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 魔法器具製作部を見学した翌日。


 にこやかに出迎えてくれたキャロルの「昨日は来なかったのね」という言葉に、アンリはおそるおそる、ほかの部活動の見学に行ったことを話した。


 魔法器具製作部で「魔法工芸部への入部を検討している」と告げたときのレヴィの反応を思えば。キャロルからも何かしら不満を訴えられるのではないかと身構えていた。


 ところがアンリの予想は良い方に外れて、キャロルは「あら、そう」と、まるきり気にも留めない様子だ。軽く頷いたその顔は、むしろ満足げですらある。


「色々な部活動を比べてみるのは良いことよね。どこへ行ったの? 魔法器具製作部とか?」

「……まあ、はい。そうです」


 気まずく思って視線を逸らしたアンリに対し、キャロルは「気にしなくて良いのよ」と鷹揚に笑う。


「うちと同じで、魔法関連のものをつくる部活動だもの。うちに興味を持つ人の大半は、あちらの部活動にも興味を持つのよ。それで、アンリさんはどちらに入りたいと思った?」


 どちらにも入れればと思ったんですけど……とアンリは我知らず、正直な気持ちを告げていた。


「魔法器具製作部の部長さんから、兼部は無理だと言われました」

「そうなのよ、ごめんなさいね。素材を採取する場所の関係で」

「はい、そう聞きました。それで、魔法器具製作部に入るようにって説得されたんですけど」


 言いながら、アンリはキャロルの反応を見る。機嫌を損ねる様子はない。警戒もせずにアンリの言葉に耳を傾け、話の続きを待っている。


 入部を期待されていないのだろうか。それとも、入部するに違いないと、信頼されている?


 キャロルの考えが読めないことを不安に思いながらも、アンリは鞄から、入部届を取り出した。先日キャロルからもらったそれには、クラスや名前など、必要なことをすでに記入してある。


「やっぱり、魔法工芸部に入りたいと思います。よろしくお願いします」


 アンリから入部届を受け取ったキャロルは、笑みを深めて、満足そうに大きく頷いた。


「アンリさんなら、きっとそう言ってくれると思っていたわ。ようこそ、魔法工芸部へ」


 どうやら、信頼してくれていたらしい。

 キャロルの言葉に安堵して、アンリはほっと息をついた。





 改めて魔法工芸部の部屋に入ると、部員全員が素材採取に出払っていた先日と違い、室内にはちらほらと先輩部員たちの姿が見えた。

 とはいえ、魔法器具製作部の部屋に比べると、部員の数は極めて少ない。部屋にいるのは、アンリとキャロルを含めて八人。作業台も、半分ほど余っている。


 これなら新入部員でも作業台を使わせてもらえるかな……期待を込めてアンリが部屋を見回していたところへ、一番奥の作業台から声がかかった。


「キャロル、その子が例の?」

「そうよ。正式に入部届を出してくれたわ」


 それはいいねと言いながら、彼は作業の手を止めて、まくっていたシャツの袖を元に戻しながら、アンリのもとへ歩いてきた。


「はじめまして。僕はこの部活動で部長をしている四年五組のロイ・レーグル。よろしく」

「よ、よろしくお願いします。アンリ・ベルゲンです」


 部長、という言葉にアンリははっとしながら、差し出された手を慌てて握り返す。


 ずっとキャロルとしか話していなかったので、なんとなく、この部活動の代表がキャロルであるかのように錯覚してしまっていたのだ。しかし考えてみれば、キャロルはまだ三年生。それも、つい最近三年に進級したばかりだ。


 魔法器具製作部の部長であるレヴィも、四年生だった。魔法工芸部でも、四年生に部活動の代表たる部長がいると考えるほうが普通だ。


「すみません。入部届は、部長さんに出すべきでしたよね」


「ああ、気にしないで。新人勧誘期間が終われば代替わりだし。君にとって長く付き合うことになる『部長』は、たぶんキャロルの方だから」


「あら、そんなこと言って。今はロイさんが部長なんだから。お仕事から逃げるのはダメよ」


 おどけた様子で、キャロルがアンリの入部届をロイに手渡す。はいはい、とロイは苦笑しながらそれを受け取った。


 どうやら、次期部長がキャロルであることには違いないらしい。そして、部長の代替わりは新人勧誘期間が終わった頃……つまり、魔法器具製作部と同じタイミングのようだ。


「だいたいの部活動で、新人さんの入部がひと段落した時期に部長の代替わりをすることになっているのよ」


 アンリの考えを裏付けるように、キャロルが言う。


「四年生は進学とか就職とか……自分の卒業後のことに気を遣わないといけない時期になるから。その後は、三年生が中心になって部活動を運営するの」


「四年生は、もう部活動に来なくなってしまうんですか?」


 魔法工芸部はただでさえ人数が少なく、魔法器具製作部に比べると、部屋の中が閑散として見える。そのうち誰が四年生で誰が三年生かなどアンリにはまだわからないが、たとえロイ一人であったとしても、減ってしまえばずいぶん寂しくなるだろう。


 アンリの問いに、ロイは苦笑する。


「僕は交流大会で展示する作品を作りたいから、しばらく残る予定だけど。もともと自由参加が基本の部活動だからね。どのくらい顔を出すかは、人によって違うだろうな。……まあ、見ての通り、魔法工芸部では作業台もスペースも有り余っているから。四年生が残ると言っても、邪魔にはならないはずだよ」


 聞けば、現時点で作業台には七つ空きがあるという。二年生の勧誘はこれからだが、毎年新入部員は多くても六、七人だとか。


「四年生も全員が残るわけではないからね。おそらく、全員が一人一台の作業台を使うことができると思うよ」


 そうしてロイは、空いている作業台のひとつを指し示す。


「とりあえず、アンリ君はそこの台を使って。指導はキャロルにお願いしていいかな?」


「任せてちょうだい。と言っても、もしかしたら教えることなんて無いかもしれないけどね」


 そんなはずはない、とアンリは大きく首を振って否定した。魔法器具製作の経験はあるが、魔法工芸に関していえば、アンリはど素人だ。教えてもらえないのは困る。


 アンリの慌てぶりに、ロイとキャロルは二人で笑った。


「冗談よ。少なくとも、この部屋のどこにどんな素材や工具が置いてあるのか、そのくらいは教えておかないと身動きが取れないものね」


「大丈夫、キャロルは面倒見がいいから。きっと、逆に鬱陶しくなるくらいまで丁寧に指導してもらえるよ」


 そんな言い方はないんじゃないの、とキャロルがロイを睨んだ。慣れているのか、ロイは涼しい顔でそれを受け流す。

 二人の間に流れる親しみやすい空気に、アンリは思わず笑みを浮かべた。


 たしかに魔法工芸部は、魔法器具製作部に比べて部員数が少ない。先輩たちから教えてもらえる知識や技術は、限られたものになるだろう。

 しかしここでなら、きっと楽しく技術を身につけることができるはずだ。


 アンリはこの部活動を選んだ自分の選択が間違いでなかったことを、さっそく感じ取っていた。

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