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 週末に、アンリは魔法工芸部の顧問教員であるサミュエル、そして部長のロイとともに、西の森へと向かった。


 キャロルはついてこなかった。


 入部前からこれまでずっとアンリの面倒を見てくれていたキャロルだ。野外活動が苦手とは聞いていたが、なんだかんだ言って一緒に来てくれるものだと、アンリは勝手に思っていた。


「キャロル君はお嬢様だからねえ」


 落ち込むアンリの横で、サミュエルがのんびりと言った。


「野外活動が苦手だと言っても、普通は素材を採るために嫌でも森に出るものだよ。ところが彼女にはお金があるからね。キャロル君にとって素材は、採るものじゃなくて買うものなんだよ」


 苦手なことをやらずに済ませられるだけの財力がある。どうやらそういうことらしい。


「アンリ君も、もし彼女と同じことができるなら、そうしても良いよ」

「いえ。俺は野外活動も好きなので」


 財力に関しては、実はまったく問題ない。アンリの懐には、ほとんど使う機会もない上級戦闘職員としての給与が貯めこまれている。


 しかし孤児院出身のアンリがそんな財力を見せつけるのは、さすがに不自然だろう。そもそもアンリにとって、野外での素材採取は苦でもない。


「それなら良かった。まあ、キャロル君が言うように、危ないことは確かだからね。できるだけ、僕の引率できる日に、一緒に来るようにするといいよ」


 優しいサミュエルの言葉に、アンリは素直に「わかりました」と頷いておく。一人で来たいときにわざわざ先生の許可を取るつもりもないし、特段の支障はない。


 それにしても、キャロルはだいぶ神経質に、西の森が危険であることを気にしているようだ。西の森に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。あるいは野外活動が苦手だからと遠ざけているうちに、実態を知らずに恐怖だけが先行してしまっているのかもしれない。


 たぶん後者だろうな……などとアンリは勝手に当たりをつけながら、サミュエルの後ろについて、せっせと足を進めた。





 小一時間ほど歩いたところで、例の壊れかけた立て看板がある分かれ道にたどり着いた。


「ここから先が、我らが学園の管理地だよ」


「わあ、こんなところに」


 あたかも初めて来たかのように装って、アンリは驚きの声を上げた。内心では、やっぱりこの看板だったかとやや呆れている。看板があまりに古いので、実のところ、別の場所に移って新しい看板が立て直されているのではないかと疑っていたのだ。


「しばらくは僕か、誰か先輩と一緒に来ることになるだろうから。道はそのうち自然と覚えるだろうさ」


 アンリの物思いなど知らず、サミュエルはのんびりと言って、学園管理地の方へと足を踏み入れた。その後ろを、アンリとロイでついて歩く。


「ここから学園管理地だけど、僕たちが素材を採取できるのは、もう少し歩いたあたりだ」


 後ろを歩くロイが、丁寧に説明を追加した。学園管理地のなかでも、部活動に許されている区画はもっと奥にあるらしい。


 そこから歩くこと十分余り。木の少ないやや開けた場所に出て、サミュエルは足を止めた。


「あそこに立っている杭が見えるかい」


 サミュエルの指差す先には、木の枝のような杭が地面に刺さっていた。腰くらいの高さで、先端が赤く塗られている。


「あの赤い杭で囲われている範囲が魔法工芸部のエリアだよ。真っ直ぐ区切られているわけではないから気をつけて」


 よく見れば、森の中に点々と杭が配置されている。赤い杭で囲われているのは、学園の訓練室ほどの広さか。この範囲で魔法工芸用の素材を全て賄わなければならないと思うと、やはり狭い。


 そのままサミュエルは、魔法工芸部の敷地を指差しながら説明を続ける。


「手前には染色用の草や花、その奥には茎や花をそのまま素材にできるような植物を植えてあるよ」


 なるほど自然に生えている植物から採取するのではなく、素材用に植物を育てているのか。


「奥の方では粘土が採れる場所や石の採れる場所もあるけど、量が少ないから気をつけて。あと、木は定期的に伐採して乾かして使っているから、使いたいときには魔法工芸部に保管しているものから使うようにして」


 どうやら、魔法で乾燥させるという手法は一般的ではないらしい。


 乾燥に魔法を使うべからず。アンリは心のメモにしっかりと書き留める。


「最初のうちは、先輩たちと一緒に採取するといいよ。ものによっては、採るのに良い時期や時間というのもあるからね。ゆっくり覚えていこう」


 こうして、アンリにとって魔法工芸部で初めてとなる素材採取が始まった。





 アンリの求めていた魔彩草と魔光花は、手前の木の根元で簡単に見つかった。これは植えたものというより、自生していたもののようだ。森ならどこにでも生えている雑草の類だから、植えるほどのこともないのだろう。


「少し多めに採っておいてくれるかい? 部活動の倉庫に置いておきたいんだ」


 ロイの言葉に従って、いくらか余分に採取する。普段なら空間魔法で鞄の容量を大きくして収納するところだが、ここは自重して……と思いかけたところで、アンリは空間魔法なら使って良いことに気がついた。


 空間魔法は生活魔法だ。二年一組で戦闘魔法まで使えることを公言しているアンリが、生活魔法を使えないことの方がおかしい。


(どの魔法なら使って良くて、どの魔法は隠しておかないといけないのか……ややこしいなあ)


 うんざりとため息をつきながら、アンリは採りたての魔彩草と魔光花を、空間魔法で容量を広げた鞄の中にしまった。


「さて、今回必要なのはこれだけだけど、せっかくだから、奥も見ていこうか」


 そんなふうにロイに誘われ、アンリは彼の後ろについて、草を掻き分けて森の奥へ入った。


 とはいえ、魔法工芸部に許された範囲は限られている。ほどなくして、端を示す赤い杭が見えた。そこからロイは、右に曲がる。


「狭くても多様な素材が採れるように、一応、分け方は話し合って決めているんだ。草地だけだと、石や土が採れないからね」


 そうして歩くうちに見えてきたのは、崖に穴が空いたような、小さな洞窟の入り口。入り口の近辺は草が少なく、軽く掘り返されたような跡もある。


「粘土用に土を採りたいときには、このあたり。あと、洞窟の中ではいくらか石も採れるけれど」


「崩落の危険がないわけでもないからね。洞窟に入るときは、必ず僕と一緒に来ること」


 ロイの言葉を、サミュエルが引き継いだ。


 森に入るのに許可は要らないが、素材採取場に入るには許可が要る。さらに危険な場所に入るには教師の引率が要る。

 いろいろと、細かいルールがあるものだ。


 ルールを覚えないといけないことに辟易しつつ、ここで反論するのもおかしなことなので、アンリも表面上は大人しく頷く。


 ゆっくり覚えていこう。

 アンリは落ち着くために、そう自分に言い聞かせた。

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