(23)
部屋を出たアンリはその足で、砦の階段を登った。この後すべきことの準備に、砦のできるだけ高い位置、できれば屋根の上に出たかった。
(大人げないことしちゃったかな……)
指揮官の態度が気にくわなかった。だからと言って理由も伝えずに要請を拒否し、からかうように「頑張って」などと言ってしまったのは、やりすぎだったかもしれない。
(でも、大人げないと言ったらあっちも同じようなものだよな)
怒りのために真っ赤になった指揮官の顔を思い出す。自分の思うとおりにならないからと、大声を上げて上級戦闘職員を作戦室から追い出すなど。
思い出すと笑い出しそうでもあるが、同時に怒鳴られたことへの苛立ちも湧いてくる。
(俺はまだ子供だし、大人げなんていらないよな。それに比べればあっちは大人なんだから、もう少し大人らしくしてくれたっていいじゃないか)
アンリの年齢は非公開だから、まさか十五歳の子供だなどとは指揮官も知らなかっただろう。それでも顔を合わせているのだから、アンリが若いことはわかるはずだ。
アンリがどんなに我儘に振る舞おうと、若気の至りと思って鷹揚に接するのが、できる大人というものではないか。彼のように相手が若いからと侮るのは、できない大人のやることだ。
(……まあ、それにしても。理由の説明もなしに協力要請を断られたら、誰だって怒るか)
指揮官への腹立ちと自己嫌悪との間を行ったり来たりしながら、アンリはせっせと階段を登り、上へ上へと向かった。
アンリのもとに待ち焦がれた連絡が入ったのは、ちょうど砦の最上階に到達したときだった。
『アンリ、待たせてすまなかった』
「遅いですよ、隊長」
文句を言いながら、アンリは外へ通じる窓を探す。屋上の見張り台に向かっても良かったのだが、警戒にあたる他の職員たちを驚かせたくはない。隠蔽魔法で姿を隠して、こっそりてっぺんへ上るつもりだ。
『お前が無駄に指揮官を怒らせるようなことを言うからだろう。十五番隊から抗議が入って、対応に時間を取られた』
「抗議なんて無視すればいいのに」
そうもいかない、という隊長の苦い声を聞く頃には、アンリはちょうど外へと出られそうな窓を発見していた。窓枠に足をかけつつ話を本題に戻す。
「それで、俺の戦闘は許可してもらえるんですか?」
アンリが心待ちにしていたのは、隊長か、あるいは他の上級戦闘職員からの戦闘許可だった。
魔法力の強さで特例的に今の地位にいるアンリだが、上級魔法戦闘職員であれば通常認められる種々の権限に制限がある。そのひとつが、対集団戦闘に関する決定権。
敵が集団である場合、アンリは他の上級戦闘職員からの許可を待たなければ、攻撃行為を行うことができない。許されているのは、自衛のための行動だけだ。
アンリがまだ子供だからこその制限だ。都合の良いときだけ子供扱いして……と腹立たしく思うこともあるが、おおむねアンリも納得はしている。大きな戦闘について若いアンリの判断に任せないこと。そこには若い判断力を信用していないという理由以上に、まだ若いアンリに責任が降りかかるのを防ぐという目的がある。
周りの心遣いを無下にするつもりは、アンリにはない。
アンリに戦闘許可を出せるのは、上級戦闘職員のみ。だからこそアンリはここの指揮官の要請に、すぐに応じることができなかった。
『敵に対する攻撃を許可する。だが、相手は殺すな。全員捕虜にしたい』
「そんな無茶な……いえ、頑張ります」
文句を言いかけたアンリだったが、隊長が思った以上に真剣な様子であることを感じてすぐに言葉を切り替えた。
「殺さないのと逃さないのと、どっちを優先します?」
全員を捕虜にしたい。それは誰も逃すなという命令だ。しかし殺さなければ逃げられる、そんな状況ではどうするか。アンリの問いを予想していたように、隊長は迷いなく答える。
『そうなったら殺していい。アンリの力を見た奴に逃げられたら困るからな。……まあ、そんな状況にはならないだろうさ』
「わかりました」
通信魔法を切りつつアンリは窓から外へ身を躍らせた。すぐに飛翔魔法を使って、砦の屋根の一番高いところへ飛び上がる。もちろん、隠蔽魔法で敵味方から姿を隠すことも忘れない。
砦の頂上へと辿り着いたアンリは、そこから西側、どうやら戦闘が繰り広げられているらしい範囲を広く見渡した。
アンリの視界で言うと左側、砦の南方が濃く煙っている。先程の爆発によるものだろう。砦の結界魔法を破るための爆発だろうと思っていたが、どうやら単なる陽動のようだった。爆発地点の周囲に敵は見当たらない。
残念ながら、敵の陽動は成功しているようだ。砦の南側には非戦闘職員たちが避難のために集まる部屋があった。もちろん爆発は結界の外であり、職員たちに怪我はない。
しかしパニックに陥った職員たちは浮き足立って、ばらばらに逃げ出そうとしている。それをなんとか留めようとその場の戦闘職員たちが忙しく立ち回り、そして攻撃を受けた箇所への応援として、他の場所からも戦闘職員が集まっている。
その様子を、アンリは感知魔法によって、全て目で見るように理解していた。
(……砦の防御としては良い動きとは言えないけれど。でも、あれだけ戦闘職員が集まっていれば事務職員さんたちが怪我をすることはないだろうし。結果的には悪くない)
どうせ攻撃も防御も全てアンリでまかなえるのだ。他の戦闘職員たちにはせめて、非戦闘職員たちを守り、落ち着かせる役を担ってほしい。
(さて、それで敵の本隊は……真西か)
攻撃のあった南側とは正反対の北側にでも行くかと思っていたが。さすがにそこまで離れると陽動のための大規模爆発魔法を起動できなかったのだろう。
(二十三人……いや、北にさらに五人?)
感知が遅れたのは、北側から近寄る影が隠蔽魔法を使っていたからだ。アンリほど高度な隠蔽ではないが、アンリの感知魔法にかかりにくくなる程度には熟練している。
(ということは、西の一団も囮か。でも囮にしては戦力もあるようだし、無視はできない)
アンリは西から迫る敵に、そっと左手を向ける。北から迫る五人には右手を。
(同時に仕留めよう。通信魔法だとかで攻撃を悟られたらやっかいだし)
方針を決めると、アンリはそのまま両手から、それぞれ敵に向けて魔法を飛ばす。どちらも同じ魔法だ。音と光を遮る結界魔法で、敵をまとめて覆う。何も聞こえない暗闇の中で、しばらく恐怖に震えれば良い。
アンリが予想したとおり、西側正面から迫っていた一団は、この魔法に簡単にひっかかってくれた。二十三人がまとめて一つの黒い箱の中に収まり、中で何もできずに右往左往している。中で魔法の使えない特殊な結界を張ったので、魔法で破られることはない。さらに言えばかなり強固なので、物理的に破るのも、爆発物でも使わない限り不可能だろう。そして彼らがそんな武器を所持していないことは、感知魔法で確かめてある。
予想外だったのは、北側の、隠蔽魔法に長けた方の小集団だ。
アンリは彼らがアンリの魔法を避けることを予想していた。どう逃げたらどう対処するか、そのパターンを十数通りは頭の中に思い描いていた。
それなのに彼らは、あっさりとアンリの魔法にひっかかってしまったのだ。
たしかに、西の一団よりは優秀だった。アンリの結界魔法が発動するまで気付きもしなかった西側の集団に比べて、彼らは結界魔法の発動の一瞬前にはそれに気付いて、逃れようと散開する気配を見せた。しかし一瞬前ではとうてい間に合わず、結局は結界魔法に捕らわれたのだ。結果は西の一団と大差ない。捕らわれたが最後、この結界魔法を破ることは難しい。
(弱いな……どこかほかに、本命の攻撃手がいるのか?)
拍子抜けしたアンリだが、油断はせず、むしろ警戒を強めた。感知魔法をやや強め、さらに範囲を広げて展開する。味方の動き、敵の動き、森の中の動植物の動き。全て捉えて、ほかに隠れた敵を探る。
そこまでしても、ほかに敵は見つからなかった。




