(13)
結局、何の順だったんだろうなあ?
昼休みの食堂で暢気な声を上げたハーツを、アンリは恨めしく睨んだ。
「俺の方が知りたいよ」
「アンリ君でもわからなかったの?」
横から驚いたように声を上げたのはマリアだ。アンリは力なく頷いて、ため息をつく。
「たぶん、最初の五系統魔法のときの何かで決めたんだろうけど。俺の魔法でアイラに勝るところなんて、何もなかったはずなのになあ」
アンリは先ほどまでの魔法実践の授業を振り返る。
最初に基本五系統魔法の実践を指示された際、アンリは威力も安定性も、ほどほどに抑えて魔法を実施した。
アイラどころか、ウィルやエリックにも劣る実演だったはずなのだ。
ところがその後の魔法力順であろうと思われる実践において、アンリはアイラよりも魔法力が高いかのような順番で指名されてしまった。
いったい、何をもってそんな順序にされたのか。
レイナからは最後まで、なんの説明もなかった。
ちなみに「最も得意とする魔法を最大の威力で」という条件のもとに行われた的撃ち課題に対し、アンリの前に実演したアイラは、炎と風の重魔法で対応した。
的を壊すどころか奥の壁まで壊しそうな勢いだったが、そこはレイナがさすがに一組の教師らしく即座に結界魔法を的の後ろに用意したので、事なきをえた。
アンリが困ることになったのは、その後である。
順番的に、当然アイラよりも高い魔法の威力あるいは精度を求められていることはわかった。アンリの本来の実力でもってすれば、その実行は容易い。
しかしながら、ただの中等科学園生、しかも入学時には魔法を使えないことを申告していたアンリが、アイラの使った重魔法以上の威力のある魔法を使うのは不自然だ。
どうしてそんな順番で指名されたのか。それさえわかればレイナが期待するとおりの力で魔法を撃つこともできただろう。
もちろんそれは叶わず、アンリは手探りの感覚で、魔法の程度を決めなければならなかった。
「不自然じゃなかったかな?」
「アイラちゃんの魔法の威力と比べて、見劣りしなかったのは事実だよね」
不安げなアンリに対し、呆れた苦笑を浮かべながらエリックが言う。
アンリが選んだのは氷魔法。学年末検査で使えることを申告していた魔法だ。
氷魔法を鋭く練って、的のど真ん中を細く、正確に撃ち抜いた。
威力も派手さも、アイラの重魔法にはまったく敵わない。
それでも戦闘魔法を極めて正確に使いこなす技術力に、クラス中がざわついた。
「でもあの先生、眉一つ動かしてなかったよなあ」
「アンリの実力を知っていたということではないでしょうか」
ハーツの言葉に、イルマークが冷静に返す。そうなんだよなあとアンリも同意して、深々とため息をついた。
「俺、何をミスって気付かれちゃったんだろう」
「まあ、いいじゃないか。先生に呼び出されたり、変なことを言われたわけじゃないんだから」
励ますように、ウィルが明るく言う。まあねと頷きながらも、アンリの心にはどうしても釈然としない思いが残った。
それよりも、と明るい声で話題を変えたのはマリアだ。
「ねえアンリ君、私の魔法どうだった?」
「そういえば、前より良かったと思うよ。ちゃんと制御できてたし。検査のときよりも安定していた」
「やった! 実はね、エリックに訓練に付き合ってもらっていたの」
ぱっと顔を輝かせて、マリアはエリックの肩を叩く。ありがとうねと嬉しそうに礼を言うマリアに対し、エリックはやや苦情気味だ。彼女の訓練に、無理矢理付き合わされていたのだろう。
それでいて文句も言わずに付き合ってしまうところ、そしてこうして笑顔を向けられれば苦笑しつつも嬉しそうなところがエリックらしい。
そんな微笑ましい二人の後ろを、一組の男子が数人、不機嫌そうに通った。
「……ふん。ちょっと魔法が良くできたからって、調子に乗ってんじゃねえよ」
それは仲間内での愚痴か、あるいは独り言か。いずれにしても、アンリたちに直接話しかけるではなく、しかし聞かせようとしていることはわかる声だった。
唐突に向けられた悪意に、マリアは驚いた様子で振り返り、男子たちを睨む。ところが彼らは知らぬ顔で、まるで先ほどの言葉など無かったかのように通り過ぎようとしていた。
「ちょっと、あなたたちっ……」
「やめなよマリアちゃん、落ち着いて」
立ち上がろうとするマリアをエリックが慌てて止める。なんで、とマリアが不満げにエリックを振り返る間にも、男子たちはへらへらと笑いながら食堂の奥へと向かう。
言い逃げ。その卑怯さに我慢できなかったのは、マリアだけではなかった。
「エリックの言うとおりだ。落ち着きなよ」
アンリはマリアに優しく笑いかける。
「ろくに魔法も使えない奴の僻みなんて、付き合うだけ時間の無駄だよ」
あえてよく通る声で言ったアンリを、男子たちは振り返って鋭く睨む。
その視線を無視して微笑むアンリの横で、ウィルとエリック、イルマークはやれやれとため息をついた。
ちなみにマリアとハーツは嬉しそうに、無言で目を輝かせた。
アンリやマリア、ハーツの予想を裏切って嫌味の応酬は続かず、喧嘩に発展することもなく、男子たちはアンリを睨んだだけで去ってしまった。
言い返されたら反論しよう、手を出すなら応じてやろうと意気込んでいたアンリにしてみれば拍子抜けだ。
とはいえその展開にウィルたちは安堵していたようなので、アンリは愚痴ることもできずに、翌朝、全く関係のない友人に前日の昼休みのことを話して聞かせていた。
「なあテイル、どう思う?」
「どうって。そりゃあ、エリックたちの反応の方が普通だと思うよ」
呆れた顔で話に応じたのは二年三組のテイル・ハーバード。昨年のアンリのクラスメイトだ。
年末年始の長期休み以来、二人の朝のランニングは習慣になっている。朝食前に、寮の周辺をなかなかの速さで走り抜ける。走り終えて息を整えながら、芝生でだらだらとお喋りに興じるのか二人の楽しみだ。
「食堂で喧嘩になったら、すぐに先生に見つかる。どっちが悪いかなんて関係なく、喧嘩両成敗だ」
「それがなんだって言うんだ」
「大問題だろ。喧嘩の罰って言ったら、反省文の提出とか、奉仕活動って名前の雑用とか。とにかく面倒なもんばっかだぞ。ちょっと陰口叩かれたくらいで喧嘩して、いちいち罰食らってたら割に合わない」
まるで経験したことがあるかのように、テイルが顔を顰めて言う。もしかしたら本当に、初等科かどこかで経験があるのかもしれない。
彼の説明に、アンリもうんざりしてそれ以上の反論を諦めた。アンリも別に、罰を受けたいわけではない。
項垂れるアンリ。テイルはやれやれと、首を振りながら言った。
「急に三組から一組に上がったんだ、そのくらいの嫌味はこれからもあるだろ。聞き流せよ」
「はあ……三組のときは良かったなあ。こんなこと言われたこともなかったし、平和だった。一組って、なんかギスギスしてるんだよなあ」
「いや、アンリ。何言ってんだよ」
アンリの愚痴に、テイルは呆れた調子で口を挟んだ。
「言っとくけど、三組はちっとも平和じゃなかったからな」
「え?」
アンリは首を傾げてきょとんとテイルを見返す。テイルはさらに呆れて、もはや馬鹿にしたような顔でアンリを見返した。深いため息とともに、諭すように言う。
「たしかに表立って喧嘩してたわけじゃないけど。去年の三組はクラスの中にいくつかグループがあって、グループ同士はいがみ合ってるか、良くても互いに無関心だったよ。雰囲気はあんまり良くなかった」
「……そんなだったっけ」
「アンリだって、エリックとかハーツとか、決まったメンバーとしかつるんでなかっただろ」
テイルの言葉にアンリは瞠目する。アンリにはたしかに、交流範囲が狭いという自覚があった。当時の担任だったトウリからも年末の面談で「もっと周囲と交流を持て」と諭されたほどだ。
しかしまさかそれを、同級生から指摘されるとは。
そのうえテイルは、去年の三組が皆、同じ状態だったと言うのだ。
(ってことは俺以外にも、トウリ先生から同じことを言われた人がいたのかな)
先生は苦労していたんだなあ……と、アンリは他人事のように思うと同時に、その先生と同じようにクラスを俯瞰するテイルの観察力に感心し、そして自分の視野の狭さを反省したのだった。
「わかったら、もう喧嘩なんてしようと思うなよ?」
教師のように諭すテイルの言葉に、アンリは頷くしかなかった。




