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慌てた様子でやって来た十五番隊の隊長に捕らえた敵を引き渡し、アンリはさっさと首都へ引きあげた。
元々のアンリの仕事は、防壁の応急処置。緊急対応として戦闘が加わったものの、戦闘後の後始末まで買って出るつもりはない。
防衛局本部に戻ったアンリは、隊長室に向かう。この時間なら部屋にいると、隊長から連絡を受けていた。
「やあアンリ、おつかれ。今日は悪かったね」
「いえ、たいしたことはしていませんし。本当に、あれで終わって大丈夫だったんですか」
アンリが言っているのは、今日の砦での戦闘のことだ。あまりにあっけなく終わったので、アンリは他に敵が潜んでいることを予想した。それで周囲を見回りに行こうとしたところ、隊長から「必要ない」と止められたのだ。
「アンリの感知魔法で見つからなかったんだろう? それほど強力な戦力を、あの集団が持っているとは思えない」
「あの集団?」
「今回攻めてきた彼らだよ。彼らは隣国の軍隊でも兵士でも、傭兵ですらない。ただの民間人だ」
え……とアンリは驚きのばかり、中途半端に口を開けて固まった。
アンリは相手を、いわゆるテロリスト集団か、それを装った隣国の軍人か傭兵集団かと見積もっていた。隊長の言うただの民間人とは、そういう職種の人間ではないということ。つまり戦闘を生業としない人たちということだ。
そう思えば逆に、大規模爆発魔法に、西と北に分かれる作戦、アンリの感知魔法を一瞬でも誤魔化し得た隠蔽魔法……ただの民間人にしては、ずいぶんと手慣れた高度な攻撃行動だった。
「これまでのテロ行為で、ずいぶん経験を積んだんだろうね。今回が、最も派手に攻め込んできた事案だったよ。まあ、そうは言っても程度は知れているということだ」
アンリがいたから早く収まったけれど、いなくても大した被害はなかっただろう。そんなふうに隊長はまとめた。
「うわー。俺、働き損じゃないですか。指揮官とか焦ってたから、頑張って協力したのに」
「損じゃないよ。早く収まってなによりだ。あの指揮官は砦での指揮が初めてだったらしいし、普段よりは攻撃の規模が大きくて焦ったんだろう。……そうそう、アンリには十五番隊の隊長から伝言を預かっているよ。部下が失礼したって。また改めて謝罪するって」
「……いりませんよ」
そう言うな、と隊長は意地悪く笑う。
指揮官とはいえ一般戦闘職員が、失礼にも上級戦闘職員に対して怒鳴り散らした。それは事実だが、一方でアンリの態度にも問題があったのだ。
それに気付いている隊長は、気まずい思いでもして反省しろと、アンリに促しているに違いない。アンリは俯いて言い訳を口走る。
「だって、あまりにも強引に、俺が協力するのが当たり前、みたいに言うから。腹が立って」
「攻撃を受けたときに近くに上級戦闘職員がいれば、頼りたくなるのは当然だろう。せめて説明するなり、防御だけ協力するなり……なにかしら前向きな考えを示せば、相手だって怒鳴ることはなかっただろうに」
そんなこと、アンリもわからないわけではない。あのときの自分の態度を振り返り、全く非がなかったとは思っていない。
しかし素直に認めるのは癪なので、アンリはただ唇を尖らせてそっぽを向いた。
「……まあ、反省しているならいいさ。謝罪はこっちで断っておく。アンリに制限をかけているのはこっちの都合だが、だからと言ってそれを理由に、あまり我儘に振る舞うなよ」
「はーい」
アンリの不貞腐れた返事に、隊長はやれやれと肩をすくめた。
その後隊長から、やや詳しく今日の戦闘の背景について説明があった。
「砦の辺りの土地が、比較的最近まで隣国の土地であったことは知っているね」
「だから隣国の過激派が、領土を取り返そうと攻めてきているんでしたっけ?」
「うん。その過激派というのが今回攻めてきた彼らのことなわけだけど。彼らは、もともとあの砦のあたりに住んでいた人たちなんだよ」
つまり戦争であの土地がこちらの国のものとなった際に、住む土地を追われた者たちということか。
なんだか可哀想だ。彼らにとっては、故郷を取り返そうとしただけ。土地なんて、返してしまえば良いのに。
アンリの気持ちが同情に傾いたのを見て、隊長は苦笑した。
「ちゃんと歴史学を勉強していれば、わかると思うんだけどな」
はい? と首を傾げるアンリに、隊長が種を明かす。
「砦の東側を流れていた川があっただろう。アトーネ川と言うんだが」
今でこそ整備が進み、氾濫することも少なくなったアトーネ川。以前、砦の周辺が隣国の領土だった頃には、大雨のたびに氾濫を繰り返す暴れ川であったという。
砦の辺りでは昔、アトーネ川が国境となっていた。川の東側がアンリたちの住むこの国、西側は隣国。両国は協力し、治水のために川の整備を進めようという話になった。ところがそれに反対したのが、当時この砦の付近に住んでいた彼らだ。
彼らは独自の信仰を持ち、アトーネ川を神として讃えている。彼らにとってアトーネ川を人工的に整備することは、許しがたい冒涜だった。
隣国が彼らに遠慮して治水のための整備が遅々として進まないうちに、大洪水が数度起こった。大洪水は川の両側の国に平等に、大きな被害をもたらした。
「これ以上は看過できないとなって、我々は強引に川の整備を進めることにした。当然隣国とは揉めて、戦争になったというわけだ」
そして戦争に勝ち、砦の近辺はこちらの国の領土となった。
遊水池を整備し、川底を掘り、堤防をつくると、川が氾濫することはなくなった。隣国においても、その恩恵は明らかだった。砦よりも南側、アトーネ川が西側の国を流れる地域では、作物が流されることが無くなり、人々は恵みをもたらす川のそばに定住することができるようになった。川の氾濫で住むところを失った者たちが、再び故郷に戻った。
「当時は戦争となったが。今となれば隣国も納得していることだ。現状、国境に関する争いは起こっていない」
「じゃあ、あの人たちは」
「彼らの目的は土地を取り戻すこと、そしてアトーネ川を彼らにとってのあるべき姿に戻すことだ。……住む場所と信仰とを同時に失ったことは気の毒だが、土地を返して生じる他の被害を思えば、彼らの好きにさせるわけにはいかない」
隣国政府も見解は同じ。今回あえて彼らを殺さずに捕らえたのは、隣国へと送り返し、隣国の手で彼らを裁かせるためだと隊長は言う。砦周辺の土地がこちらの国の領土であること。それを両国ともに認めているという事実を、国内外に広く知らしめるのだ。
「十五番隊でも対処はできるんだが、だいたいいつも追い返す程度で終わってしまっていてね。なかなかこうして大人数を捕らえることができずにいたんだ。アンリがいてくれて助かったよ」
「……もしかして、それを狙って俺をあの砦に?」
「まさか。さすがに彼らがいつ攻めてくるかなんて、わからないからね。偶然だよ」
にっこりと機嫌良く笑う隊長の言葉を、アンリは全く信じる気になれなかった。




