(33)
魔法研究部解散の記念に、皆で食事でもしようよ。
普段は消極的なエリックのそんな前向きな提案に、反対する者はいなかった。どこに行こう何を食べようと軽く話し合った結果、結局、学園の食堂が最も簡単で楽しく集まることができるという結論に至った。
部活動を早めに終えて、食堂のテーブルに集まる。夕食にはまだ早すぎる。注文は食事ではなく、紅茶やケーキだ。
「代わり映えがしねえなあー」
学園の食堂で、いつもの七人で。いつもの昼食時と比べるならば、アイラが混ざっているという辺りがやや違うと言えば違うが。それでもいつもの場所、いつも通りのメンバーであることには違いない。
ハーツの物言いに、イルマークが笑った。
「良いではありませんか。解散すると言っても、別れ別れになるわけでもありませんし。送別会ではないのですから」
「そうだよハーツ。ここのケーキ美味しいんだよ。せっかくの機会だし、食べておかないと」
「……アンリはあんなに動いた後で、よくそんなに食べられるね」
「なに言っているのさ、ウィル。動いたからこそ食べるんだろ?」
先日食べたチョコレートケーキも美味しかったが、そのときサニアが注文したフルーツのタルトも美味しそうだった。迷ったあげく、アンリの皿の上には今、二つのケーキが載っている。
「わあ、アンリ君のケーキも美味しそうっ!」
そう言って目を輝かせたマリアの皿には、小振りなシュークリーム。隣に座るアイラとお揃いだ。どうやらアイラも、先日食べたシュークリームがよほど気に入ったらしい。
紅茶のカップで乾杯をして、皆でこの一年を振り返りながらケーキをつつく。
「楽しかったなあ。アンリ君の魔法がめちゃくちゃで」
「それを言ったら、マリアちゃんだって。新しい魔法器具を使い始めてから、魔法の威力が半端じゃなくなったよね」
「ふふんっ。私の実力だからねっ!」
エリックの言葉に乗せられて、マリアは魔法器具を着けた腕を高々と掲げる。魔力放出困難症を抱える彼女に、アンリが渡した魔法器具。最初こそ加減を間違えて強すぎる魔法を撃つこともあったが、最近では十分に使いこなし、程よく強力な魔法を使えるようになっている。
「でも良かったよ。それを使った魔法が試験で認められて」
「あら、当然よ。そんなつまらない問題でマリアの才能を無駄にしていたら、勿体ないわ」
アンリの言葉に、アイラがすぐに突っかかる。それはそうだけど、とアンリは苦笑した。
魔力放出困難症の人が、魔法を使えるようにするための魔力放出補助装置。最近製品化されたばかりのそれは、まだ世間での認知度が低く、中等科学園での正規の試験や授業で使えるかどうかはわからなかった。
魔法力検査の成績を伸ばして皆で一組になろうという計画を立てたとき、アンリが一番心配したのはその点だったと言っても過言ではない。装置を使用した上での魔法が認められなければ、マリアが一組になるのは難しかった。
しかし、アンリの心配はすぐにトウリが払拭してくれた。アンリたちの目標を聞いたとき、トウリは真っ先に「マリアの魔法器具のことは心配するな」と言ってくれたのだ。魔力放出補助装置が正式に製品化されたことに伴い、学園での導入も教師間で話し合われ、来年からは、学園の授業にも採用されるという。
そしてその前段階として、来年のクラス分けに影響する今回の試験では、魔力放出補助装置を使った場合の魔法技術力を申告することが認められていた。
「アンリ君のおかげだよ! ありがとうっ!」
「いや。俺じゃなくて、防衛局の研究部の人たちとか、トウリ先生とかのおかげでしょ」
魔力放出補助装置の仕組みを最初に発明したのは、たしかにアンリだ。しかしその後の改良から製品化までを順調に進めてくれたのは、研究部の人たち。
それに、学園で使えるように調整してくれたのは、きっとトウリに違いない。おそらくトウリはマリアのことを思って、早くに実現するよう力を尽くしてくれたのだろう。
「うん。皆に感謝しないとね」
そうした皆の関わりがわからないマリアでもない。マリアはアンリの言葉に頷いて、嬉しそうに笑った。
これまでの一年間をひと通り話し尽くすと、話題はこれからのことに移った。
「私は魔法戦闘部の活動に興味があるわ」
来年は何をするのか……誰からともなくあがったこの話題に、最初に答えを出したのはアイラだった。堂々と迷いのないその言葉を、アンリは意外な思いで聞く。
「こないだ勧誘されたときには、そんなに乗り気に見えなかったけど」
「あのときはアンリの付き添いのつもりだったし、まだこの部活動もあったもの。でも、魔法研究部を解散することが決まったのだから。そろそろ次のことを考えないと、出遅れてしまうわ」
「出遅れるって、アイラちゃん。まだ学年末試験も終わったばかりだよ」
「あら。エリックはまだ何も考えていないの?」
「僕は、まだ。……年が明けたらいくつか部活動を見学してみようとは思うけれど」
「あっ私も! 私も!」
エリックの言葉にマリアが食いつくように手を挙げた。どうやらアイラの物言いに、少々焦りを感じたらしい。さらにイルマークとハーツが、自分たちもと名乗りを上げる。
「アンリ君とウィル君は?」
「俺は魔法工芸部に入ろうかなって思ってる。交流大会で見た工芸品が気になっていて。ああいうのをつくってみたいんだ」
エリックの問いに、アンリは明るく答えた。一方でウィルは苦笑して、頭を掻きながら歯切れ悪く言う。
「僕は……魔法戦闘部に興味がある、かな。魔法力を上げたいからさ。でもアイラと一緒だと、自信をなくしそうだなあ」
「あら。クラスメイトなのに、酷いことを言うのね」
ウィルの言葉に、アイラが口を尖らせてつっかかる。一方でハーツにイルマーク、そしてエリックは「わかる」と表情だけで賛同の意を示していた。あくまで表情だけ。声に出して、あるいは頷くなどしてアイラの矛先が自分たちに向くのは避けたいと言うところか。
自分の意見をはっきりと口に出したのは、マリアだけだ。
「ウィル君の言うことはわかるけど、ウィル君はアンリ君と同じ部屋なんだから。今さらじゃない?」
「そうなんだけどさ。でもアンリにはもう慣れたよ。気にしても仕方がない」
それなら私にも慣れるでしょうよと、アイラがムキになって言う。それもそうだねと、ウィルも今度は明るく笑った。
どのみち二年になれば授業でも魔法の実践が始まるのだ。たとえ魔法戦闘部に入らなかったとしても同じクラスにいる限り、アイラの魔法を見ずにいることはできないだろう。
「二年生かあ……楽しみだねえ」
マリアが夢見るように、遠くを眺めながら言った。
この場にいる誰もが、きっと同じ気持ちだ。
試験も終わった。魔法力検査も終わった。来年は同じクラスになれることがほぼ確実だ。
二年生からの生活には、期待しかない。
数日後、一年生として学園に通う最後の日。アンリたちは教室で、今年一年の成績表を受け取った。
それに対する反応はもちろん人それぞれ。喜んだり、悲しんだり。あまり気にしていないふうを装いながら、実は内心で後悔が渦巻いていた生徒もいただろう。
アンリは自分の成績表を見て、あまり深い感慨は抱かなかった。こんなものかと、納得したくらいのものだ。
しかしその直後、後ろからハーツに成績を覗かれ、そして笑われたことでその感情は一変する。怒りと羞恥とでハーツにくってかかったアンリは彼の成績表を奪い取り、その内容を見て愕然とした。全教科の平均では、ハーツがアンリを上回っている。アンリには誰にも負けない自信のある魔法学があると言うのに。
落ち込むアンリの肩を叩いて、エリックが励ます。その隙をついてアンリはエリックの成績表も奪い取った。そしてすぐにその行動を後悔する。エリックの成績が悪いはずがない。案の定、エリックの成績を見たところで、自分をさらに追い込む結果にしかならなかった。
「……来年は、頑張る」
二年からの生活は楽しみだ。
しかし、楽しむだけではなくて。
ちゃんとやることはやろう。そう決心したアンリだった。
第4章完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
次の更新までまた少しお時間いただきます。
活動報告も少し書きますので、気が向いたらお読みください。




