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二年生になって初めての魔法の授業は、大半の生徒の期待を裏切って、教室での座学から始まった。
「二年生になればすぐに魔法の実践ができると期待していた者はいるかな? ……それは大きな間違いだ」
担任のレイナは相変わらずの厳しい口調で、生徒たちの甘い思考を責めるように言う。
「このクラスには、既に強力な魔法を使うことができる者、そしてその素養のある者たちが集まっている。強力な魔法。それは素晴らしい能力だが、一歩間違えれば自分や他人を傷付ける、危険な力だ」
言葉を切って、レイナは教室をぐるりと見回した。気を抜きかけていたアンリは、背筋をピンと伸ばして気合を入れ直す。
周囲で身動ぎする気配は、アンリ同様、レイナの視線に緊張を取り戻したクラスメイトたちのものだろう。おそらく、昨年まで一組ではなかった者たち。まだレイナの授業に慣れていないのだ。
教室に程良い緊張感が戻ったことを確認するように頷いて、レイナは続けた。
「……君たちにはまず、その大きな力を使うにあたって必要となる最低限の知識と心構えを学んでもらう。次回の授業からは魔法の実践になるが、今日の授業を疎かにするような輩に、魔法を使う機会は無いと思いなさい」
レイナなら本当に、居眠りした生徒を次回以降の授業から弾き出しかねない。そんな危機感を持ったのは、アンリだけでは無いはずだ。
ピシリと背筋を伸ばした生徒ばかりが並ぶ教室の中で、レイナは淡々と、魔法戦闘職員に対する訓示のように、魔法を使うにあたっての留意点と心構えとの講義を始めた。
授業の内容はいたって単純なものだった。
まず日常で魔法を使う際の留意点。戦闘魔法と分類される魔法や、それに近い威力の魔法を日常で使用しないこと。そのほかの魔法も、確実に失敗しないと言い切れるもの以外は、訓練室外で使用しないこと。
それから今後、戦闘魔法を習得するにあたっての心構え。戦闘魔法の習得は義務ではなく、任意であること。そのうえで戦闘魔法を習得することを選択した場合には、力に応じた責任を自覚すること。すでに戦闘魔法を習得済みの場合に、その責任から逃れる術はないこと。
最後に、今後の授業における訓練のルール。魔法実践の授業はレイナに加え、数名の補助教員によって実施されることになっている。訓練室内では、彼らの指示に従うこと。
「これまでの話を、魔法の実践にあたっては常に頭に置いておきなさい。……さて、それから」
ここまでの説明で、レイナは授業時間のほとんどを費やしていた。
ざっくりとまとめてしまえば短く済む単純な話ではあるが、レイナはそれを初心者向けに、至極丁寧に説明したのだ。おかげで、授業の時間はもうほとんど残っていない。
にもかかわらずレイナは「それから」と言った。
まだ続くのか……ノートを取りながらなんとか眠気と戦っていたアンリは、うんざりとため息をつく。
しかし後に続くレイナの言葉は、今度こそ単純で短かった。
「今日の授業で学んだことを、明日までにレポートにまとめて提出すること。レポートの出来が悪ければ、魔法実践の授業に参加することはできないと思いなさい。それでは、今日はここまで」
話が短く済んだのは有り難い。しかし話の中身は、決してアンリの望むものではなかった。
マリア、エリック、ウィルの三人とともに食堂で昼食をとりながら、アンリは絶望的な気分でため息をついた。こんなとき、一番頼りになる友人は……と、そのままウィルに助けを求める。
「レポートって、今日の話でいったい何を書けばいいんだ?」
「聞いてわかったことをまとめて書けばいいんだよ。あんな言い方をしていたけれど、余程ひどい内容でない限り、レイナ先生はたいてい認めてくれるはずだよ」
「聞いてわかったこと、なんて。よくある訓示みたいなものだろ? 今さら、あの話から何をわかれって言うのさ」
「……ええっと、アンリ君。僕らにとっては初めて聞く話も多かったけど」
横からエリックが、控えめに口を出す。おっといけない、とアンリは慌てて口をつぐんだ。どうやら中等科学園生にとって今日の話は「よくある訓示」ではなかったらしい。
エリックの言葉に、ウィルは笑った。
「『防衛局でよく聞く訓示に似ていた』って書いてみたら? 案外、すんなり認められるかもしれないよ」
「他人事だと思って」
「他人事じゃないよ、僕だって同じレポートを書くんだから。……そうだ、寮に戻ったら一緒にやろうよ。代わりに週末、どこかに外に連れて行ってくれないか?」
デートの誘いのような言葉だが、もちろんアンリはその言葉を取り違えたりしない。ウィルは、魔法力を上げるための訓練に付き合えと言っているだけだ。
「そういえば最近は森に出てなかったっけ。いいよ、行こう。二人も行く?」
アンリは一緒に食事していたエリックとマリアにも問う。
「うーん、行きたいのは山々なんだけど」
アンリからの誘いに、エリックは困ったように眉を八の字に歪めた。
「実はレヴィさんから、工房の見学に誘われているんだ」
「工房?」
「レヴィさんのお父さんが、魔法器具製作の工房をやっているんだ。部活動だけじゃなくて、実際の魔法器具製作の場面を見にこないかって。……もし良ければ、友達も誘ってと言われているんだけど」
決まり悪そうに話しながら、エリックはマリアに視線を向ける。マリアは迷うことなく「私はそっちに行くつもり」と言ってにっこり笑った。
「ずっと魔法ができるようになりたいって、そればっかりで。魔法器具作りってあんまり見たことがなかったから、興味があるの。せっかくだから、私はエリックと一緒にレヴィさんのお父さんの工房に行ってみようと思う。アイラも一緒だよ」
なるほどマリアは魔法器具製作部の見学に行った際のレヴィの話に、よほど感激したものとみえる。きっと入部を真剣に、前向きに考えているのだろう。
どうしようかと首を傾げて、アンリはウィルの様子をうかがった。
「ウィル、どうする? 工房の見学に行きたいなら、俺との予定はずらしていいよ。あ、でも、レポートは手伝ってほしい」
「うーん、僕は遠慮しておくよ。実は僕も、父が魔法器具製作の工房に勤めていてね。工房にはそれほど珍しさがないんだ」
「あれ、そうだったんだ? じゃあ、俺たちはいいや」
ウィルの父親が工房勤めとは、アンリには初耳だった。それはそれで詳しい話を聞いてみたいという気持ちも疼いたが、今は、エリックの話の方が先だ。
「俺はもう魔法工芸部に入っちゃったから、今さらレヴィさんの誘いに乗るわけにはいかないし」
「えっ。アンリ君、もう決めちゃったの?」
アンリの言葉に、エリックが愕然と言った。
「できればアンリ君を連れてきてって、レヴィさんには言われたんだけど……」
「あー、ごめん。決めちゃった」
ますます困った表情を深めるエリックには悪いが、アンリにとって、魔法器具製作部にはなんの旨味も感じられなかった。たとえ入部してくれと頭を下げられたとしても、そちらを選ぶことはなかっただろう。
どうやらエリックにも、それはわかっていたようだ。悲しげだった顔にはすぐに、諦めの混ざった弱い笑みが浮かんだ。
「まあ、アンリ君はもともと、魔法工芸に興味があるって言っていたからね。まだそっちに入部していなければ工房見学くらい付き合ってくれるかな、なんて。狡い期待をしたのがいけなかったんだ」
狡いということはないと思うけど、とアンリは苦笑する。それでもどのみち、エリックの期待に沿うことはできない。
「悪いけど、ほかをあたってみて。イルマークとかどうだろう。魔法器具製作には興味がありそうだったけど」
交流大会のためにアンリがアイラの魔法器具を作ってみせたとき、イルマークはエリックとともに、興味深そうにアンリの手元を観察していた。きっと、ものづくりに興味があるのだろう。
思い当たる節があるのか、エリックも「そうだね」と、やや明るさを取り戻して頷いた。




