(19)
寮へ戻ると、アンリはやや不機嫌なウィルと話し合わなければならなかった。
「僕は魔法が使えることを言ったのに、どうしてアンリは教えてくれなかったのさ」
「ウィルだって隠そうとしてただろ。俺が見破っただけだ」
「そりゃそうだけど、そのとき教えてくれてもよかったじゃないか」
「悪かったって。魔法が使えるのは珍しいから隠せって、地元で言われていたんだ」
「それで、どの程度使えるんだ?」
ウィルの問いに、アンリは答えをためらって押し黙った。簡単な生活魔法程度と誤魔化すべきか。それとも、今まで隠していたことの罪滅ぼしに、全て正直に話してしまうべきか。
「おい、正直に言えよ」
沈黙が意味するところを正確に読み取ったらしいウィルが、アンリの前にずいと体を乗り出す。ここで嘘をついてそれが後にばれれば、ウィルの怒りは当然この程度では済まないだろう。それなら、いずればれる嘘はつかないに限る。
「ええと。生活魔法から戦闘魔法まで、ひと通り」
「……は?」
アンリの答えに、ウィルはしばらく二の句も告げずに固まった。聞いておきながらその反応はひどいのではないかと思う。しかし、これが一般の中等科学園生の反応なのだろう。これまでアンリの能力を知るのは職場の同僚と孤児院のサリー院長だけだったため、一般人からどのように見られるのかは、サリー院長の言葉からしか知らなかった。
やはり、これまで隠していたのは正解だったようだ。
「戦闘魔法って、風魔法とか?」
「それもだけど。ええと、重魔法って知ってる? いくつかの魔法を同時に重ねて発動するやつ。あれもできるよ。……ここでは危ないから、実践できないけど」
ここまで言ってしまったのだ。魔法のことでウィルに隠し事をするのはやめよう。そう決心したアンリは、自分の使える魔法のレベルをさらけ出した。
「重魔法って……あの、国内で十人くらいしか使える人がいないっていう……」
「うん、そうらしいね」
アンリの言葉に、ウィルは深くため息をついた。とんでもないことを聞いてしまった、という顔をしている。もはや最初の不機嫌さは、どこにもなかった。
アンリはやや不安になった。同室で仲良くなったウィルでさえ、これほど衝撃を受けるのだ。本当に、軽々しく人に言ってよい話ではないらしい。
「ウィル、頼むから誰にも言わないでくれ。部活動の皆にも。面倒だから」
「……まあ、そうだろうね。でもアンリ、君、なんで一組にならなかったんだ?」
衝撃から立ち直ったウィルの言葉に、今度はアンリが首を傾げた。
ウィル曰く、そもそも入学検査時に戦闘魔法が使えることを申告した場合、魔法力検査の結果にかかわらず一組に入ることになるらしい。戦闘魔法が使えるにもかかわらず三組というのが、あり得ないはずなのだ。
「ああ、俺、入学検査のときの申告でも魔法が使えないって嘘をついたから」
「……申告書には、嘘を防止する魔法がかかっていたはずだけど?」
「魔法を解除して書いたんだ。もちろん、ばれないように後で魔法をかけ直したよ。ついでに魔力許容量の検査も誤魔化して、実際の百分の一くらいにした」
「うわあ……信じられない」
ウィルの目が、再びの驚きに見開かれる。同じ驚かすならどこまで言っても同じだと考えていたアンリだったが、ここでやや後悔した。これは単に友人に嘘をついたという話ではなく、入学検査で不正をしたということだ。言わない方がよかったかもしれない。
しかし、ウィルにはアンリを責めるつもりがないようだった。むしろ驚きから冷めると、感心した様子でアンリを見た。
「すごいなあ、アンリ。それなら卒業後の進路も安泰だな」
「そうなのか?」
「そうだよ。使える魔法の種類で、就ける職業が決まるんだから。それだけできれば仕事は選び放題だし、皆が憧れる防衛局の魔法戦闘職員にだってきっとなれるよ」
へえ、そうなんだ、とアンリは相槌を打つに留めた。さすがに、実は既にその地位にいるのだというところまで打ち明けるつもりはない。ここまで言ってしまったら、もうそれだけ秘密にすることに意味もないのかもしれないが。
その後も興味津々に色々と聞きたがるウィルを避けて、アンリは散歩に出かけると言って立ち上がった。名残惜しそうなウィルを部屋に置いて、ひとりで外へ出る。
そうして人のいないところまで行ってから、今しがた受信した通信魔法に応答した。




