(20)
集中して訓練した甲斐あって、魔法研究部のメンバーは全員が氷魔法の使用に成功していた。魔法の精度はまちまちだが、学年末の魔法力検査で必要になるのは「できる」か「できない」かの二択であり、どんなに出来が悪くても「できる」であれば支障はない。
そういうわけでとりあえず氷魔法が成功したところで、次は全員で火炎魔法の訓練をということになった。
アンリは先日マリアに説明したのと同じように、指先に火を灯して温度を上げ、火炎魔法を実演する。
「えっ無理だろ!? そんな温度上げてって、はいここから火炎魔法、なんてわかんねえよ!?」
と、これはハーツの言葉。
「大丈夫、慣れればわかるようになるよ。それに、今回は別に自分で見定めなくてもいいんだ。一回でも規定の温度に届けば『できた』ことになるから」
温度は俺かトウリ先生が測るから大丈夫、というアンリの言葉に、ハーツのみならず全員が安堵の表情を見せた。一方でトウリは苦笑する。
「気持ちが良いくらいに狡賢い検査対策だな……わかっちゃいると思うが、本来大切なのは炎の温度を自分で理解して高温に保つことと、それを自在に操ることだ。高音になればそりゃあ火炎魔法が出来るという判定にはなるが、それで扱えるなんて思い上がるなよ」
トウリの慎重な戒めの言葉に全員が素直に頷いてから、訓練が開始となった。
ところで火炎魔法の訓練を始めるにあたり、残念ながらアンリとアイラの模擬戦闘訓練は中止となった。部活動のほぼ全員で火炎魔法の訓練をするのだ。いざというときに消火に当たれるよう手を空けておけと、トウリがアンリに指示したのだ。
相手がアイラ程度であれば、模擬戦闘中であろうと周囲の危機を見逃すことはない……そう反論しようとしたアンリだったが、流石にアイラに対して失礼な物言いになることを自覚して口をつぐんだ。
横目でアイラの様子をうかがう。「仕方ありませんわね」と上品に納得して一人で訓練することに同意したアイラに、アンリの考えがばれている様子はなさそうだ。
機嫌を損ねた様子もないアイラの態度を見て、アンリは下手なことを口にしなくてよかったと安堵した。
指を燃やしそうになったハーツの魔法の消火を五回、ギリギリ火炎魔法に到達するか否かの瀬戸際を彷徨うイルマークの魔法に付き添うことしばらく、その他の面々の魔法の消火をそれぞれ一回ずつ程度。
あちらで口を出し、こちらで手を出し、そちらで魔法を出し。アンリにとっては実に忙しい訓練日となった。
「良かったわね。模擬戦闘を無しにして」
訓練後、今日はずっと一人で自分の魔法と向き合っていたアイラが、疲れた顔をしたアンリを見て言った。
「どうせアンリは私との模擬戦闘くらい、他の皆の面倒を見ながらでもできると思っていたんでしょうけれど。その様子では、きっと難しかったのではないかしら」
「そんなことはないよ。ちょっと気持ちが疲れただけで、魔力にも体力にも余裕は……って、あ」
しまった。せっかく口に出さず済ませていた考えを、うっかり簡単に認めてしまった。魔力と体力に余裕があるのは本当だが、精神的には相当疲れているのかもしれない。
そんなアンリをじろりと睨んだアイラは「やっぱりね」と低い声で言う。
「皆が火炎魔法の訓練に移ることなんて、前回からわかっていたことよ。それなのに今日訓練を始めるまで、私との模擬戦闘をどうするかっていう話がなかったのだもの。きっと私との模擬戦闘なんて、片手間でできるとしか思っていないんでしょう」
「い、いや、そういうわけじゃ」
本当はアイラの言うとおりなのだが、もちろん「はい、そうです」などと認めてはならない。
そのうえアンリは、実のところ自分の考えが甘かったことをひしひしと感じていた。アイラとの模擬戦闘ができなかったとは言わない。しかし、もしもやっていたとしたら、かなりしんどかっただろう。
アンリは火炎魔法訓練の大変さを甘く見ていた。元々は、模擬戦闘をしながら周囲の危険に気を配り、危険があれば手を出せば良いとばかり思っていた。ところが蓋を開けてみれば、危険がないときの方が少なかったのだ。危険への対処が重なれば、アイラとの模擬戦闘はおざなりになっていただろう。
つまりアンリが思った以上に、皆が火炎魔法に苦戦していたということだ。
しかしこれも口に出してはいけないことだとアンリは理解している。ここまで出来ればあと少しだよ、と褒めて伸ばす訓練を心がけているのだ。思ったより出来が悪い、などとは口が裂けても言えない。
何とも話を続けられないアンリは、意識的に話題を逸らした。
「あんまり見てなかったけど、アイラは何してたの?」
「……魔法の早撃ちの訓練をしていたわ。見られても良いものだけ練習していたのだけれど、見ていなかったのならほかの訓練もすれば良かったわね」
「ほかのって?」
「言ったら意味がないでしょう。本番でのお楽しみよ」
どうやらアイラは、アンリに勝つための作戦をなにか隠しているらしい。
今日の訓練で模擬戦闘を行わなかったことは、アイラにとって悪いことでもなかったようだ。訓練後、校舎出口へと向かう廊下を歩きながら、アイラは安堵の息をつきながら言った。
「模擬戦闘の結果は魔法の成績に反映されるわ。たとえ部活動中に行ったものでも。それが自分の実力とはいえ、あまり何度も負けたくはないわね」
中等科学園では、教師の立会いがなければ模擬戦闘は認められない。立ち会った教師は戦闘内容を講評するが、その内容によって、魔法学の成績が加点されたり減点されたりするらしい。必ずしも勝ちが加点、負けが減点というわけではないものの、負けるということは、自分の魔法技術力を示せなかったということだ。加点よりも、減点となることが容易に想像できる。
模擬戦闘が成績に関わるという話はアンリも知っている。しかし、部活動内の模擬戦闘まで同じだということを、アンリはこのとき初めて知った。
「それじゃあ、魔法戦闘部って……」
「魔法に自信のある人には良いでしょうね、成績を上げるチャンスだわ。でも全員に勝てるほどの強者でもない限り、普通は勝ったり負けたりするものだから、結局のところは魔法戦闘部に入ったからといって、そんなに成績が変わるものでもないと思うわ」
なんだ、そうか……とアンリは肩を落としかけ、それからはたと気がついた。普通は勝ったり負けたりするものだ。しかしアンリなら、勝ちっ放しもできるのではないか? 模擬戦闘を繰り返すだけで成績が上がるのは、アンリにとって好都合ではないか?
「……一応、言っておくけれど」
アンリの考えがおかしな方向に進んでいるのを察知したのか、アイラが眉を顰めて早口に言った。
「模擬戦闘が影響するのは、魔法学の成績だけよ。魔法知識で元々良い成績を取っているのであれば、模擬戦闘で点数を稼いでもまったく意味はないわ」
アンリは今度こそ、大きく肩を落とした。
アンリが上げたいのは一般教養の成績だ。魔法学の成績など、何の心配もしていない。




