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 初日のうちに三つの作品を作り終えたアンリに対し、キャロルはため息をついた。


「ランプの仕組みを見破ったときから、逸材だとは思っていたけれど。まさか、これほどとはねえ……」


「実は俺、魔法器具を作ったことがあるんですよ。素材加工の経験があるから、早くできたんだと思います」


 驚き疲れたという様子のキャロルがやや気の毒になり、アンリは少しだけ事情を話す。もちろん、どこでどんな魔法器具を作ったのかまで伝えるつもりはないが。


 アンリの言葉にキャロルは、さもありなんと頷いた。


「これだけできるんだもの。何かしらの経験はあるでしょうね」


「でも魔法工芸は初めてですよ、本当に」


 過剰な期待を抱かれないよう釘を刺したアンリだが、「そうなの」と簡単に頷いたキャロルが果たしてアンリの言葉を信じたかどうかはわからなかった。


「まあ、初めてでも、そうでなくても」


 キャロルからこんな言葉が出てきたあたり、信じてもらえていないのかもしれない。


「このままだと、思っていたよりもずっと早くに入門セットの作品作りが終わってしまいそうね。なにかほかに作りたいものがあるなら、素材集めだとか、準備を始めておくと良いんじゃないかしら」


 作りたいもの、と言われてアンリは首を傾げる。マリアの腕輪をつくる約束はしたが、まだまだ初心者のアンリに、最初からそんな大作を作る自信はない。

 そもそも作品をつくるにしても、どんな素材を使って良いのかがまだわからなかった。


「素材集めって、西の森ですよね。勝手に行っても大丈夫ですか?」


「まさか」


 アンリの発言を冗談と受け取ったのだろう。キャロルは笑いながら言った。


「東の森じゃないんだから。一人で行ったら危ない森だってことくらい、知っているでしょう?」


「はあ、まあ」


 アンリは曖昧に相槌を打つ。東の森だって、公園として整備されている道を外れると危ないのだが。しかし野外活動が苦手だというキャロルは、そもそも整備された道を外れることを想定していないのかもしれない。


 ぼんやりしたアンリの顔を見て、彼女は少しだけ眉を寄せた。アンリの発言が冗談ではなかった可能性に思い至ったらしい。


「西の森が危険だって、知らないわけではないでしょう? ……もちろん、街を出るのも森に入るのも、本来的には自由よ、禁止はされていないから。でも、危ないから止めた方が良いと思う」


「わ、わかってますよ。大丈夫です」


「本当に?」


 疑り深く睨むキャロルに、アンリは慌てて何度も頷いた。自分なら一人でも問題なく森に入れるとは思っているが、一般的な中等科学園生にとってそれが危険であることくらい、アンリにでもわかる。


「わかっているならいいんだけど。あと、学園が管理するエリアに入るには先生の許可が必要よ」


 西の森に入ること自体には、許可も手続きもいらない。しかし、学園が管理するエリアに入るには、学園の教員の許可が必要だという。許可さえあれば生徒だけでも立ち入ることができるらしいが、おすすめしないとキャロルは苦い顔で言った。


「何かあっても対処できるような生徒にしか、先生は許可を出さないの。それでも怪我をしたっていう話を聞くくらいだから、本当に危険なのよ。西の森に行くなら、先生に同行してもらえる日を選んでちょうだい」


 ただ、素材採取は皆でつい先日行ったばかりだから……とキャロルは言葉を濁す。


「ひとまず、部室の在庫で作れないか考えてみて。それで、どうしても西の森に行かないとならないってことなら、一緒に先生にお願いしましょう」


 わかりました、とアンリは素直に頷いた。


 もとより、素材採取のために西の森へ一人で行こうと考えていたわけではない。ただ先生への許可だとか、あるいは先生に引率してもらう必要があるかだとか。そうしたルールを聞きたかっただけだ。


 とはいえ良いことを聞けたと、アンリは内心で小躍りする。


 どうやら西の森に行くこと自体には、誰の許可もいらないらしい。

 どんな素材の採れる森かを確かめるために一度下見に行ってみようと、アンリは心に決めたのだった。





 なんとかレポートを書き終えたアンリが「週末は西の森に行こう」と言うと、ウィルは露骨に嫌そうな顔をした。


「僕、東の森でもいっぱいいっぱいなんだけど」


 知ってるよ、とアンリは頷く。


 運動神経は悪くないウィルだが、持久力にはやや欠ける。森の中を歩き回ると、すぐに疲れてへたり込んでしまうのだ。


 東の森での散策には何度も出かけているが、ウィルの持久力にはほとんど改善が見られない。努力不足というわけではなく、そういう体質なのだろうと、最近ではアンリもウィルも諦めている。


 そんなウィルにとって、東の森に比べて整備状況の悪い西の森を行き先とするのは、嫌がらせのようにしか思えなかっただろう。


 それでも大丈夫と、アンリはゆっくり噛んで含めるように話す。


「たしかに西の森の道は、東の森ほど歩きやすくはないよ。でも、東の森と違って手前の遊歩道や公園がないから、そんなに奥まで入らなくてもいいんだ」


「歩く距離は短くなるっていうこと?」


 その通り、とアンリは明るく笑う。

 森の中を歩いて、魔力の器を成長させる。そのためにはまず、森の中でも人の少ないところへ足を踏み入れなければならない。


 東の森の場合、森の入口近くが公園や遊歩道として整備されているため、まずその遊歩道を通り抜けなければ目的に見合う場所へ辿り着けない。


 一方で西の森なら、森の入口から未開拓。訓練にはうってつけだ。


「でも、歩きづらいんだろ?」


「一応、道があるところを通るから。歩きづらさは東の森で遊歩道を抜けた先と同じくらいかな」


「西の森は危険だってよく言うけど」


「それも、東の森で遊歩道を抜けた先と同じくらい。……そもそも俺と一緒なんだから。危険性なんて、気にするだけ無駄だよ」


 傲慢な言い方をしたくはなかったが、アンリは防衛局の上級戦闘職員だ。都市近郊の森で一般人を守り切れないほどに弱くはない。


 そんなこと、ウィルもわかっているだろうに。


 むしろ気になるのは、そんな無駄なことを言い連ねるほどに、ウィルが西の森へ行くのに躊躇しているらしいことだ。


「そんなに西の森が嫌なの?」


「嫌というか……。去年、一組ではレイナ先生から結構きつく言われているんだよ。多少魔法ができる程度では西の森は危険だから、行かないようにって」


「ああ、なるほど」


 レイナのあの強い調子で言われたのなら、「西の森は行ってはいけないところ」と思考に刷り込まれてしまうのも頷ける。


「大丈夫、俺の魔法の程度は『多少』じゃないから」


「すごい自信だなあ」


 自信というよりは、事実だ。ひけらかすつもりもないが、アンリの魔法力は一般の魔法士と比べても、謙遜さえできない位置にある。「多少魔法ができる程度」の中等科学園生とは、比べるべくもない。


「とにかく、なにかあっても俺がいるから。行ってみようよ」


「わかった。アンリがそこまで言うのなら」


 さんざん渋ったウィルだが、アンリの主張を覆す言葉がもう見つからなかったらしい。


 やれやれと諦めた様子で首を振りながら、結局はアンリの説得に応じる形で、週末に西の森へと向かうことを了承した。

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