(18)
話をまとめたトウリが通信具で連絡を取ると、一年生三人の担任は泡を食った様子ですぐに飛んできた。
パウエルと名乗る男性教師は、到着するなり真っ先に三人に駆け寄った。そのまま怪我は無いかとか、いまだに眠ったままでいるもう一人のことだとかでコルヴォとサンディを質問攻めにして、最終的に大事がないことがわかると、腰を抜かさんばかりに安心した様子を見せた。
そんな担任教師の様子を見て、コルヴォとサンディはようやく、周囲に迷惑だけでなく心配までかけていたことに気付いたらしい。ほとんど泣きそうな顔をしてパウエルにすがり、ごめんなさいと繰り返した。
「まったく、帰ったら反省文ですよ。命が無ければ反省文さえ書けないんですから、幸運だと思うことです。……見つけてくれた先輩方と助けてくれた先生とに、もう一度ちゃんとお礼を言って」
パウエルにそう言われ、改めてアンリたちに頭を下げたコルヴォとサンディはやや複雑そうな顔をしていたが、アンリもウィルも、何も言わずにそれを平然と受け流す。
そうして一年生三人は、担任教師に連れられて、慌ただしくイーダの街へと帰って行った。
その場には、アンリとウィル、そしてトウリの三人と、雄鹿の大きな骨だけが残った。
一年生がいなくなったら、次に叱られるのは自分たち……そう思っていたアンリは、トウリが何も言わずに雄鹿の骨に近寄り、その観察を始めたことに違和感を覚えた。
「先生、俺たちにお咎めは……?」
たまらず後ろから尋ねると、トウリは意外そうな顔で振り返る。
「なんだ。怒られると思っていたのか?」
「まあ、はい」
アンリは曖昧に答える。トウリに怒られる理由はいくつもあると思っていた。
一年生には偉そうに説教したが、実のところ自分勝手に西の森に入ったのはアンリたちも同じだ。そのうえ緊急事態として連絡すべきは担任のレイナだったはずなのに、昨年のツテで甘えるように、トウリを頼ってしまった。
前者は中等科学園生としてあるまじき行動を咎められてしかるべきだし、後者はトウリに個人的に恨まれても文句の言えないところだ。
アンリはそう覚悟していた。しかし、トウリの考えは違ったらしい。
「お前たちは三人の一年生の命を救ったんだ。褒めることはあっても、咎めることはない」
「命を救ったなんて、大袈裟な……」
と言いかけたものの、アンリは途中で言葉を止める。
アンリにとって、あの場で三人を助けたことは、当然の行動だった。
しかし極めて非人間的な考え方をするならば……たとえば何がなんでも西の森に入ったことをバレたくないとアンリが思ったならば、あの場で三人を見捨ててウィルと二人で逃げ出すという選択肢もあったのだ。
はたから見れば、アンリは自らが咎められる危険を冒して、後輩たちの命を救ったということにほかならない。
「……たしかに、お前らの行動に言いたいことはいくつかある」
アンリの考えがそこに至ったことを悟ったのだろう。トウリはゆっくりと言った。
「だが、それを責め立てることでお前らが人命救助に躊躇するようになるってのは、あっちゃならない」
だから説教はなしだ。トウリはそう言い切ると、再び雄鹿の骨に向かった。大きな骨に触れ、叩いたり、いろいろな角度から眺めたりしてからアンリを振り返る。
「そういえば勝手に俺の手柄にしたが、この骨ももらって良いか」
「……構いませんけど、できれば欠片くらいほしいです」
動物の骨は、魔法器具を作るときの素材になる。魔法工芸でも使えるかもしれない。
そう期待して言ったアンリに、トウリは人間の腕ほどの大きさのある骨をひとつ、投げ渡した。
「それで良いか?」
「え、いいんですか?」
「骨は学園に持ち帰って調査するが、これだけの量があるんだ。一欠片くらい落としていっても、不思議じゃない。お前はそれを拾っただけだ」
しれっと話すトウリの言葉に矛盾はなく、反論のしようがない。アンリは何を言うこともできずに、ただ無言で頷いた。
トウリは通信具でどこかに連絡を取ると、雄鹿の骨を大きな魔法で覆う。転送魔法だ。あっという間に、雄鹿の骨がこの場から消えた。学園のどこかに送ったのだろう。
それで仕事は終わったと言わんばかりに伸びをしてから、トウリは改めてアンリとウィルに向き直った。
「お前らの心配していたことだが」
結局叱られるのかと思って、アンリもウィルも、背筋をピンと伸ばした。その反応にトウリが苦笑する。
「別に怒ろうってんじゃねえから、心配するな。どうせ、西の森に入ったことを怒られると思ってるんだろう?」
「怒らないんですか?」
今度口を開いたのはウィルだ。ウィルもアンリと同じように、叱られると考えていたのだろう。むしろ一年のときに担任のレイナに止められたことをはっきりと覚えているぶん、ウィルの方が、アンリよりも危機感を覚えていたかもしれない。
「怒らねえよ。……お前たちだけじゃない。学園で西の森の出入りを禁じているのは、一年生までだ」
「え、そうだったんですか?」
「そもそも、森に行くなっていう校則があるわけでもないからな。一年はまだイーダの街の常識を知らないから、危険な場所に行かないように敢えて『行くな』と言うわけだが。二年にもなれば、自分の行ける場所、行けない場所の分別くらいつくだろうということだ」
どうやら二年生にもなれば、自分で判断しろということらしい。
一年生に対して過保護なのか、二年生に対して放任主義なのか。学年に応じた適切な指導方針の転換なのかもしれないが、進級によって自分がそれほど大きく変わったとも思っていないアンリからすれば、偏った指導のようにも思われる。
それとも普通は、二年生になることで人間として大きく成長するものなのだろうか。
アンリの困惑に気付かなかったらしく、トウリの説明はそのまま続いた。
「もちろん積極的に推奨はしないが。しかし実力が伴うなら、止める理由はない」
だいたい、と呆れたようにトウリは続ける。
「東の森の奥に入るのを許した時点で、西の森だけ入るななんて、言うわけがないだろう」
それはそうだろう。今度はアンリの理解の及ぶ話だ。
東の森は手前が遊歩道や公園として解放されているぶん、一見、安全なように見える。しかし奥へと足を踏み入れれば、その危険度は西の森と変わらない。
ずっとそう言い続けているのだが、いまいちウィルには信じてもらえなかった。
しかしトウリの言葉があれば、きっとウィルも今後は信じてくれるだろう。
トウリを呼んでよかったと、アンリはこんなところでまた思ったのだった。




