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 自らの所属する魔法工芸部の先輩たちから、冗談交じりながらも「偵察を」と言われていたことなど、アンリはさっぱり忘れていた。そんなことよりも、アンリは目の前の魔法器具製作実演に夢中だ。


(素材は……西の森で採れるものだけじゃないな。普段からそうなのか、今日だけ奮発しているのか)


 上級生たちは、机の上にそれぞれ異なる素材を並べている。さまざまな魔法器具の製作を実演しようということだろう。

 あちらでは魔力灯、こちらでは魔法強化装備、そちらでは動物除け。

 並べられた素材から、アンリは出来上がりを想像する。


(西の森で採れるものだけだと、つくれるものにも限りがあるからなあ)


 合図とともに一斉に魔法器具製作に取り組み始めた上級生たちの手元を眺めつつ、アンリはのんびりと考える。


(いくら採取場が広くても、必要なものが採れないんじゃ、意味がないよな……)


 アンリ自身、今回の展示会に向けた作品づくりでは、結局自分で魔力石を用意した。自分が望んでやったことなので不平も不満もないが、部活動内であまりにそれが多くなるなら、そもそも西の森の採取場などいらないのではないか、という話にもなる。


(自己調達は自重するか。でも、それでつくるものを制限するっていうのも、本末転倒というか……)


 アンリがあれこれ考えているうちにも、魔法器具製作の実演は続く。


「さあさあ、顔を近付けて、よく見ておくと良い!」


 上級生たちは、それぞれ用意した素材を切ったり、組み合わせたり、すり潰したり。様々に加工を施していくその手際は、アンリから見れば慣れているとは言い難い。しかし周囲で眺める観客からは「おお」とか「わあ」とか歓声があがっていて、概ね好評だ。


 中等科学園生にとっては、魔法器具製作の作業そのものが見慣れないイベントなのだ。多少不慣れなところがあったとしても、演出効果は十分に違いない。


(それにしても雑だな……もっと丁寧にすり潰さないと、効力が半減するじゃないか。もったいない)


 などと心の中で文句をつけられるのも、アンリが魔法器具製作に精通しているからこそ。たいていの二年生は、魔法器具製作の実演という珍しい見世物にただ目を奪われている。


 しかし何を思っていようと、真剣に、そして興味深く上級生たちの手元を見つめるアンリの視線は、ほかの二年生たちとたいして変わらなかった。


 だから、そうして自分の考えを心の内に留め、行動に移しさえしなければ、アンリが目立つこともなかったはずだ。





(……あれ、あの人)


 アンリが目立つことになったのは、ひとえに、このときの気付きが原因だったと言える。


(攻撃魔法の強化装備かと思ったけど……あれは違うな。どちらかというと、防御系……魔法防御の装備かな)


 用意されていた魔力石を見て、魔法による攻撃力を強化するための武器か装飾品をつくるのだろうとアンリは勝手に思っていた。しかしその上級生が魔力石を嵌め込む土台として用意したのは、武器ではなく防具だった。

 腕に取り付けて使う型の盾だ。


(魔法力の強化には違いないだろうけど、そこにその魔力石だと……)


 用意された魔力石は、魔法の火力を上げるものだ。攻撃用魔法の強化であれば効果は高いが、防御用の魔法を強化するには向かない。

 どうやら、使う魔力石を間違えているようだ。


(あんな石を盾に埋め込んだら、魔法攻撃を受けた瞬間に爆発するだろうに……。いや、それ以前に。あの石で、この工程だと……あっ)


 気付くと同時に、アンリの足は前に出ていた。


 多くの二年生が興味津々ながらも常識的な距離を守って見学するなか、突然上級生たちの実演の場に踏み込んだアンリの動きはよく目立った。しかしあまりに唐突だったので、すぐには制止の声もかからない。


「ちょ、ちょっと君!」


 司会を勤めていた上級生がようやく声をあげたとき、アンリはすでに目指す上級生の元にたどり着いていた。目の前で、今まさに魔力石の加工に取り掛かろうとしている先輩の腕を掴んで止める。


「な、なにするんだ!」


「なにって、こっちの台詞です。……魔強石を使おうとしていたんですか? この石は魔爆石ですよ。そんな加工の仕方をしたら、爆発します」


「えっ!」


 その上級生は、ぎょっとした様子で自分の手元を見た。そこに用意した赤い石をしばらく凝視して、そうしてようやく、アンリの言葉が正しいことに気付いたのだろう。顔をあげたときには、情けなく眉が八の字に歪んでいた。


「本当だ……これは、魔爆石だ……」


「でしょう?」


 堂々と間違いを指摘しているように見せたものの、アンリは内心でほっと安堵していた。


 この上級生が魔爆石というものを知らない可能性も考えていたのだ。そうなれば、もっと初歩のところから説明しなければならないところだった。


 魔強石は、注いだ魔力を増大させ、その効力を強化する性質を持った魔力石だ。威力は弱いが、扱いが簡単で汎用性が高く、戦闘用の魔法器具なら攻撃から防御まで、様々な用途に使われる。


 一方の魔爆石は、魔力や衝撃を吸収し、爆発的な力を生み出す魔力石。威力が強く武器に人気だが、扱いが難しく、下手をすると加工中にも爆発を起こしかねない危険な魔力石として有名だ。


 魔強石と魔爆石とは、輝きや持ったときの感触、重量感に大きな差がある。しかし色が似ているため、初心者では間違いやすい素材だ。


 とはいえこの上級生は、その違いを知らないほどの初心者ではなかったらしい。


「予備の魔強石はあるんですか?」


「部室にはあるが、持ってきていない。……今日はここで終わりだ」


 落胆のため息をつく上級生。自らの失態に落ち込んでいるのか、製作を中途半端に打ち切らなければならないことを嘆いているのか、あるいはその両方か。


 肩を落とす彼に、アンリは同情した。


「諦めなくても、方法はありますよ」


 え? と不思議そうに顔をあげた上級生の前で、アンリは魔爆石を手に取る。


「構造魔法で石の構造を変えて、魔強石にしちゃえばいいんですよ。爆発しないように、気をつけないといけないですけど」


 魔強石も魔爆石も、いくつかの素材を組み合わせて作られた人工の魔力石だ。その素材には共通するところが多く、魔爆石から魔強石を抽出することは可能だ。


「魔強石の密度を上げて、爆発する要素を入れたのが魔爆石ですから。その逆をしてやれば、魔爆石を魔強石にすることはできます」


 呆気にとられる上級生の前で、アンリは魔爆石を持った手に魔力を込める。誘爆しないよう魔力を調整しながら、石の構造を変える。


 ほどなくして、石はカタカタと震え出し、端からほろほろと崩れ始めた。崩れて落ちた大きな塊は魔強石。赤い粉として周りに散ったのは、魔力に反応して爆発を起こす天然素材だ。


「こうやって、取り出した魔強石だけ使えば……はい、どうぞ」


 アンリは机上に転がった魔強石を拾い上げ、呆気にとられる上級生に手渡した。


「こっちの粉がつかないように、気を付けてくださいね。使わないなら、まとめておきましょうか」


 机上にぱらぱらと散った赤い粉。アンリは風魔法を使って、粉を机の端に集める。魔力が触れると爆発しかねないので、魔力ではなく風だけが当たるよう、慎重に魔法を操る。


 こうして魔強石と赤い粉とをうまく分離させることに成功したアンリは、満足してひとつ大きく頷いた。


「それじゃあ、俺はこれで……って」


 ひと通りの助言を終えて、アンリはその場を離れようと顔を上げた。


 そしてそのとき、初めて自分が注目の的になっていることに気付いたのだ。


 それまで魔法器具製作部の実演に夢中になっていた二年生たち。のみならず、魔法器具製作の実演をしていたはずの上級生たちまで、手を止めてアンリに目を向けている。


 目立つつもりなどさらさら無かったアンリは、思いも寄らない光景に目を丸くした。


(……そ、そんなに大した魔法を使ったわけじゃないのに……?)


 構造魔法は生活魔法に分類される、ごく初歩の魔法。粉を集めるにあたって使った風魔法も、戦闘魔法のなかでは最も生活魔法に近いとされる一般的な魔法だ。魔法を学び始めたばかりの二年生ならともかく、三年生以上にとって、それほど珍しい魔法でもないはずだ。


 なぜ、こんなに注目を集めてしまったのだろう?


 アンリは内心で首を傾げる。


 しかし、答えを探すのはあとだ。


 とにもかくにも、この居心地の悪い状況から脱出しなければ。そう考えたアンリは、急いでこの場を離れることにした。


「それじゃ、お気をつけて!」


 目の前の上級生に改めて挨拶すると、アンリは自分に視線を向ける二年生たちをかき分け、ウィルを連れて逃げるように魔法器具製作部の展示スペースをあとにした。

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