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ここから第5章です。


 二十日間の長期休暇を終えたアンリは久々に臙脂色の制服に身を包み、ウィルとともに学園の掲示板の前に立っていた。貼り出されているのは、新学年のクラス名簿。これでクラスを確認し、自分のクラスの教室に向かうことになっている。


 新二年生から新四年生まで、多くの学園生が群がって、掲示板の前は大混雑だ。


「見えたよ。ちゃんと全員、一組になれたみたいだ」


「……こんなに人がいるのに、アンリはよく見えるね。僕には人の頭しか見えない」


「うん、俺も。普通に見たら人の頭しか見えない」


 言いながら、アンリはウィルの手を引いて掲示板の前から離れた。クラスさえわかれば、こんな混雑に付き合う必要はない。


「何か魔法を使った?」


「まあね。だってあのまま待ってたら、いつまで経ってもクラスがわからないし」


「……今年はバレないように過ごすって言ってたじゃないか。ほどほどにしておきなよ」


 ウィルの忠告に、アンリは肩をすくめて笑う。


「うん、気をつける。周りが全員アイラでも気付かれないくらいに隠し通してみせるよ」


「いや、そういうことじゃなくてさ」


 軽口をたたきながら廊下を歩き、二年一組の教室へ。教室には、まだ四、五人しか集まっていなかった。そのうちの一人が、入ってきたアンリたちに目を向ける。


「あら、早かったのね。掲示板を見てから来るかと思っていたのだけれど」


「見てきたよ。混んでたけど、運良く隙間から見えたんだ。……アイラこそ、早いね」


 アンリの言葉を受けて、アイラは当然でしょと言いながら、教室前方の黒板を指差した。


「全部の教室に席順が書いてあるのよ。自分がどのクラスか全くわからないならともかく、見当がついているなら、掲示板なんかで立ち止まらずに教室で席の確認をした方が早いわ」


「あ、ほんとだ」


 座席表には、クラス三十人分の名前が並んでいる。それで見れば、元魔法研究部の面々が全員このクラスに入ったことも一目瞭然だった。


 そのほかのクラスメイトは、と座席表をひと通り確認するが、魔法研究部のメンバー以外には知った名前がない。いくら人付き合いの悪いアンリでも、元クラスメイトの名前くらいはわかる。知っている名前がないということは、ほかに元三組のクラスメイトはいないということだ。


「やっぱり、ほとんどは元々一組だった人だね。ああ、二組だった人も少しいるかな」


 隣で一緒に座席表を眺めているウィルの話によれば、だいたい三分の二くらいが元一組、残る三分の一が、ほかのクラスから一組に入ってきたメンバーだという。


「思ったより入れ替わったね。クラスの雰囲気が、ずいぶん変わるかもしれないな」


 そう言うウィルの声には、隠しきれない期待の色がにじんでいた。





 二年一組の担任はレイナ・ストランドという女性の教師で、昨年一年一組を担任した人だった。小柄で、おっとりとした顔つきの、しかし口調と態度がやたらと厳しい人。それが、アンリがレイナに対して抱いた第一印象だった。


「はい注目。昨年一組だった子はわかるだろうけど、そうでない子は初めまして。これから二年生での注意事項を述べるので、聞き逃さないように」


 一組になったからといって驕らないこと。貴族平民の差異なく仲良くすること。魔法実技も始まるが、危険な魔法は日常生活で使用しないこと。魔法以外の勉学にも積極的に励むこと。授業中の私語と居眠りは慎むこと。上級生として下級生の面倒を見ること。


 それらの注意事項を、レイナは淡々と並べ立てた。授業中の私語と居眠りは、のくだりでその視線がちらりとアンリの方を向いたようにも見えたが、アンリは気のせいだと思っておくことにする。


 もしかしたら昨年の担任のトウリから何かしらの引継ぎがあるのかもしれないが、今年は心を入れ替えて、授業にも真面目に取り組むことにしているのだ。どんな引継ぎがあろうと怖くはない。


「以上の注意事項を忘れずに行動すること。さて、ちょうど明日、新入生の入学式が執り行われる。入学式のあとに、二年生が新入生の校舎案内を行うことになっているのだが、誰か、案内を希望する者はいるかな?」


 教室内ではすぐに、さっと沢山の手があがった。周りが突然一斉に動いたことに動揺し、アンリは周囲を見回した。手をあげたのは、全体の三分の二ほど。それ以外は、アンリ同様、きょろきょろと辺りの様子をうかがっている。


「今、手のあがらなかった者!」 


 すぐに、レイナの高く大きな声が響いた。


「なぜ志望しない? 先ほど私は『上級生として下級生の面倒を見ること』と言ったはずだが、もう忘れたか? それとも、それよりも重視すべき事情でもあるということかな? 答えてみなさい、ハーツ・タカナシ」


 突然の指名を受けて、ハーツははっと背筋を伸ばす。ええっと、あの、その……と言い淀んだ挙句、意を決した様子でピンと右手をあげた。


「す、すみませんっ! 咄嗟のことで手をあげそこねましたっ! 俺も、一年生の案内してみたいですっ!」


 ずるい、という視線が教室中に溢れかえった。

 同時に、実は私も、僕も、と何本もの手があがる。機を逃さずに、アンリもささっと手をあげた。


「……よろしい」


 生徒たちを見渡して、レイナは静かに頷いた。


「次から、こういう機会には積極的に、素早く意思を表明することだ。ところで今なお手のあがらない者には、何か事情があるのだろうね? セリーナ・エスキルス、答えなさい」


 教室内の、全ての視線が教室後方の一人に向いた。当の彼女は、緩やかにウェーブした茶色い髪の毛先を肩のあたりでいじりながら、とぼけた様子でちょこんと首を傾げてみせる。


「ええっと。私、明日は友人との先約があるんです。後輩の面倒をみたいのは山々なんですけど、そのために先に入っていた約束を反故にするのは、違うかなって」


「……よろしい。自分の中で正しい優先順位を持ち、それに従うことも大切だ」


 レイナの言葉は、ほかの生徒たちに対するのと同じように淡々としていた。


 なんだ、ちゃんと理由を言えば許されるのか……拍子抜けした顔をしたのは、アンリだけではない。二年になって初めて一組となった面々が、皆、同様の表情を浮かべていた。


「さて、しかし校舎案内にこれほどの人数は不要だな。代表してアイラ・マグネシオン、ウィリアム・トーリヤード、エリック・ロイドレイン。三人に頼もう。異議は? ……ないね。三人は、このあと私のところに来なさい。そのほかは解散。明日の授業は新入生のオリエンテーションが終わった後、午後からになるので気をつけること」


 そう言って、レイナは教卓上のファイルをぱたりと閉じた。


 それを合図にしたように、生徒たちの背筋からふっと力が抜ける。教室内に、ざわざわと小さな話し声が広がる。アイラとウィル、エリックは立ち上がってレイナの元へと向かったが、ほかは、緊張の糸をぱちんと切ったように穏やかな時間が始まった。


 なるほど、これが一組か。


 三組のときとは違うぴりりと締まった空気を、アンリは新鮮な思いで味わった。

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