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「それは、サリー院長が正しいだろう!」
戦闘職員用の訓練場使用許可申請窓口の手前でのことだった。偶然出会った同僚にアンリが先刻のことを話すと、声の大きな同僚は、不遇を嘆いたアンリの肩をばしばしと力強く叩いた。
アンリは不機嫌にその手を払う。
「そんなこと言ったって。今さら俺が中等科に行って、学ぶことなんてあります?」
「いやいや。中等科で学ぶのはなにも勉学や技術だけじゃない。くさいことを言うようだが、中等科で得られる友情や絆ってのは一生モンだよ。それに、何事も経験さ」
「俺には職場があります。絆も経験も、ここで十分です」
「嬉しいことを言ってくれる! が、俺たちじゃあ同い年の友人にはなれねえからな」
四十がらみの同僚がアンリと並ぶと、何も知らない他人には親子のように見えるだろう。特に二人は同じ茶味がかった黒い髪色をしていて、体格の差こそあれ、外で活動するときには親子に間違えられることも多々あった。
アンリがどう思っていようと、友人同士に見られることはほとんどない。
そのうえ彼自身もアンリのことを、親戚の子供かなにかのように扱うことが多かった。アンリの悩みを悪気なく大声で笑い飛ばすと、そのまま受付を済ませて訓練場へ姿を消す。
彼の姿が見えなくなってから、アンリは舌打ちした。
愚痴ってストレス解消という目論見が外れたアンリは、表面上は大人しく受付を待つ。
「アンリ様、お待たせいたしました。本日はどちらのお部屋をお使いですか」
「魔法で。重魔法を乱射したい気分だから、防護壁十枚くらい厚くしておいてください」
「……承知いたしました」
マニュアル通りの受け答えながら、受付はやや苦い顔をしている。先日、アンリが重魔法の実験で訓練場を破壊したことを、根に持っているのかもしれない。
さすがにストレス発散のためだけに、そんな無茶をする気はない。
「大丈夫ですよ。今日はちゃんと控えめにやりますから」
安心させるためにサリー院長を真似た笑顔を受付に向けた。その笑みを信じたのかどうかはわからないが、受付は無言で許可証を発行した。許可証を手に、アンリは訓練場のゲートをくぐる。行き先はアンリ専用に用意されたいくつかの訓練場のうち、魔法を使用するための訓練場だ。
訓練場に入ったアンリは早速、重魔法の準備をする。普段なら一瞬で終える予備動作を、訓練らしく確認の意味をこめて、ひとつひとつ入念に時間をかけて行う。
体の中の魔力を練って、手の指十本に均等に割り振る。その指先で、一本の指につき一種類、あわせて十の魔法を用意する。雷、炎、氷、地、風……どれも基本的な魔法だが、アンリの魔力量で実施すれば、一つでも大きな威力を発揮するだろう。
腕をあげ、遠くの壁に備えられた的に照準を合わせると、アンリは十の魔法全てを同時に発射した。混ざり、重なった十種類の魔法は即座に的に届き、大爆発を起こす。爆発は的を壊すだけでは足りず、部屋全体に広がったが、アンリ本人はすでに自身を覆う結界魔法を発動させており、髪の毛一本たりとも動かさなかった。
新しい的を立てて、アンリは同じことを二度三度と繰り返した。
五回同じ魔法を繰り返したアンリは一息ついて、肩を回しながら訓練場内を見回した。用意された防護壁は全て破ってしまった。しかし約束どおり、訓練場に被害は無い。これで受付も、文句はないだろう。
胸にたまった不満をやや発散し、アンリは晴れやかな気分で訓練場を後にした。