すために魔法器具を使った。実際には魔法力を下げるための魔法器具だったが、周りには「魔法力を上げるための魔法器具だ」と偽ったのだ。だからあのときの模擬戦闘におけるアンリの活躍は「魔法器具のおかげ」と言い訳しておけば良い。


 しかしジェーンの口ぶりからすると、大会での活躍以外に、アンリの魔法力の高さを感じさせるような噂が流れているのかもしれない。


「ま、いいわ」


 自然な流れで話を聞き出すことができれば。アンリはそう考えていたが、意外にも、ジェーンはあっさりと話を切り上げてしまった。


「どのみち、見学の方が良いって言うなら仕方ないしね。今日は楽しんで行って」


 それだけ言うと、彼女は部屋の中央へと戻っていった。


 どうやら今日の模擬戦闘では、彼女が審判を務めるらしい。ジェーンは忙しそうにあちこちの部員や二年生に声をかけ、場を整えていく。


 アンリ一人を勧誘するために、多くの時間を割く余裕はないようだ。そもそもこれだけ入部希望者がたくさん集まっているのだ。一人一人、逃がさないようにとこだわって誘う必要もない。部員の少なさに悩む魔法工芸部や、部員数で素材採取場の面積を確保したい魔法器具製作部とは、新人勧誘の考え方が根本的に違うのだろう。


 部活動にも色々あるんだなあと、アンリは他人事のようにぼんやり考えながら、模擬戦闘が始まるのを待った。

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