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天井に大きな穴が空いた訓練室に留まるのは危険だ。そんなトウリの判断で、模擬戦闘を終えてすぐ、アンリたちは別の空き教室へ移動した。やや遅れて教室に入ってきたトウリが、苦い顔でアンリを睨む。
「どうせ反則負けするなら、重魔法を消滅させることくらいできただろうに」
どうやら天井が壊れたことについての後始末が面倒だったようだ。
「だから俺、直すって言ったじゃないですか」
「馬鹿を言うな。訓練室が壊れたことがわからないほど、この学園の警備はポンコツじゃない。穴が空いたのも騒ぎにはなるが、その穴が一瞬で閉じてみろ。騒ぎになるどころの話じゃすまないぞ」
それもそうかとアンリが納得して頷くと、トウリはうんざりとした様子でため息をつく。
「まあ、いい。魔法を使ったのはアイラだし、俺も止めなかったからな。……それより、今日の模擬戦闘のことだが」
愚痴に長々と時間を使うことはせず、トウリは口調を切り替えた。今度は真剣な顔をして、アイラの方を睨む。
「たしかに、勝ちは勝ちだ。だが、決して誇れる勝ち方ではないからな」
「承知しています」
「模擬戦闘で勝利に繋がる活躍は、普通なら成績に反映するところだが。どんなに魔法が優れていようと、相手の反則を誘う行為が成績に良い方に働くとは思うなよ。いいな?」
「心得ていますわ」
潔く応じるアイラの言葉に、トウリは改めて深くため息をついた。なぜあんなことをしたんだという低い問いかけに、アイラは悪びれた様子もなく答える。
「一度はアンリに勝ってみたかったのです。堂々とハンデをつけてもらえるこの部活動でなければ、できないことですから」
魔法研究部を解散したとしても、クラスが同じになるのであれば模擬戦闘を行う機会はいくらでもある。二年になれば魔法実践の授業が始まり、授業内で模擬戦闘をする機会も多いのだから。
しかし授業内の模擬戦闘となれば、アンリは絶対に実力を出さない。実力を隠すために、あえてアイラに負けてみせることさえするだろう。
そうして勝たされても、勝ちとは言えない。アイラはそう考えているらしかった。ハンデがあるのは構わないが、手加減されるのは許せないらしい。ハンデ付きでも、アンリに本気で戦わせたうえで、ズルでも良いから自身の力で勝ちたかったのだ。
清々しい笑顔さえ浮かべて堂々と語るアイラに、トウリはもはや説く言葉をなくしたようだ。次いでアンリに視線を向ける。
「……アンリは。自分の敗因はわかっているか?」
「アイラが隠蔽魔法を習得していることに思い至らなかったことですかね。あと、あの魔法器具を使ったからといって三重魔法が撃てるとは思っていませんでした」
アンリはやや口を尖らせながら答える。
今回の模擬戦闘は、一から十までアイラの作戦勝ちだ。作戦とは、アンリの反則を誘ったことだけではない。これまでの訓練での行動も含めて、全てアイラの作戦だったのだ。
隠蔽魔法が使えることを一度も匂わせなかったこと。いつの間にか魔法器具なしで重魔法を撃てるようになっていたのを、アンリに対して隠し通したこと。
アンリの作った魔法器具で作り出せるのは、二つの魔法を重ねた二重魔法までだ。三重の魔法を撃ったということは、三つ目の魔法をアイラ自身の実力により重ねたということに他ならない。
「……いつの間に重魔法なんてできるようになったんだよ」
「つい最近よ。この腕輪がなければ二重魔法止まりだけれど」
当たり前だ。重魔法の初心者が、最初から急に三重の魔法など使えてたまるものか。そもそもアイラの本来の魔力貯蔵量では、三つも魔法を重ねたら一度で魔力が枯渇するだろう。
今日この日のために、アイラは試験勉強にかける時間さえ惜しんで、家で隠蔽魔法と重魔法の練習を繰り返したのだという。何を訓練しているかがアンリにばれないよう、魔法研究部の訓練では一切そんな素振りをみせずに。
「アンリの敗因は油断だな。相手の魔法力を知らない状況なら、お前だってもっと警戒しただろう? 隠蔽魔法だって、よく注意しておけばあの程度、アンリなら見抜けたはずだ」
「……………………はい」
トウリの講評に、アンリは不機嫌に口をへの字に歪めて同意した。
隠蔽魔法の可能性を踏まえて感知魔法を発動していれば。三重魔法が使われた場合の対処法をあらかじめ用意しておけば。アンリにも勝ち目はあったはずなのだ。
アイラが上手くやった、というだけではない。アンリにも敗因はある。まったくトウリの言う通りだ。
「まあ、アンリにも良い経験だっただろう。二年になって実力を隠したところで、おそらくお前の戦闘能力はすぐにバレるからな。相手はなにがなんでも勝ちたいと、色々と策を練ってくる。そういう輩との対戦で油断をしないことだ。負けるだけなら良いが、今日のようなことをしたら大騒ぎだぞ」
「……わかってます」
三重魔法を跳ね返すほどの結界魔法。普通であれば学生が使える水準の魔法ではないはずだ。ああいう魔法を、うっかりほかの場で使うわけにはいかない。
反省してため息をつくアンリを前に、トウリは「わかっているならいい」と言葉をおさめた。
ひと通りの講評を終えると、トウリはその場の全員に視線を移した。
「アンリとアイラの常識外れなところにどうしても目がいってしまうが……この一年の成長は、全員、相当のものだ。よく頑張ったな」
思えばイルマークにハーツ、マリアの三人は、魔法研究部での活動を始めるまで、魔法を一切使うことは出来なかったのだ。それがたったの一年で、形ばかりとはいえ戦闘魔法まで扱えるようになった。
元々魔法を使うことのできたウィルやエリックにしても、その魔法力は、この一年で見違えるほどに強くなっている。
「まだ魔法力検査の結果は発表前だがな。戦闘魔法が使えるんだ、お前らが一組になるのは間違いないだろう」
「……え? 先生、三つくらいできた方が良いって言ってなかったっけ?」
首を傾げたのは、二つまでしか戦闘魔法を覚えることができず、ずっと不安げな顔をしていたハーツだ。その言葉に、トウリは平然と応える。
「ああ。お前らがどこまでやれるか見てみたくなって、そんなことも言ったかな。考えてもみろ。いくら今年の一年が優秀だからと言っても、学年の十分の一以上が戦闘魔法を使えるなんて、あり得ないだろう」
実力不足で戦闘魔法ができないということもあるが、そもそも戦闘魔法が必要ない職種を希望する生徒であれば、最初から戦闘魔法を覚えようとはしないものだ。そんな環境下で、授業で魔法実践の基礎さえやっていないなか、一クラスの人数以上の生徒が戦闘魔法を使えるなど、非現実的だ。
そんなことだろうと思った。トウリの種明かしにそういう感想を抱いたのは、アンリだけではなかったようだ。エリックやウィルも、やれやれと苦笑を見せている。
「ま、そういうことで、戦闘魔法を使えるお前らが一組にまとまるのはほぼ間違いないだろう。目標達成だ、よかったな」
「うっわー! 騙されたーっ!」
明るく笑うトウリの言葉に、ハーツにマリア、そしてイルマークまでが頭を抱えたのだった。




