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マリアにアイラ、エリック、イルマーク、ハーツの五人が魔法工芸部の展示会場に遊びにきたのは、一年生三人が入部を約束したうえで会場をあとにしたすぐ後だった。
「すっごぉい。アンリ君、まったく自重してないんだねえ」
アンリのつくった腕輪を見て、褒めているのか馬鹿にしているのかわからない感想を漏らしたのはマリア。アイラもマリアに同意して、大きく頷く。
「アンリらしいといえばアンリらしいわね。……それで、どうなの? こういう感じで、マリアの腕輪もつくれるものなの?」
後半は、周囲に聞かれないようやや声を落とした問いかけだった。律儀だなあと思いつつ、アンリも小声で答える。
「同じは無理だよ。マリアの腕輪には重さがあるから、ここまで小型にするのは難しい。色々試してみるから、もう少し待って」
「早くつくってちょうだい。じゃないと、貴方に頼んだ意味がないでしょう」
「わかってるよ。……どんな腕輪が良いか、マリアと相談しながらだね」
アンリの返しにひとまずアイラも納得したのか、それ以上の催促はなかった。しかしこの分では、遅れれば遅れるほどアイラの不況を買いそうだ。
マリアのためだけでなく自分のためにも製作は急ごうと、アンリははっきりと意識した。
そんな中、当事者であるマリアは何も知らない顔で、腕輪を離れてほかの展示に目を向け始めている。
一方で腕輪のそばを離れず、隣に展示された設計図に見入っているのはエリックとイルマークだ。
「この絵もアンリが描いたのですか?」
「うん。絵というか、設計図だけどね」
アンリの答えに「そうですか」と生返事をしつつ、イルマークは目の前の絵に夢中だ。腕輪本体よりも、よほど設計図の方に興味があるらしい。
その横で、エリックも興味深げに設計図を見つめている。
「工芸品をつくるときって、こういう絵をもとにつくるんだね」
「いや。これはどちらかというと、魔法器具製作の方だよ」
作品をつくる前の、設計図。こうした設計図を描いてから実際のものづくりに取り組むのは、魔法器具を製作する際のアンリの習慣だ。今回はそれを魔法工芸に応用したにすぎない。
魔法工芸部の部長であるロイの言いぶりからすれば、似たような下絵を描く習慣が魔法工芸にもあるらしいが、アンリはまだその方法を知らない。
「あ、そうなんだ。知らなかったなあ。あとで先輩に聞いてみる」
魔法器具製作部に入部したはずのエリックは、自身の部活動の分野であることを指摘され、やや恥じ入る様子で言った。
イルマークにとって、魔法工芸部の展示のうち、目玉とも言える部長の作品はすでに見たものだ。さらに準目玉であるキャロルのランプもお披露目済みなので、彼にとってはややつまらない展示だろうとアンリは危惧していた。どうすれば魔法工芸部を魅力ある部活動に見せられるだろうか。そう悩んでいたのだ。
ところが当のイルマークは、アンリの不安などよそに、しっかりと展示を楽しんでいるようだった。
「これは女性用のイヤリングですか? 西の国でつくられる装飾品に似ていますね」
「よく知っているね。実は西国出身の母を持つ部員がいるんだ。それは、母親の持ち物を真似てつくったそうだよ」
と、イルマークの勧誘に勤しむのは部長のロイだ。
「それに少々工夫を加えてね。魔力に反応して輝くようになっているんだ」
そうしてイルマークに、魔力を注ぐよう促す。イルマークの魔力を受けて、イヤリングはきらきらと瞬いた。
アンリの腕輪や、キャロルのランプのような発光とは違う。それよりも、水晶や金属が光を受けて輝くのと似ていた。それまで装飾品としては大人しい印象のあったイヤリングが、一気に華やかさを増す。
その変貌に、イルマークは目を丸くした。
「……まったく別物のようですね」
「だろう? 彼女の母親は、西国出身者らしく地味なファッションを好むらしい。ところが彼女は、派手好きなんだよ」
「親子で使える装飾品にしたわけですか。そんなこともできるのですね」
こんな具合で、イルマークはひとつひとつの装飾品に興味を示し、ゆっくりと見て回った。一緒に来ていた他の四人が全ての展示をさらっと見て回り、そろそろ帰ろうかという頃合いになっても、イルマークはまだ半分も見終えていない。
「先に行ってください。私は、もう少しここを見ていきます」
友人たちに合わせる気は全くないようで、イルマークはこう言って皆を先に行かせる段取りだけ整えると、また作品の鑑賞とロイの解説とに夢中になったのだった。
結局イルマークは、魔法工芸部のそう広くもない展示を、一時間以上かけて隅から隅まで見て回った。
ここまで夢中になったのだから、当然、魔法工芸部に入る意向があるのだろう。
そんなアンリの期待を裏切って、イルマークは首を横に振った。
「まだ魔法人形劇部を見ていませんから。それに、明日以降は魔法戦闘部の体験入部もありますしね」
ものづくりから戦闘まで、イルマークの興味は幅広いらしい。入る部活動を決めるのは、それら全てを見てからということのようだ。
「でも、今のところは魔法工芸に一番惹かれています」
イルマークがそう付け加えたのは、本心からか。それとも長い見学に丁寧に付き合った部長のロイや、友人であるアンリに気を遣ってのことか。
いずれにしても、これ以上強く誘っても、心証を悪くするだけだろう。
強く勧誘したいのをぐっとこらえて、アンリは微笑んだ。
「うん、わかった。……俺も、明日はウィルと魔法戦闘部に行くつもりなんだ。よかったら、一緒に行く?」
「そうですね、ぜひ」
とりあえず、イルマークから目を離すまい。
強引に誘うことは諦めても、勧誘自体を諦めるつもりは、アンリには毛頭ないのだ。
魔法戦闘部の体験入部に付き合って、イルマークの興味の方向性を探り、それに見合う対価を示して魔法工芸部に誘う。大雑把ながら、そんな計画をアンリは練っていた。
(……キャロルさんも色々考えて、ああいう対応になったんだろうなあ)
イルマークの勧誘に頭を悩ませる段になってようやく、アンリは自分を勧誘したときのキャロルの苦労と悩みとの片鱗に触れたように感じたのだった。
長い見学を終えてイルマークが去るとき、ロイがアンリに顔を向けた。
「今日はほかの部活動の見学とかは、良いのかい?」
「あー……本当は、ウィルと一緒に色々見ようと思っていたんですけど」
ウィルは先程マリアたちが他へ行くときに、それと一緒に出かけてしまった。アンリも行こうかと思ったのだが、イルマークを置いていくわけにもいかない。そのうえウィルに「今日はやめておいた方がいい」と止められたのだ。
「さっきの魔法器具製作部で目立っちゃったみたいなので、今日はもう、ここにいることにします」
アンリが諦めとともにそう言うと、なるほど、とロイも頷いた。
「たしかに、ほとぼりが冷めるまではここにいた方が、目立たないだろうね」
魔法器具製作部で目立つことをしてしまった。そのほとぼりがどのくらいで冷めるものなのか、アンリにはわからない。とりあえずウィルに言われたように、今日一日は魔法工芸部で大人しくしていようと思うだけだ。
「明日はウィルと、魔法戦闘部の体験入部に行くつもりです。今日はここにいます」
「……大丈夫だろうとは思うけれど、魔法戦闘部でも、悪目立ちしないようにね」
ぎくり、とアンリは顔を引き攣らせる。アンリの戦闘能力のことなど知らないはずの部長に、そんなことを言われるとは。
「だ、大丈夫ですよ。あはは」
アンリのわざとらしい笑いに、ロイはどことなく不安そうな顔をした。




