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(6)

 イシュファーはまだアンリを誘いたそうにしていたが、レヴィがそれを打ち切った。


「まだ新人勧誘期間前なんだ。こちらから勧誘するのはルール違反だよ」

「ええっ。レヴィさんが誘ってきたんじゃないんですか?」

「俺は、見学に来ないかと言っただけだ。入部しないかと誘ったわけじゃない。ほら、それより二人でわかったような顔をしていないで、ほかの四人にもちゃんとその魔法器具の説明をしてやってくれ」


 どことなく釈然としない様子で首を傾げながらも、イシュファーはもう一度、金属の塊のような魔法器具を手に取った。


「魔法無効化装置って、皆は知っている?」


 アンリも含めて五人が小さく頷くのを見ながら、イシュファーは、手の中の金属塊をガチャガチャといじる。カパッと口を開くように二つに割れた金属塊の中から、鈍く輝く赤い石が現れた。イシュファーは石を指で摘んで取り出すと、皆の前に掲げてみせる。


「ほかの魔法器具と同じで魔法無効化装置も、使うごとに内部の魔力石に魔力を補充する必要がある。でも、何度もそれを繰り返していると魔力石に寿命が来て、魔法無効化装置を動かすのに十分な魔力を貯められなくなるんだ」


 そうして寿命のきた魔力石は通常、廃棄するしかない。そうした使い古しの魔力石を、イシュファーは安く買い集めているのだと言う。


「この赤い石がそれだ。魔法無効化装置の魔力石を見たことがあればわかると思うんだけど、劣化しているから輝きが鈍い。手に入れた魔力石をさらに削って加工するから、大きさも小さいね」


 それをこうして、ほかの素材で作った回路の中に入れるんだ……と説明しながら、イシュファーは赤い魔力石を元の金属塊の中に戻し、蓋をした。隙間から、少しだけ魔力石の赤い輝きがのぞいている。


「この状態で中の魔力石の様子を見て取った君はすごいよ」

「……」


 イシュファーの言葉に、アンリは黙って目を逸らした。魔法で中を透視したなどとは、決して言ってはいけない。


 そんなアンリの反応を見てイシュファーはいったん言葉を止めたが、やがて「まあいいか」と深くはこだわらずに説明を再開した。


「魔法無効化装置は、一定の範囲内の魔法を無効にする装置だよね。劣化版の魔法石を使っているこの魔法器具には、魔法を無効化するほどの性能はない。この魔法器具は、範囲内の魔法に使われる魔力と物質との結合を弱める働きをするんだよ」


 魔法とは、魔力と何かしらの物質とが結びつくことによって生じる現象だ。物質と魔力とが結びつかないようにすれば、魔法は無効化される。


 そこまでできなくとも、結びつきを弱めるだけで、魔法の規模や効力を抑えることができるということだ。


「弱めるだけ? そんな魔法器具、いったい何に使うの?」


 素朴な疑問を投げかけたのは、マリアだった。

 イシュファーは怒ることも馬鹿にすることもなく、にっこりと微笑む。


「まずは護身用かな。魔法で攻撃されたときに、その無効化までできなくても、威力を弱めるだけで命が助かることもある」

「でもそれって、魔法無効化装置があればいいんじゃないの?」

「魔法無効化装置を用意できるなら、そうすればいいさ」


 イシュファーは笑みを崩さない。むしろ、マリアの問いに対して「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに満足げだ。


「この魔法器具の利点は、安く作れるところなんだ。材料は廃棄されるはずの安い魔力石と、西の森で採れる程度のありふれた素材だからね」


 魔法無効化装置なんて高価で手が届かない、という人にも買えるように。そんな価格帯で売り出すことを目標にしているのだと、イシュファーは言う。


「まだまだ使いづらいところが多くて、安いからと言って売れるような代物ではないけどね。改良を重ねて、なんとか交流大会までには、商品として並べられる物にしたいと思っているんだ」


 夢見るような面持ちで、イシュファーは笑った。





 イシュファーの作業場を離れると、二年生五人はレヴィに連れられて、元の何もない作業台へと戻った。


「さて、これで一通り見てもらったわけだけど。どうだった? 興味は持ってもらえたかな」


 レヴィの期待のこもった目に、アンリは友人たちを見回した。正直につまらなそうな表情を浮かべるアイラと、明らかに上辺だけとわかるにこやかな笑みを浮かべているウィルは、きっとこの部活動に対して何の興味も抱いていない。


 一方でエリックは、いつもの控えめな性格で自分の手元ばかり見てはいるが、いつ声をあげようかと迷っているような様子だ。もしかすると、興味を持ったから入部したいと、言い出す機会を探っているのかもしれない。


 そんなエリックが言葉を発する前に、その隣から、マリアが元気よくレヴィの問いに答えた。


「すごく素敵! 特に、イシュファー先輩のお話、感動しましたっ」

「お、そうかい? マリアさんの腕輪は作れないけど、それでも?」

「関係ないです」


 意地の悪いレヴィの問いにも、マリアは胸を張って明るく言う。


「私の腕輪も、誰かが私みたいな人のことをどうにかしたいと考えて、作ってくれたんでしょう? イシュファー先輩も、魔法無効化装置に手が届かない人のことを考えて、魔法器具を作っている。人のことを考えて、自分のできることを頑張るのって、素敵じゃないですか」


 マリアの目は先輩に対する憧れで、きらきらと輝いている。その純粋な瞳に、アンリは恥ずかしくなって俯いた。イシュファー先輩の想いはともかくとして、アンリがあの腕輪を作ったのは、そんなにたいそうな理念を持ってのことではない。あれは、ちょっとした思いつきのようなものだった。


「なるほど、そう言ってもらえるのは嬉しいね。……そちらの君は?」


 レヴィの目がアンリに向いた。


 俺よりも、エリックに聞けば良いのに。


 そうは思うが無視するわけにもいかず、アンリは曖昧に笑う。


「うーん。正直に言うと、俺、今いくつか部活動を悩んでいるところで」


「そのいくつかの中に、うちの部をに入れてくれるだけでも嬉しいよ。ちなみに、ほかに悩んでいるのはどこの部活動だい? 部活動によっては兼部もできるから」


「ええと、魔法工芸部です」


 アンリが告げると、レヴィはやや眉を顰めた。


「魔法工芸部か。それは……おすすめはできないね。もったいないよ」

「もったいない?」


 レヴィの物言いに、アンリは首を傾げる。たしかに、見学に来た新人候補がほかの部活動、しかも魔法関連物の製作という似たような部活動に興味を持っていると言うのだから、機嫌を損ねるのはわかる。


 しかし「もったいない」とはいったいどういうことだろう。


 アンリの疑問に、レヴィは苦笑して答えた。


「イシュファーとのやり取りだけでも、君が優秀なのはわかる。君のような優秀な人材があんな小さな部活動で埋もれてしまうのは、もったいない」


 魔法工芸部も、悪いところではないけれど……と、レヴィは形ばかり相手を持ち上げるように続ける。


「物をつくるにあたって、芸術性という観点は大事だ。でも、いかんせん彼らは人数が少ない。だから先輩たちから有用な技術を教わる機会も少ないだろうし、学園から素材の採取を許されているスペースも少ないんだ」


「そういえば、魔法工芸部でも西の森に素材採取に行くと聞きましたけど。場所は同じなんですか?」


 なんだ、そこまで知っていたのかと、レヴィは肩をすくめた。


「場所は同じだよ。西の森の、学園が管理する土地の一部だ。部活動で自由に素材を採取して良いとされている場所があってね。その場所を、魔法器具製作部と魔法工芸部とで分け合っている」


「分け合っているのに、魔法工芸部だとスペースが狭いんですか?」


「部員数に応じてスペースを分け合うことにしているんだよ。こちらのほうが部員数が多いから、使える面積も広い」


 逆に部員の少ない魔法工芸部は使える範囲がごく限られているのだと、レヴィは淡々と説明した。


「素材採取場所の兼ね合いもあって、魔法器具製作部と魔法工芸部とは、兼部ができないことになっている。どちらに入部するかで迷っているなら、うちをおすすめするよ」


「……考えてみます」


 アンリはどちらに心惹かれているか悟られないよう、努めて冷静に答えた。ここで正直に心中を語ってしまうと、きっと角が立つ。


(……魔法器具製作なんて、俺にとってはどこでもできるからなあ)


 魔法器具製作の技術を教えてもらいたいなどとアンリは思っていない。人数が少なかろうが、アンリにとって有用な技術を教えてくれる人がいる方に惹かれるのは当然だ。


 口にこそ出さなかったが、アンリの気持ちはもうほとんど決まっていた。

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