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 アンリは手元で土を捏ねながら、これまでに聞いた話を頭の中で整理した。


 まず前提として、魔法工芸部での活動に、アンリが既に持っている素材を使うのはよくないということ。


 アンリの持っている素材のほとんどは、これまでに魔法器具を作ったときの余りだ。残ったのは好きにして、とのミルナの言葉に甘えて貯めてきたものなので、個人的に使用する分には問題はないはずだ。


 しかしながら、部活動で大っぴらに使えば当然キャロルには出処を怪しまれるだろう。アンリの知識については詮索しないと言ってくれたが、部活動に使う素材のこととなれば話は別だ。彼女には次期部長として、アンリを指導する義務がある。アンリの使う素材が本当に使って良い物なのかどうか、きっと彼女は、アンリに問いただすはずだ。


 キャロルに怪しまれることなくこの魔法工芸部で自由に活動するためには。西の森の、魔法工芸部に許されているというスペースで採取した素材を使うべきなのだろう。


(あとは、一般的に購入できる素材とかか)


 しかし残念ながら、これまで「購入した素材」というものをほとんど使ったことのないアンリにとって、どの素材なら一般的に購入できる物なのかがわからない。


 やはり西の森の素材を使うのが安全だ。そうなると気になるのは、西の森でどのような素材が採取できるのか。そして、魔法工芸部ではどの程度の広さを使うことができるのか。


(四分の一っていうのは、相当狭いんだろうな)


 元の広さを知らないから、その四分の一がどの程度の広さかもアンリにはわからない。それでも、穏やかで物事に頓着しない様子のキャロルでさえ「今年は三分の一くらいはほしい」と言ったのだ。今のスペースが、よほど物足りないのだろう。


(……ってことは、新人勧誘期間になったら俺も、誰か誘ったほうがいいのか)


 部員が増えれば、使えるスペースが増える。キャロルや部長から言われたわけではないが、魔法工芸部の一員となったからには、当然アンリも部員を増やす努力をすべきだろう。元魔法研究部の友人たちに、声をかけてみようか。


(でも、エリックは魔法器具製作部の先輩に勧誘されてたよな。マリアも興味津々だったし、マリアがあっちに行けば、なんだかんだ言ってアイラもついていくだろうし。ほかには……あ。イルマークなら、魔法工芸にも興味あるかな)


「アンリさん、そろそろ成形してもいいんじゃない?」


 友人たちの顔を一人一人思い浮かべながら土を捏ねていたアンリの手は、キャロルの言葉にぴたりと止まった。考え事に耽っていたせいで、手の中の土はいつのまにか、均一に滑らかに捏ね上げられていた。


「そのあとの手順はわかる?」


「……はい、たぶん」


 説明書の記載を思い出し、アンリは十分に捏ねた土を握り拳くらいの大きさに丸める。親指で窪みをつくり、小指の爪ほどの小さな魔力石を、窪みの中に押し込んだ。


「手際がいいわねえ」


「……説明書通りにやっているだけですよ」


 適当に誤魔化しながら、押し込んだ魔力石に魔力を流し込む。慎重に、ほんの少量。


 すると見る間に、魔力を吸い込んだ魔力石が膨らんだ。魔力石が窪みを押し広げ、拳大だった土の塊を内側から肥大化させる。塊がふたまわりほど大きくなったところで、アンリは魔力の注入をやめた。


「すっごーい……。見事にまん丸ね」


「ちょっと面白味に欠けますかね」


 お題は花瓶。土を捏ねて丸めたところに魔力量で伸縮する魔力石を埋め込み、膨らませて水を貯めるための穴をつくるのだ。あとは窯に入れるか魔法で火をつけるかして土を焼き、中の魔力石を取り出せば完成。


 土の捏ね方や、最初に魔力石を埋め込むための窪みの付け方、そして魔力石への魔力の込め方。それによって、花瓶の形は如何様にも変わる。


 無難に球体に仕上げたものの、作品としてはつまらない形になってしまったと反省するアンリに、キャロルは苦笑を向けた。


「面白味以前に、普通はこんなに綺麗な球体にはできないものよ。どこかで歪みが出て、それを誤魔化すために、奇抜な形にしたりゴテゴテに装飾したりするんだから」


 呆れた様子を見せながら、キャロルも長くはこだわらず、次の工程をアンリに尋ねた。窯で焼くか、魔法で焼くか。


「せっかくなので、魔法で焼きます。ここでやっていいですか?」


「まさか。こんな普通の教室で火の魔法を使ったら怒られるわ。隣に専用の部屋があるの。小さな部屋だけれど、訓練室と同じように防護壁を張ってあるから。作品づくりで大きな魔法を使うときには、先生の許可をとってから、その部屋で作業するのよ」


 なるほどと頷いて、アンリはキャロルの指示に従った。顧問教員の許可をとり、小部屋に移って土の塊に火を通す。時間をかけるのは面倒だったので、炎魔法を使って一気に焼き上げた。


 できあがった真ん丸な花瓶は、ひとまず壁ぎわの棚に置いておくことにした。





 普通はひとつ目の花瓶をつくるだけでも、三日はかかるのだけれど。


 そんなことを言って目を丸くするキャロルの前で、アンリは次の課題に向けて箱から素材を取り出した。


「二つ目は彫刻ですか……小刀とか、借りられますか」


 削るべき木材を作業台の上に置いて、アンリは呆れた顔を続けるキャロルに尋ねた。キャロルは台の横に並べた箱のうち、小さいものを持ち上げる。


「セットの中のものをつくるのに必要な道具なら、この箱の中に入っているわ」


 アンリはキャロルの指し示した箱の中を覗いた。小さな箱の中で、真新しい輝きを放つ新品の工具たち。アンリを含めた新人のためにわざわざ新しいものを用意してくれた、その厚意が感じられてありがたい。


 しかしながらアンリが今それを使い始めてしまっては、この後に来る新人たちがアンリと同じ想いを抱く機会を、奪ってしまうのではないだろうか。


「なんだか、もったいないですね。新品なんて」


「あら、アンリさんのために用意したようなものなのだから。気おくれする必要はないのよ」


 そうは言ってもと遠慮したアンリに対し、キャロルは「それなら」と部屋の隅の棚を指さした。


「少し古い物が多いけれど、魔法工芸部の皆で共有している工具だとかが、あっちの棚に入っているわ。そちらを使う?」


 覗きに行くと、なるほど棚の中には、古ぼけた道具がいくつも、無造作に突っ込まれていた。


 大勢で長く、大事に使ってきたのだろう。長年の使用によると思われる汚れはあるものの、古さのわりに綺麗で状態は良い。


「こっちの方が使いやすそうですね」


 そうアンリが言ったのも、お世辞や遠慮の類ではなかった。新人向けに間に合わせで購入したような安い道具よりも、よほど良い物に見えたのだ。それでいてよく使い込まれていて、新品を使うほどの気おくれもない。


 そうしてアンリは、いくつもの工具の中から彫刻用の小刀を選り出した。


「この小刀、使わせてください」


「……道具を見る目もあるなんて、アンリさんは完璧ね」


 諦めたような顔をして、キャロルは肩をすくめた。

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