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魔法工芸部で保管している素材の棚を探しに探してわかったことは、魔力を貯めるための魔力石と、塗料の原料となる魔彩草、魔光花に在庫がないという事実だった。
「ごめんなさいねえ」
キャロルは困ったように頬に手を当てた。
「魔力石はともかく、魔彩草と魔光花なら多少はあると思っていたんだけれど」
魔力を貯めるための魔力石は、元々、魔法器具の製作によく使われるものだ。魔法工芸なら、あえて作品の中に魔力を貯める仕組みをつくらなくても、外から魔力を供給してやれば良い。
だから魔力石がないことは、アンリも予想していた。しかし、キャロルが提案してくれた塗料の方の素材が不足しているとは。
「魔力石は、ツテがあるので自分で用意できます」
魔法器具製作の経験があることはすでに伝えてある。魔法器具製作に使う素材を入手できると言ったところで、不思議には思われないだろう。
問題は、魔彩草と魔光花。魔力に反応して色が変わったり光ったりする植物だが、魔法器具製作でそんな特殊な塗料を使うことは少ない。アンリには手持ちも無ければ、独自に入手するツテもない。
しかし、どこで採れるのかは知っている。
「魔彩草と魔光花は、西の森に行かせてもらえれば、用意できると思いますけど」
「あら。西の森で採れるって、知っているのね」
じっとりとキャロルに睨まれて、アンリはつい目を逸らす。魔力石の話は良くても今の話はダメだったか。どうにもキャロルは、アンリが勝手に西の森に行くのではないか、あるいは行ったのではないかと疑っているらしい。
あながち間違ってもいないので、否定もしづらい。
「ええと、イーダ近辺の森で採れるって、本で読んだことがあったので。……でも、先生に連れていってもらわないといけないんですよね? どうしたらいいですか?」
一人で行ってはいけないとキャロルに言われたことを、忘れたわけではない。それを暗に主張する。
しばらく疑り深くアンリを睨んでいたキャロルだが、やがてため息をついた。
「……そうね。許可さえあれば生徒だけで行くのも駄目ではないのだけれど。ちょっと部長に相談して、それから先生のところに行ってみましょう」
西の森へ行く許可は下りたが、生徒だけでとはならなかった。
「最近、西の森で危険な動物が出て、生徒が怪我をしたんですって。大きな魔力溜まりがあるかもしれないから、調査が終わるまで生徒だけでの立入は禁止らしいの」
キャロルの言葉にアンリは「へえ」と知らぬ顔で相槌を打つ。まさかそこに立ち会ったなどと、キャロルにバレるわけにはいかない。
何も知らないキャロルは不安げだ。
「先生と一緒なら良いってことだけど、どうする? やめておく?」
「いや、先生の都合がつくなら、俺は行ってみたいですけど」
そうアンリが積極的に言うと、キャロルは機嫌悪く眉を顰めた。
「アンリさん、自分の魔法に自信があるんでしょう。でも、過信したらダメよ」
「わ、わかってますよ。でも、先生が一緒に行ってくれるんですよね?」
「まあ、そうなんだけれど……。実は、先生の都合のつくのが次の週末になってしまうんですって」
キャロルはため息がちに言った。どうやら機嫌が悪いのは、アンリの態度に苛立っているからというだけではないようだ。
「そうすると、製作が来週からになってしまうでしょう?」
キャロルはアンリの作業期間が短くなってしまうことを気にしているらしい。自分の勧めた塗料のせいでそういう事態に陥ったことに、少なからず責任を感じているのだろう。
「私から言っておいてなんだけれども、つくるものを見直した方が……」
「いえ、大丈夫です」
キャロルの言葉を遮って、アンリは言った。
「塗料が必要になるのは、最後の装飾のところだけですし。先にできるところまでつくっておきますよ」
「そう? それで良いなら、そうしてもらえるかしら」
大丈夫です、とアンリは大きく頷く。
これが青龍苔やドラゴンの鱗のように、手に入るかどうかわからない希少な素材だと、さすがにアンリももう少し慎重に考えるところだが。
魔彩草も魔光花も、西の森ではよく見かける植物だ。森に行けさえすれば、確実に手に入る。
採りに行く日取りさえ決まっていれば、それに合わせて製作を進めるだけだ。なんなら採取日が展示会の前日であろうと、アンリには間に合わせる自信があった。
「それじゃあ、よろしくね。新人さんをたくさん取り込めるかは、アンリさんにかかっていると言っても過言ではないわ」
「そんな、大袈裟な」
冗談を言っているようにも見えないキャロルの表情に不安を覚えながらも、アンリは自分の作品づくりに取り組むことにしたのだった。
新人勧誘期間の展示に、自分の作品を出すことになった。
夜、部屋でアンリがそう報告すると、ウィルはあからさまに呆れたため息をついた。
「アンリ……あんまりやり過ぎると、目立つよ?」
「えっ」
予想外のことを言われて、アンリは驚いて目を丸くする。
すごいねとか、見に行くよとか。褒められるか喜んでくれるか。そんな反応を思い描いていたのに。
「なんでだよ。俺、魔法工芸は初心者なんだから。やり過ぎるも何もないよ」
「普通の初心者は、先輩たちが驚くような速さで初心者セットを終わらせたりはしない」
対するウィルは、噛んで含めるような説明で、アンリに「普通」の水準を教えようとする。
「だいたい普通なら、西の森に入るってことにもっと躊躇するはずだ。このあいだの僕のように」
「で、でもこのあいだの一年生たちは、西の森に入るのにためらってなんていなかっただろ?」
「あれはまだ新入生だから、怖いもの知らずだったというだけだ。二年生で怖いもの知らずなのは、よっぽど頭が悪いか、もしくは怖いものがないくらいの実力を備えているかのどちらかだよ」
頭が悪いように見られたい? とウィルに尋ねられ、アンリは渋々首を横に振る。魔法戦闘員としての実力は隠したいものの、馬鹿に見られたいわけではない。
反論の言葉も失って肩を落とすアンリに、ウィルは丁寧に追い討ちをかけた。
「作品展示をやめろとは言わないけれど、展示するもののつくり方とか、素材を採りに行くときの動き方とか……もう少し、気をつけた方がいいと思うよ」
「……わかったよ」
信用のなさを腹立たしく思うものの、反論もできず、アンリは口を尖らせる。ウィルに口で勝てないのは仕方がない。けれど言い争うつもりもなかったのに言い負かされた形になったのが、不本意だった。
アンリの不機嫌を察して、ウィルが苦笑する。
「悪かったよ、水を差すようなことを言って。アンリがどこまで自覚しているのかわからなかったから、一度は言っておかないとと思っただけだ」
「なんだか、謝られた気がしない……」
「そんなことない、悪かったと思ってるよ。なにはともあれ、展示会は観に行くから。楽しみにしてるよ」
そうしてウィルがにっこりと笑うので、アンリはどことなく釈然としない気分を味わいながらも頷いた。うまく誤魔化されたようにも思うが、当初期待していたことを言ってもらえたことは事実だ。
「そうだ、アンリも展示だけなら、新人勧誘期間は自由に動ける? 僕は魔法戦闘部の体験入部に行くつもりなんだけど、アンリもどうかな?」
「ええと……考えておく」
うん、ぜひ。そう明るく言ったウィルは、そういえばと、今度は翌日の魔法実践の授業のことに話を移す。
授業での訓練のこと、一年生の間に座学で得た知識が生かせること、クラスメイトたちの魔法の実力のこと。
散々話しているうちに消灯時間となって、二人は名残を惜しみながらベッドに入る。
(あれ。もしかして俺、ウィルに話を逸らされたんじゃ……?)
結局、本気で謝ってもらってはいない気がするし、展示会のことを共に喜ぶことはできなかったように思う。
会話を終えて眠るにあたってようやくそのことに気付いたアンリではあったが、その頃には、心中の不機嫌もすっかり下火になっていた。
まあいいか、と考えるのをやめて、アンリはそのまま眠りについた。




