(6)マリアとアイラ
マリアはパーティが好きだ。
特に年末年始に王宮で五日間にわたって催される「王宮祝賀会」はたまらない。パーティの明るく華やかな空気が街中にまで伝わり、普段は政治のことばかりで堅苦しい雰囲気を醸し出す首都に、この期間だけは、華やかな風が吹く。
いつもは使い古した実戦用の装備を身に纏う騎士が、この時期には式典用の輝く鎧を身につける。領地に引きこもっている貴族やその家族たちが、首都に集まる。彼らを乗せた豪華な馬車が広く舗装された街中の道を悠々と進むさまは、まるでパレードを催しているかのようだ。
その明るい景色の中心に、王宮がある。
年末年始の華やかさを象徴する、王宮祝賀会。王宮で催される行事の数々と比べてみても、一年のなかで、もっとも賑わうパーティと言えるだろう。
とにかく派手で、華やかで、規模が大きい。
マリアも成長するにつれ、パーティでは大人の振る舞いを求められるようになった。上品な挨拶やダンスを覚えなければならないのは厄介だし、王宮祝賀会ではパーティが始まる前に、真面目な儀式で大人しく座って祝詞を聞かなければならないのもつまらない。
それでも、そのつまらなさを差し引いて余りある楽しみが、このパーティには溢れている。
参加者たちの色とりどりの衣装で彩られた、広すぎるパーティ会場。そこには自分一人なら一年かけても食べきれないほどの料理が並び、新年を祝う陽気な音楽が奏でられる。
ほかのパーティでは出席が認められないほど幼い子供も王宮祝賀会だけは参加を許されていて、子供たちの明るい声が響き渡る。それがうるさいとも思われないほど、音楽にお喋りにと、パーティ会場は賑やかだ。
幼い頃からこのパーティに参加するマリアは、ずっと昔から、この華やかすぎるほど華やかで大規模なパーティが大好きだった。
パーティから帰るための馬車の中、マリアは窓から外を眺めてため息をついた。隣には従姉妹のアイラ。しかし、一緒にパーティに参加していた両親はいない。大人たちは夜遅くまでパーティを楽しむが、子供は先に帰されるのだ。
もう中等科学園生になったのだから、今度こそ、夜までいさせてもらえるかと思ったのに。やはり、成人するまでは許してもらえないらしい。
遅くまで、大人たちは何を話すのだろう。ダンスや挨拶は苦手だが、きらびやかなパーティ会場や美味しいお料理は毎年の楽しみだ。あの場で夜更けまで過ごすことを許される大人たちが羨ましい。
私ももっとパーティに参加していたかった。
そう思うと、何度でもため息が漏れる。
「気にすることはないのよ、マリア」
落ち込むマリアに、隣からアイラが優しく声をかけた。
「そもそも、パーティの場で魔法を使えと言うのが常識知らずなのよ」
「え……ああ、そうだよね」
どうやらアイラは、マリアのため息の理由を誤解したらしい。
マリアはパーティ会場から帰らなければいけなくなったことを嘆いているだけなのだが、アイラは先ほどパーティ会場で起こった一件を、マリアが気にしているものと考えたようだった。
マリアはその件を深く気にしているわけではないので、アイラの心配は的外れだ。それでも何のことを言っているのか理解できる程度には、それは、今日のパーティでの一大事だった。
「まったく、エリックったら。今度学園で会ったら、ちゃんと言っておかないと」
「や、やめようよ。エリックはお兄さんたちと違って、ちゃんとわかってるよ」
そうかしら、とアイラは眉をしかめた。
それは華やかなパーティの中盤。
父の叔父の遠縁の親戚の知り合いだと名乗る人から長い長い挨拶をいただき、にっこり笑って「ごきげんよう」と別れたその直後、マリアは近くにエリックがいるのを見つけた。
ああ助かった。次の人から話しかけられる前に、エリックと話を始めてしまおう。わざわざ友人との会話を遮ろうなんて人はいないはず……そう思って、マリアはエリックのもとへ近寄った。
「エリック、会えて良かった……あ、ノーマン様、リアム様。失礼いたしました。お久しぶりです」
最初はエリックしか視界に入っていなかったのだが、近寄ってみれば彼のそばには、彼の二人の兄もそろっていた。幼い頃からのエリックとの付き合いで、マリアは彼らとも顔見知りだ。
ほとんど真っ直ぐにエリックに向かって来たことが恥ずかしく、マリアは気まずい思いで彼らに向けて小さくお辞儀する。
幸いにも、彼らはマリアの子供っぽい動作をからかうこともなく、優しく微笑んだ。
「ご無沙汰しております、マリア様。しばらくお会いしないうちに、また美しさに磨きをかけられましたね」
「本当に。ますますお母様に似てきたのではありませんか」
ノーマンとリアムの穏やかな言葉に、マリアははにかんで俯く。
マリアとて貴族の娘。パーティで賓客と相対するときにはそれなりの対応もできる。しかし相手が友人の家族となると、途端に淑女としての振舞いを忘れてしまうのだ。
「あ、相変わらず、ノーマン様もリアム様も、口がお上手で……」
「まさか。本心からの言葉ですよ」
「弟の言う通りです。ところでエリックから聞きましたが、マリア様も中等科学園で、ついに魔法に成功されたとか」
マリアが戸惑っているのに気付いたからか、ノーマンがさらりと話題を変えた。ああよかったとマリアは胸を撫でおろす。
「はい、そうなんです。まだ上手くできないことも多いですけど。でも、楽しいです」
話題が変わった安心感に、つい、子供っぽい口調になってしまった。パーティでは常に上品な微笑みを忘れないこと、と作法の先生には言われていたが、このときのマリアの表情は、上品というより子供っぽい笑顔だっただろう。
そんなマリアに、リアムが言った。
「それはなによりです。どうでしょう、ここで少し、マリア様の魔法を見せてはいただけないでしょうか」
ああ、それは良いねとノーマンが賛同して頷く。
二人の言葉に、マリアの笑顔は固まった。
その場の話はエリックの「兄さん、失礼ですよ!」という珍しく大きな抗議の声で、すぐになかったことになった。
リアムが意地悪や皮肉のためにあんなことを言ったのでないことは明らかだった。彼らは普段からマリアに対して優しく、礼儀正しい。彼らには、マリアを貶める理由がない。
ただ彼らは研究科の出身で、魔法のことをあまり知らなかっただけなのだ。特に、魔法を習い始めたばかりの中等科学園生の魔法が、どれほど拙いかということを。人前、ましてや王宮で行われる公的なパーティで披露するようなものではない。
まだ中等科学園での一年目を終えたばかりの子供に人前で「魔法を使ってみろ」と言うのは、ほとんど挑発に等しい。だからこそエリックも「失礼だ」という言葉で兄を諫めたのだ。
しかし、マリアが気にしたのはそんなことではなかった。
マリアの魔法の技術は魔法研究部のおかげで、中等科学園生のなかでもかなり優れている方だ。魔力の制御にも慣れてきていて、実のところ、大きなパーティ会場で皆に見せるための魔法を発動したとしても、まず失敗はしないだろうという自信もあった。
ただ問題は、そのときマリアが「ドレスに似合わないから」という理由で、魔力放出補助装置を腕にはめていなかったことだった。
マリアは魔力放出困難症という体質で、魔法への適性はあるものの、体内の魔力を外へ放出する機能がうまく働いていない。補助用の魔法器具を装着していないと、魔法を使うことができないのだ。
補助器具がなければ、自分は魔法が使えない人となんら変わらない。
そのことを改めて突きつけられたような気がして、マリアは咄嗟に言葉が出なかったのだった。
「アンリ君に頼んで、もっと可愛い形のをつくってもらおうかなあ」
馬車から窓の外を眺めつつ、マリアは腕にはめた腕輪をそっと撫でた。
パーティ会場から出て馬車に乗ると、マリアはすぐに、荷物から腕輪を出して着けた。洒落っ気の欠片もない、大きくて無骨な腕輪。パーティのために新調した桃色の可愛らしいドレスには、まったく似合わない。
馬車に乗ったからといって、魔法を使うわけではない。それでもその腕輪を身につけているというだけで、それはマリアの安心に繋がった。これでいつでも魔法が使える。自分は魔法が使えるのだと、自信を持って主張することができる。魔法士科の学生を名乗ることができる。
ドレスにも似合う魔法器具を作ってもらって四六時中身につけていれば、きっと今日のような場面でも、堂々としていられるはずだ。
「アンリは最初から、もっと見た目を意識してつくるべきだったのよ」
「そんな、無茶だよ。それに聞いた話だと、これってアンリ君のつくったオリジナルじゃないんでしょ?」
機嫌悪そうに低い声で言うアイラに、マリアはさすがに苦笑する。
魔力放出困難症を患う人が魔法を使えるようになるという、夢のような魔法器具。
その魔法器具を開発するにあたって、原案と理論を構築したのはアンリだという。しかしその後、防衛局での研究と改良が重ねられて、今、マリアの着けている最新型の魔力放出補助装置が出来上がったのだ。
製品化されたばかりの、まだ新しい魔法器具。
見た目にこだわるのは、これからの話だ。
「きっと、これからデザインも性能も、もっといいものがたくさん出てくるよ。でも、できるだけ早く可愛いのが欲しいから、やっぱりアンリ君に頼もうかな」
「……それなら、アンリじゃなくても私がなんとかするわ」
なぜだか意固地になったアイラが、つまらなそうに口を尖らせて言った。
「アイラが?」
「私が作るわけじゃないわよ。お父様に頼むわ。お父様だって、可愛いマリアのためだもの。きっと、どうにかしてくれる」
アイラはどうやら、マリアが自分ではなく他の人を頼るのが気に入らないらしい。しっかり者の従姉妹の可愛らしい性格に、マリアはくすりと笑った。もちろん、アイラには気付かれないように。
「そうかな? それなら、アイラにお願いしよっかな。楽しみにしてるね」
マリアが満面の笑みでお願いすると、アイラは「わかったわ」と照れたように視線を外して、素っ気なく言った。
マリアは再び窓の外を眺める。
可愛い腕輪を着け、夜までパーティを楽しむ将来の自分を夢想した。




