表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/467

(27)

 夜、アンリはさっさと風呂を済ませて部屋に戻ると、机上にいくつかの魔力石を並べた。


(魔力を貯める石は、前にアイラにつくったようなやつでいいかな。光らせる石は……まあ、ランタン程度の明るさが出せれば良いか)


 魔法工芸部の活動中につくっているのは、今のところ土台となる革の腕輪とその装飾の部分だけ。魔力石をはめ込む場所はつくったが、肝心の魔力石はまだ用意していない。大丈夫なのかと部長やキャロルからは問われたが、「今、用意しているところ」と適当に言葉をにごして逃げていた。


 いつでも用意はできるのだが、部活動の部屋で作業するわけにもいかず、面倒だと思って今日まで先延ばしにしていたのだ。


 しかし、昨日の西の森での素材採取で、装飾用の魔彩草と魔光花が手に入った。これ以上魔力石の準備を先送りにしていては、先輩たちを余計に心配させてしまう。


 机上に並べたのは、魔力を溜め込む性質を持つ魔力石と、魔力を吸って光を放つ魔力石。どちらも天然物で、このまま使うと性質が強すぎて使い物にならないので、純度を落とすために魔力石でないただの石も用意している。

 そのほか、つなぎとして使う樹液や水、いくつかの植物。


 全てを並べ終えてから、アンリはもう一度、魔力石をつくるための作業工程を頭の中でなぞる。


(石を砕いて、混ぜて、固めて……既製品っぽく、綺麗に固めないとな)


 おそらく部長やキャロルは、アンリがどこかで既製品の魔力石を買ってくるものと思っているだろう。


 天然の魔力石から用途に合わせて威力や大きさを調整した人工の魔力石を作るのは、それ専門の職人がいるほど繊細な作業だ。魔法器具製作を生業とする者でも、自ら魔力石を作ることはそう多くない。


 だから「魔力石を用意する」と言えば、普通は既製品を購入することを思い描きがちだ。


 あるいはキャロルなら、自分の欲しい魔力石をオーダーメイドで注文している可能性もあるが。


 いずれにしても、魔法器具製作者や魔法工芸家が自ら魔力石をつくるなどと滅多にないのだ。


(そんなに難しくないのに、なんで皆やらないのかな。……まあ、既製品みたいに綺麗に形を整えて磨き上げようと思うと、ちょっと骨が折れるけど)


 そんなことを考えながら、アンリはいつもやっているとおりに、魔法で材料を浮かせて空中で混ぜ合わせる。


 この方法もよく不思議がられるが、容器を使えばあとで片付けが必要になるし、なにより混ぜているときに底の方までよく見えないと不安になる。だから空中で混ぜ合わせてしまうのが一番安心で手っ取り早いと、アンリは考えているのだ。


「うわっ! 何やってるの、アンリ」

「あ、おかえり、ウィル」


 風呂あがりのウィルが部屋に帰ってきたのは、そうしてアンリがふわふわと、固体とも液体ともつかないつくりかけの魔力石を空中に浮かべているときだった。目を丸くして一瞬固まったウィルは、はっとして慌てて入口の戸を閉める。


「おかえり、じゃないよ! 何かやるなら、先に言っておいてよ」

「ごめん、忘れてた」


 アンリとしては、それほど大したことをしている自覚はなかったのだ。しかし考えてみれば、部活動中にできないことをやろうというのだから、一般的にはそれなりに大したことなのだろう。

 ウィルにひと言断っておくべきだったかもしれないと、アンリはここで初めて反省した。


 対するウィルは、アンリの答えに眉をひそめる。


「忘れてたって、あり得な…………いや、まあ。アンリならあり得るか……」


 本当は「あり得ない」とでも言いたかったのだろうが、ウィルの言葉は力なくため息に紛れた。

 もはや今さら、とでも思っているのだろうか。


「それで、いったい何をやっているのさ」

「今度の新人勧誘期間の展示品に使う魔力石を作っているんだ」


 空中で魔力石の材料を混ぜ合わせながら、アンリはこともなげに答える。なるほどね、とウィルは顔を引きつらせながらも頷いた。


「……ちなみにそれ、たぶん部活動ではやらない方が良いと思うよ」

「そのくらいわかってるよ。だから、今やっているんじゃないか」


 アンリの常識を疑うウィルの物言いに、アンリは口を尖らせた。





 アンリの作業が全て終わるのを待ってから、ウィルは改めて口を開いた。


「アンリは本当に、魔法のことならなんでもできるんだね」

「そんなに大した事ではないよ。誰だって、ちょっと練習すればできる」

「それ、ほかでは言わない方が良いよ。嫌味になるから」


 そう言って、ウィルはアンリの認識を訂正する。

 その言葉にアンリははっとした。

 ウィルは常識人だ。そのウィルがそう言うなら、きっとそれが正しい。


「……俺、魔法力には自信あるけど、魔法器具製作とか魔力石とか。そういうのは人並みだと思ってた」

「何を馬鹿なことを言っているのさ」


 ウィルは呆れ調子だが、アンリとしては決して嘘や偽りを言ったつもりもない。


 アンリは自分が魔力量と魔力の操作において、他人より優れていることを自覚している。


 それから魔法に関する知識については、防衛局で仕事をしていたぶん、一般人や同級生たちに比べればはるかに豊富だという自覚もある。


 しかし、魔法器具製作やら魔力石作りやら。そうしたものは単なる趣味であって、それを仕事としている人に比べればとうてい及ばないうえに、誰でもやればできる程度の水準でしかないと思っていたのだ。


 だから自分が「ちょっと」練習すればできることなら、万人が同じように「ちょっと」練習すればできるものと思っていたのだ。


 アンリが本気で言っていることに気付いたのだろう。ウィルは呆れた顔を、やや真面目な表情に改めた。


「自分を過大評価するのは良くないけれど、過小評価するのも改めた方が良いよ」

「過大か過小かなんて、自分じゃわからないよ」


 アンリの泣き言のような反論に、ウィルは「それもそうだね」と苦笑した。





 アンリの機嫌が直るまで時間をおいてから、ウィルは「それにしても」と面白そうに笑った。


「こんなになんでもできるアンリが、部活動の新人集めに苦労しているなんて。面白いね」


 聞けば今日の風呂あがりに、一年生のコルヴォとウィリアムに会ったという。風呂の時間は学年で分けられているものの、行き帰りですれ違うことはある。


「一年生を誘ったんだって? 僕を誘ったときのことといい、必死さが出てるよね」

「仕方ないじゃないか。ほかに誘う人も思い付かないし」

「アンリは知り合い少ないからね。でも、本当にほかに方法はなかったの?」


 数少ない知り合いに、無理やり声をかける以外の方法?


 たしかに方法が無いというわけではない。アンリが上級魔法戦闘職員であることをオープンにして、その技術を伝えると言えば、少なくない数の部員が集まるだろう。


 いや、それ以前に。そもそもの目的は、素材採取場の面積の確保なのだ。魔法工芸部で活動するにあたって素材を自由に使いたい、それが目的だったはずだ。上級魔法戦闘職員であることをオープンにして、自分が今までに集めた素材を使うと宣言する。それで済むのではないだろうか。


(…………いや、ないだろ)


 上級魔法戦闘職員であることなど、ばれてしまえば平和な学園生活が一変するだろう。

 学園生活の一部でしかない部活動の快適さのために、平和を犠牲にするわけにはいかない。

 結局のところ、数少ない知り合いを若干強引にでも勧誘する以外、アンリに道はないのだ。

 いや、ウィルが問うのだから。もしかしたら、ほかに答えがあるのかもしれない……。


 色々と悩み始めたアンリを前に、ウィルは「まあ好きにしなよ」と、気楽に笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ