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 試験が近いということは、魔法力の検査も近いということだ。ついに魔法力検査前、最後の活動日がやってきた。これまでの訓練の仕上げに、それぞれの戦闘魔法の出来を確認する。


 まずは最初に訓練した氷魔法。壁に設置した的へ向けて魔法を撃つと、ウィルとマリア、ハーツはすぐに成功。イルマークとエリックも、最近火炎魔法と風魔法に集中していたこともあって二、三回失敗したが、すぐに感覚を思い出したようだった。


 それから火炎魔法。指先に浮かべた火の温度を各自で上げていく。これは生活魔法である火魔法に近くやりやすかったのか、全員がすぐに成功した。


 最後に、風魔法。これは壁際に設置した布製の的を、魔法で起こした空気の流れによって吹き飛ばすことを目標として、訓練してきたものだ。


 この風魔法が曲者だった。


 一般的に、風魔法は戦闘魔法の中でももっとも生活魔法に近く、覚えやすい魔法だと言われている。ところがアンリたちの訓練方法は魔法の質を度外視した特殊なものであって、この一般論が当てはまらないのだ。


 これまでに訓練したことのある水魔法や火魔法の応用として始めることのできた氷魔法、火炎魔法と違い、風魔法は全く初歩からの訓練となった。


 その結果、魔法研究部の面々は風魔法にもっとも苦戦することになり、特にハーツは、これまで風魔法に一度も成功していない。


 最後の挑戦、と気合を入れてハーツは的に向けて両手を伸ばす。そのまましばらく時間が経った。


 的としてぶら下がった布は、ぴくりとも動かなかった。


「……まあ、近くの的を揺らせたこともないんだし。突然できるようにはならないよね」


「嘘だろーっ! 俺だけ皆と同じクラスになれねえのっ!?」


 アンリの言葉を契機として、ハーツは崩れるように床に膝をついた。そのまま頭を抱えて嘆く。


 そんなハーツに、アンリは優しく笑いかけた。


「大丈夫だよ、たぶん。戦闘魔法三つっていうのは確実に同じクラスになるための安全策であって、二つでも戦闘魔法が使えることには変わらないんだし。ハーツは魔力の器も小さくないし、たぶん大丈夫。たぶんね」


「そう何度もたぶんって言うなよーっ!」


 叫びながら、ハーツは最後の挑戦とばかりにもう一度、的へ両手を向ける。


 それでも的となった布は最後まで、ほんの少しさえ揺れることはなかった。





「まあ、たしかに戦闘魔法はできている」


 氷、炎、風……全ての訓練を見終えたトウリは、苦い顔で講評した。


「魔法力検査で三種類の戦闘魔法が使えることを申告しても、嘘にはならない。ああ、ハーツは二つだな。とにかく、それは俺が保証しよう」


 だがなあ、とトウリは最近の訓練でもはや馴染みとなったため息をつく。


「たしかに戦闘魔法ではあるが、お前らはその魔法がハリボテだってことをちゃんと自覚しておけ。今はそれでも良いが、二年になったらちゃんと基礎から訓練しろよ」


 戦闘魔法を覚えたばかりの五人は、トウリの言葉に苦笑しながら頷いた。その様子を見て、アンリは内心ほっとする。今回教えた戦闘魔法は、ただの魔法検査対策。実践の場でこの魔法を見せて「戦闘魔法ができる」などと自慢しようものなら、笑いものになるだけだ。そのことを、皆、ちゃんと理解しているようだ。


 わかっているならいい、と安心した様子のトウリに対し「だって」と明るい声で主張したのはマリアだった。


「アンリ君とかアイラとかの魔法を見ていれば、私たちの魔法が全然できてないことくらい、私にだってわかりますよ!」


 マリアの主張に、ほかの四人が強く頭を縦に振る。その反応を見て、なぜかアイラが眉を顰めた。


「私の魔法とアンリの魔法とを一緒にしないでくれないかしら? 私、あんな化け物じみた魔法は使えないわ」


 ずいぶんな言い様だ。それでも否定するほど間違った内容でもないので、アンリはただ黙って顔を歪める。そんな生徒たちを見回して、トウリはもう一度ため息をついた。


「……とりあえずマリア。アンリやアイラの魔法と自分の魔法を比べるのはやめろ。二年どころか十年経っても、そうそう追いつけるものじゃない」


 ええーっとマリアが不満げな声をあげた。アンリ君はともかくアイラくらいなら頑張れば追いつけるのでは、などと失礼なことを言う。しかしアイラは気にした風もなく、むしろマリアに同意してトウリを睨んだ。


「先生。マリアには魔法の才能があります。これまで魔法ができなかったのは、魔力放出補助装置という魔法器具がこの世に存在しなかったからでしょう。魔法器具をつけて訓練を続ければ、私くらいの魔法はすぐに使えるようになりますわ」


 アイラから思わぬ支持を受けて、マリアが感極まった顔で彼女を見つめる。その視線を受け、アイラは照れたように顔をそらせた。


 そんな二人の様子を、アンリたちは生温く見つめる。アイラが従姉妹であるマリアを大事に思っていることは皆知っている。普段は自他に厳しいアイラが、なぜかマリアに対してだけ甘いことも。


 うんざりとした空気が流れ始めたところで、トウリが咳払いをして話をまとめた。


「マリアに才能があることは否定しない。むしろここにいる全員、ハリボテとはいえこの短期間で戦闘魔法に手が届いたんだ、才能があるのは間違いないだろう。……だがアイラ、お前も自分の才能を過小評価するな。多少才能がある程度で追いつける水準じゃないことは、お前自身も自覚しておいた方が良い」


 再度のトウリの言葉には、アイラも黙って頷いた。多少不満そうではあるが、ここで反論するほど周りが見えていないわけではないのだろう。


 トウリが改めて全員を見渡す。


「お前ら全員、自分の持つ才能を無駄にしないためにも、二年ではもっと基礎から魔法の訓練に励め。この部活動に関わることはできなくなるが、俺も、できる範囲では協力しよう」


 力強く、深く頷いたアンリたちを前に、トウリは満足げに微笑んだ。


 しかしすぐにその微笑みを苦笑に変えて、頭を掻く。


「……いや、アンリ。お前はいい。お前は励むな、むしろ自重しろ」


「え、先生。ひどくないですか」


 アンリのひと言で、場に笑いが溢れた。

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