(19)
週が明けて、魔法工芸部の部室にて。
三日で初心者セットの課題を全て終わらせたアンリに対し、キャロルは呆れ果てたと言わんばかりに、深いため息をついた。
「……はやいうえに正確だなんて。反則よ」
「整っているだけですよ。魔法工芸って、もっと面白みがあるものですよね。俺のはちょっと、つまらない気がして」
棚に並んだ初心者セットの課題を眺めて、アンリは言う。まん丸な球体に仕上がった花瓶、凝ったデザインもなくシンプルな彫刻、見本とほとんど同じに仕上がった絵画。
正確さを重視するのは、魔法器具製作に取り組むときのアンリの癖だ。
そのままの姿勢で臨むと、魔法工芸ではどうしても味のない物しか作れない。
「もっと、面白いものがつくりたいんですよね。キャロルさんのランプのように」
「……言いたいことはわかるし、アンリさんが本気なのもわかるけれど。嫌味っぽいから、他の人の前では言わない方が良いわね」
そういうものか。キャロルの忠告に従って、アンリは口を閉じることにする。
キャロルはやれやれと頭を振った。
「いずれできるようになる……とは言わないわ。アンリさんの技術って、もう確立されているような感じだもの。それを崩して自由に作品をつくるのは、きっと難しいでしょうね」
「そんな。せっかく入部したのに」
「ま、まあほら。最初から諦めるのも、よくないでしょ」
つい本音が漏れたと言わんばかりの先ほどの言葉に比べ、ずいぶんとわざとらしく明るい口調ではあった。それでもアンリは新人らしく、「そうですね」と素直に頷いたのだった。
ところで、とキャロルは逃げるように、さっさと話題を変える。
「初心者セットが終わってしまったけれど、このあと何をつくるかは決まったかしら?」
「まあ、一応。……腕輪を作ってみたいと思います」
マリアに頼まれている魔力放出補助装置。
いきなりその製作作業に入る自信はアンリにもない。まずは魔法工芸でどんな腕輪を作ることができるのか、それをいろいろと試してみたかった。
「なるほど、装飾品ね。良いんじゃないかしら。……そうね、アンリさんは作業もはやいし、良ければ新人勧誘のための展示に出してみる? あと半月くらいしかないけれど」
あと半月、とアンリはこれまでに聞いた話を思い出す。
年が明けてひと月後から、魔法系の部活動で新人を積極的に勧誘するための期間が始まる。アンリは一足先に入部してしまったが、通常二年生が魔法系の部活動に入るのはそのときだ。
新人の勧誘にあたって、魔法戦闘部のような実践型の部活動では体験入部日を設け、魔法工芸部のような製作系の部活動では作品を展示する。魔法人形劇部や魔法書解読部のような個性的な部活動でも、それぞれ見世物や体験など、面白い企画を用意しているようだ。
新人勧誘期間は五日間。その最初の三日間に、魔法工芸部では魔法器具製作部と合同で多目的室を使い、大々的な作品の展示会を開く。
「普段は三年生以上しか作品は出さないのだけれど、出しちゃいけないという決まりがあるわけではないし。アンリさんの作品をたくさんの人に見てもらう良い機会になると思うの。どうかしら?」
「うーん……」
アンリとしてはマリアの腕輪をつくるための試作品をつくれれば良いので、作品の展示に興味はない。
しかし今後魔法工芸部に所属する限り、作品展示の機会は増えていくだろう。それなら早くから経験しておくのも良いと、アンリは前向きに考える。
それでも悩むのは、あと半月、という期間だ。
「実は、つくりたい物の材料として、このくらいのものを考えているんです。材料の準備が間に合うか、心配なんですけれど」
アンリは鞄からノートを取り出して、キャロルに示してみせた。土台となる腕輪をつくるための革、留め具とする金属、染色用の植物、装飾用の糸と鉱石、そして魔力石。何を作ろうかと考えながら寮で走り書きしただけだが、必要な物はそろっているはずだ。
ひと通り眺めて、キャロルはふむと頷いた。
「魔力石としか書いていないけれど、どんな石が必要かしら。どんな装飾にするの?」
「とりあえず、魔力で光る石を使ってみたいです。あと、魔法が使えなくても光らせられるように、魔力を貯める石も一緒に付けてみようかなと」
「どんな光が良い? 淡い明かりか、鋭く照らすのか、七色にきらめくのか」
キャロル自身が様々に輝くランプをつくったからだろうか。光る石、と言った途端に目の色が変わったようだった。その細かい問いは、作品のイメージを鮮明にするために、たしかに必要な観点だった。
「今考えているのは、周囲を明るく照らすものです。暗い夜道で、周囲と足下を照らせるような」
なるほどこうして言葉にすることで、作るものの姿を具体的に描いていくのか。
アンリはそう感心したが、一方でアンリの答えを聞いたキャロルは苦笑していた。
「ええと……それは、たとえの話かしら。それとも、本当に夜道で使うことを想定している?」
聞かれてアンリは、あ、と言葉を止める。
アンリは実際の使用の場面を想定して、腕輪の案を練っていた。
たとえば夜、予定外に帰りが遅くなってしまったとき。ランタンを持っていなくても、この腕輪さえあれば足下を照らすことができる、安全に帰ることができる……そんな腕輪を作りたいとアンリは考えていた。
しかし、改めてキャロルに言われて気付く。
実用に特化してつくるなら、それは魔法器具だ。
「夜道を照らすっていう目的以外に、もう少し鑑賞に値するなにかを加えられれば良いのだけど」
それでもキャロルはアンリのアイデアを完全に否定するのではなく、そのまま昇華させようとしてくれる。
「明かりの色を工夫してみるとか。あるいは、照らす役割の石のほかに、飾りとして別の魔力石を使ってみるとか。革に模様を彫って、魔力に反応する塗料で彩色しても面白いかもしれないわね。あとは、土台を革ではなく特殊な蔦や粘土でつくれば、魔力の込め方で形の変わる腕輪もつくれるけれど」
さすがは魔法工芸部の次期部長。魔法工芸のことならば、アンリが思いつくよりもずっと多くの手法に考えが及ぶらしい。
キャロルに提示された内容のひとつひとつを吟味して、アンリは唸る。
「重くなるから、魔力石を増やしたくは無いですね。あと、耐久性を考えると、蔦よりも革の方が。塗料で模様に彩色するのは面白そうですけど、俺、絵心無いのに模様なんて描けるかな」
アンリが弱気になって言うと、キャロルはむしろ明るい声で朗らかに笑った。
「苦手なことこそやってみないと」
そう言って、アンリのノートに勝手に「魔彩草」と「魔光花」を書き足す。どちらも、魔力に反応する塗料の原料となる植物だ。
「この材料がすぐに揃えば良いのよね。ちょっと、うちの部の在庫を見てみましょうか。無ければ先生に頼んで、西の森に連れて行ってもらいましょう」
弾むような口調でキャロルは続けた。
「アンリさんのつくる作品、早く見てみたいわ」




