(5)
魔法器具製作部の見学は、アンリにとって興味深いものだった。
最初に見せてもらった作業台で三年生が作っていたのは、スイッチひとつで果実水が湧き出てくる水筒。
ただの水が湧き出てくる水筒ならば世間にも出回っていて、長期の旅行などに重宝されている。しかし、果実水とは珍しい。
「……と言っても、本物の果物を使っているわけではないけどね。果物の香りと甘味がついているというだけで、ほとんど水のようなものだよ」
しかし試しに飲ませてもらってみると、しっかり果実水の味がする。どうやら水筒の中に、水を生み出す魔法素材の他に、その水を変質させる素材が仕込まれているらしい。なんの果実の味を模しているのかわかるほどはっきりとはしないが、たしかに果実水「らしい」風味になっている。
隣の作業台では、魔力を通すとインクの色が変わるペン。さらに隣では、日の出と日の入りを感知して勝手に日付の表示が変わるカレンダー。
そのほか周囲の音と光を適度に遮断して快適な午睡空間を作り出す結界用の魔法器具に、特定の人か物の接近を感知して光で知らせる魔法器具、雨の日に泥跳ねから足を守る装着型の魔法器具などなど。
どれもまあまあ便利そうではあるが、使い道がかなり限定される物ばかりだ。しかも、無くてもそれほど困らない。
「不思議なものばかり作るのね」
ただ物珍しく眺めていたアンリと違い、アイラははっきりと眉を顰めた。
「あまり役に立ちそうにもないわ」
「そう言わないでくれ。これから新人勧誘期間だろう? 今の時期はそれに向けて、ちょっと珍しい、小物のようなものをたくさん作るんだ。市販品と同じものばかりだと、つまらないから」
新人勧誘期間が終われば、もう少し真面目に、使える物を作るよ……そんなレヴィの説明に、マリアが首を傾げる。
「真面目にって、私のこの腕輪のような?」
「ええっ? ……いや、うーん」
マリアの問いに、レヴィは最初、笑おうとしたようだった。しかしマリアの顔を見て冗談ではないことを悟ると、慌てて表情を取り繕う。
とはいえ、苦笑は隠せない。
「マリアさんのそれは、魔力放出補助装置だろう? 正直なところ、そこまで高度なものを部活動で作るのは難しいよ。少なくとも、僕にはできない。技術も足りないし……たぶん、素材もここにあるものでは足りないんじゃないかな」
レヴィが近くの棚を指し示す。そこには、魔法器具製作によく使われる工具のほか、鉱石や種々の液体、乾燥させた植物に、細かい砂のような何かが、ずらりと並べられていた。魔法器具製作に使う素材だろう。
「部活動で魔法器具を作るときには、主にこの棚にあるものを使うんだ。西の森にある素材採取場で採れるものだよ」
なるほど並んでいる素材は、この辺りの森で採れそうなものばかりだった。標高の高い山の上で採れるような植物や、特定の地方でないと採取できないような鉱石はない。
「ここにない素材が必要なら、採取するにせよ買うにせよ、自分で調達しないといけない。……魔力放出補助装置の主材料って、たしか青龍苔だよね? さすがにそんな高価なものは用意できない。加工もきっと、難しいだろうし」
そこまですごいものは作れないけれど、と言いながら次にレヴィが案内してくれたのは、先程、次期部長として紹介してくれた男子のところだった。
「魔力放出補助装置は難しいけれど、彼の作っている物はなかなかすごいよ。時間がかかりそうだから、彼だけ新人勧誘期間向けのとは別のものを作っているんだ。……イシュファー、今、大丈夫?」
レヴィの問いかけに、イシュファーと呼ばれた男子が顔を上げる。目を保護するためにつけていたゴーグルを額に押し上げて、きょとんとした顔をこちらに向けた。
「部長? ……あれ、そちらの人たちは?」
どうやらアンリたちが部活動見学をしていたことに、今の今まで気付いていなかったらしい。
「見学に来た二年生だよ」
「え? 新歓期にはまだ早いですよね?」
「まあね。初等科学園のときの後輩が友達を連れて来てくれたんだ。皆、二年一組の子たちだよ」
「へえ、そりゃすごい」
イシュファーは、改めてまじまじとアンリたちに視線を巡らせた。その目がぴたりと、マリアのところで止まる。
「あっ! それっ! その腕輪っ!」
正確に言うと、彼の視線が捉えていたのはマリアの腕に装着された腕輪……つまり、魔力放出補助装置だった。
「いいなあ。最新の魔法器具じゃないか。ねえ、それ、どこで手に入れたんだ? いくらくらいした? 使い心地はどう? ちょっと触ってみてもいいかな?」
矢継ぎ早に出てきた質問に、マリアはさすがに一歩後ろへ身を引いた。逆にアイラが、マリアを守るように一歩前に出る。
同時にレヴィが、イシュファーの肩を叩いて止めた。
「落ち着け、イシュファー。後輩を怖がらせたら駄目だろう」
「あっ。す、すみません」
はっと我に返った様子で、イシュファーは身を縮めて頭を下げる。そんな彼の肩に手を置いたまま、レヴィがマリアに言った。
「悪いね、マリアさん。こいつはイシュファー・ディーン。魔法器具のことになると挨拶も礼儀も何もかも忘れちゃうような、魔法器具オタクだよ。ちょっと迷惑なやつだけど、でも、だからこそ作れるものもあるんだ」
そう言ってレヴィが指し示したのは、先程からイシュファーが熱心に向かっていた作業台だ。作業台の上には、拳大の金属の塊。
あ、と声を上げたのはアンリだった。
「魔法無効化装置? でも、それにしてはちょっと……」
「おっ。君、わかるねえ」
アンリの呟きに、イシュファーが目を輝かせる。
「魔法無効化装置に似ているだろう? でも残念、ちょっと違うんだよ」
イシュファーは無造作に魔法器具らしき金属の塊を持ち上げると、よく見てみろと言わんばかりにアンリの目の前に突き出した。アンリは間近に迫った金属塊を、上下左右様々な角度からしげしげと眺める。
「うーん……核になっている魔力石は、魔法無効化装置でよく使うやつですよね。でも、大きさと輝度がちょっと足りないような。これだと魔法の無効化は……あ、でもこっちの回路で魔力を拡散させると、範囲内の魔力が……ああ、なるほど」
「わかったかい?」
「範囲内の魔法の威力と規模を抑える魔法器具、ですか?」
アンリは魔法器具から目を離し、イシュファーに向けて答えた。アンリの答えに、イシュファーは金属塊を作業台に戻して満面の笑みを浮かべる。
「正解だよ。……すごいな、見ただけで魔法器具の機能がわかるなんて。君、この部活に入るんだよね? 名前は? クラスは? これまでに魔法器具を作ったことはある?」
「えっ……? あー……」
しまった。またやってしまった。
アンリの悪い癖だ。
魔法知識の授業や友人との会話でも、自分の知識や身分は隠したほうが良いとわかっているはずなのに、夢中になると、ついそのことを忘れてしまう。
今回で言えば、初めて見る魔法器具への興味で、警戒心だとか、隠さなければならないという義務感だとか、そういった必要な感覚が、全て抜け落ちた。
結果として、アンリはつい、魔法器具に対する専門家並みの知識を披露してしまったのだった。
「いや、えーと……部活動は、考え中で」
「そうなの? それなら、ぜひ魔法器具製作部においでよ。きっと楽しいよ、保証する」
イシュファーの無邪気な笑顔を前に「実は魔法工芸部が第一候補だ」などと言う気概はなくて、アンリはただ「考えておきます」と控えめに答えた。




