(23)
結論から言って、アンリはハーツの勧誘に失敗した。
というのも、ハーツはすでに入る部活動をあらかた決めていたからだ。
「俺、園芸部に入ろうと思っているんだ。土いじりって好きでさ。あと、体を動かすために山岳部。更にもう一つってのはきついと思う」
どうやら二年では、魔法系の部活動に入るつもりはないらしい。魔法実践の授業も始まったことから、ひとまず魔法については授業だけで十分と思ったのだろう。
(それを先に言ってくれればいいのに)
そうすれば、アンリも下手なアピールでイルマークやウィルに呆れられずに済んだのに。
とはいえ、ハーツを責めても仕方ない。
気を取り直して、アンリはせめて興味を持ってくれたイルマークだけでも、魔法工芸部の見学に招待することにした。
同級生を連れて行く。
そうアンリが予告したところ、キャロルも部長も、張り切って準備をしてくれたらしい。
アンリがイルマークとともに魔法工芸部の部屋に入ると、いつもは空いている作業台が、簡易的な展示台へと姿を変えていた。真っ白な布がテーブルクロスのように作業台の上を覆い、その上に作品が二つ置かれている。
右側に置かれたランプは、アンリにとって覚えのあるものだった。キャロルの作品だ。一方で左側に置かれた彫刻には見覚えがない。
「やあ、良く来たね。君がアンリ君の同級生?」
「はい。イルマークと申します」
イルマークを出迎えたのは、部長のロイ。その隣で、キャロルもにこにこと新入部員候補を歓迎している。
「ちょうど良い時期に来たね。僕や、次期部長のキャロルの新人勧誘期間の展示品が出来上がったところなんだ。よかったら見ていって」
キャロルの作品は、灯を入れると彩り豊かに輝くランプ。交流大会や部活動見学でアンリの見たランプと似ているが、大きさと色の配置がやや違っていた。この新人勧誘期間に合わせて、新たにつくったらしい。
演出として、キャロルが魔法で静かに灯を差し入れる。中の灯に照らされて、ランプが七色に燦めいた。
以前に見たランプの灯よりも、淡く柔らかな明かりだ。
似たような形をした、似たような機能のランプ。それなのにこんなにも味が違うものなのかと、アンリは感激とともにそれを眺める。
「……同じようなランプを、私はもういくつもつくっているの」
ランプの輝きを見つめるアンリとイルマークに、キャロルが静かに語る。
「魔法工芸部では、どんなものをどうやってつくるのか、自分の好きなように決められるのよ。私はランプという同じテーマで、少しずつ趣向を変えたものをずっとつくってきたのだけれど。人によっては、毎回新しいものをつくる人もいるし、あるいはとても複雑なものに、じっくりと時間をかける人もいる」
そう言って、キャロルは隣に置かれたロイの彫刻を指し示した。
「こっちは部長が、一年半かけてつくった超大作よ」
一年半。作品にかけた時間の長さに、アンリとイルマークは目を丸くする。ロイは四年生になったばかりの先輩だ。二年生で入部して、ほどなくつくり始めたものを、最近になってようやく完成させたということか。
横で聞いていた当の作者であるロイは、キャロルの紹介に苦笑した。
「たしかに一年半かかったたけれども。その言い方だと、僕が他に何もつくらずにこれに専念していたみたいじゃないか」
実際には、ロイは超大作と並行して、小さな作品もいろいろとつくっていたと言う。
なるほど同時並行で色々な作品に取り組むのもありか。本命とは別に色々とつくっていれば、息抜きにもなるし、なにより本命にも使える発想に巡り会えるかもしれない。
「おかげで忙しくなって、部長のくせに、部活動の事務を全部キャロルに任せてしまったんだけど」
「謝ってくれてもいいのよ」
「悪かったよ」
おどけた二人のやり取りには、相変わらずの仲の良さが滲み出ている。
「……まあ、とにかく。ちょうど出来上がったところなんだ。ぜひ僕のも見てほしい」
さあどうぞ、と示されたのは、ゆで卵くらいの大きさの木片。表面に細かな模様を彫ってあるので彫刻作品と思われるが、これが魔法工芸品だと言われても、見た目にはただ木材の切れ端を、少し加工しただけにしか見えない。
これのどこに、魔法の要素があるのか。ましてや、これが一年半をかけた大作と言われても。
「ふふっ。二人とも、混乱しているようね」
今度こそアンリさんでもわからないのね、とキャロルが面白そうに笑う。
「置いておくだけだと全く目立たないから、新人勧誘期間にも、展示だけでなくて実演しようという話をしているところなの」
そう言って、キャロルはロイに目配せをした。ロイが頷くのを待って、作業台の後ろにまわり、作品の上に手をかざす。
「ただの彫刻に見えるでしょう? でも、こうして魔力を込めると、わかるようになっているのよ」
キャロルの手から、繊細な動きで、ゆっくりと魔力が作品に注がれる。
すると、変化はすぐに現れた。
木片の表面に刻まれた模様が、するするとほどけるように木片から剥がれて浮かび上がる。木片の模様でしかなかった線が、まるで植物が枝か蔦かを伸ばすように、ふわふわとうねりながら、キャロルがかざした手の方へ伸び上がった。
「すごい……」
思わず漏れたアンリの呟きに、キャロルがにこりと微笑む。
その彼女の手元まで伸びた模様は、そのまま彼女の掌の下で、ふわりふわりと踊った。まるで、水中を泳ぐ水草のようだ。
少しすると、模様は根元の木片のあたりから徐々に動きを止め、やがて先端まで、パキリと音を立てて固まった。根元から先端までが、ほんのり淡い新緑色に染まっている。
「ね、面白いでしょう?」
作品の上にかざしていた手を下ろし、キャロルはなぜか、自分でつくったかのように得意げに笑う。
小さな木片のようだった彫刻は、今や大樹を模した、小さな陶器のようになっていた。
工芸品について詳しく説明してくれたのは、製作者のロイだ。
「魔力を注ぐと色や形が変わるようにつくってあるんだ」
魔力に反応して伸縮する石や、色の変わる石、大きさの変わる石、発光する石。そうした素材を砕いて粘土に混ぜ込み、魔力の影響を受けづらい素材でつくった彫刻の溝に、埋め込んだのだという。
そうすることで、彫刻の中から模様だけが浮き上がるような動きをつくりだしたのだ。
「砕きすぎると石の特性が失われるし、粗すぎると粘土とうまく混ざらないからね。どんな石をどのくらい砕いて、どの程度混ぜるか。それを見極める研究に時間がかかったんだ」
たまに混ぜると爆発する石なんていうのもあって、危なかったけど……とロイは面白そうに笑う。
「でも、苦労した甲斐あって、なかなか良いものができた。これ、魔力を込めるたびに色や形が変わるんだ」
試しにやってごらんと促されて、イルマークが作品の前に立つ。手をかざしてそっと魔力を込めると、伸びた枝がふわりと泳ぎ、今度は捻れてくねくねと、渦を描くように上に伸びた。黄色が薄れ、ほんのり赤く色付く。
驚きと感動の念をもって眺めるイルマークに、ロイが「もう一度やってごらん」と促す。
首を傾げながら、イルマークが再び魔力を込める。すると、今度は伸び上がった模様がぐっと縮まって根元まで下りてきて、平面的に薄く広がった。平たい皿のような姿になったそれを見て、イルマークは驚いて目を見開く。
「同じ私の魔力でも、違う形になるのですね」
「魔力の質を感知するわけではないからね。同じ人が魔力を込めても、同じ形になるというわけじゃないんだ。それに、パターンがあるわけでもないから、まったく同じ形になることもほとんどないよ。毎回、僕でさえ見たことのない形になるんだ」
そう言って、ロイは自分の作品に向けて無造作に魔力を放った。ロイの魔力に触れた作品は、しゅるりと音を立てて表面の溝に模様を仕舞い込み、素早く元の小さな彫刻へと戻る。
「僕の魔力だけは認識するようにつくっていて、片付けができるようにしてあるんだ」
おかげでキャロルの手を借りないと実演ができなくなってしまったのは誤算だったけれど……そう言って、ロイは恥ずかしそうに笑った。
魔法工芸部を見学し、イルマークはたいそう感激した様子だった。
「とても素敵な作品でしたね。アンリがどんな物をつくるのか、今から楽しみです」
「……イルマークも、一緒につくらない?」
アンリの控えめな勧誘に、イルマークは笑いながら首を横に振る。
「まったく考えないわけではありませんが。もうすぐ勧誘期間が始まりますから、ほかの部活動も見学したうえで決めたいと思います」
意思の強いイルマークにしてはずいぶんと消極的で、曖昧な……とアンリは思いかけたが、よく聞けば、どうもそうでもないらしい。
イルマークは、ほかの部活動からも色々と勧誘を受けているという。エリック経由で誘われた魔法器具製作部に加え、魔法人形劇部や魔法書解読部、魔法戦闘部。時期が来るまで新人勧誘は行わないという慣例を破って、優秀な一組の生徒に声をかける部活動はやはり多いようだ。
そしてその全てを、イルマークは「勧誘期間にほかの部活動も見てから決める」と言って断っているらしい。
なるほどその頑固さは、いかにもイルマークらしい。
アンリは彼の意思の強さに改めて感心し、結局今すぐに勧誘することは諦めたのだった。




