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 部屋に戻ったアンリはウィルの鋭い視線に促され、風呂までの短い時間だけ教本を開いて机に向かった。その横でウィルは、バケツの上で水球を浮かべる簡単な魔法訓練に勤しんでいる。どんなに簡単でもそっちをやりたい……とアンリは思ったものの、ウィルからどう咎められるか見当もつかないので、口には出さなかった。


 やがて風呂の時間になって、ようやく机から解放される。


「ウィルは魔法研究部がなくなったら、その後のことは何か考えてる?」


 自由に話ができるようになって、アンリは思いついたことをそのままウィルに尋ねた。トウリに来年の計画があったように、ウィルにも実は何か考えがあるのでは、と不安に思ったのだ。


「来年のこと? うーん、いくつか他の部活動を見学してみようかとは思っているけど」


「魔法の?」


「うん、魔法力をつけたいから。……アンリは? 何か考えているの?」


 問い返されて、アンリは少しだけ答えに迷う。


 少し前、まだ魔法研究部の今後について何の話も出ていなかった頃。自分勝手に話を進めたことをウィルからずいぶん叱られた。そのころサニアに誘われて部活動の見学などしたわけだが、ウィルの気を害してはならないと、これまでアンリはそのときのことを詳しくウィルに伝えていなかった。


 話すなら今だ。アンリは直感する。


「実は、魔法工芸部に興味があるんだ」


「魔法工芸部?」


 先日サニアに誘われた際、魔法戦闘部と魔法工芸部の見学をしたこと。そのときには断ったが、魔法工芸部の活動にかなり興味を覚えたこと。交流大会で見かけた工芸品を見せてもらって、自分もこういうものを作りたいと、強く思ったこと。


 矢継ぎ早に語るアンリを前にして、ウィルは呆気にとられた様子で黙り込んだ。


「俺はよく魔法器具を作るから、魔力石も色々見たことがあるけど。それをうまく使えばあんなに綺麗なものがつくれるんだと思って。感動したんだ」


「そんなに良かったんだ」


「うん、ウィルにも見せたいな。魔力石って物によって色が違うし、魔力を流すとまた色が変わるんだよ。どう見えるかをちゃんと考えて、使う石を決めたんだろうな」


 魔法工芸部の見学で、先輩のキャロルが見せてくれたランプを思い出す。これまで自分の扱ってきた無骨な魔法器具とは全く質を異にする、美しい魔法技術の使い方。贅沢に、それでいてさりげなく、見る者を喜ばせるためだけに散りばめられた技術力。


 もともとアンリは、魔法器具や工芸品の見た目にそれほど心を配っていたわけではない。むしろ機能を重視して、見た目は二の次どころか、どうでも良いとさえ思っていた。そんなアンリのスタンスを根本から覆すほどに、キャロルのつくったランプは素晴らしかった。


 アンリが魔法器具を作る際によく協力してくれる防衛局研究部のミルナは、常日頃から、魔法器具にもファッション性が必要だと強く訴えている。気に留めたことのなかったその主張に、アンリは今なら強く同意できるような気がしていた。


「よっぽど気に入ったんだね。そのランプも、魔法工芸部も」


 熱く語るアンリに、ウィルは控えめながら相槌を打つように話に応じた。ウィルの呆れた様子に気づき、アンリは慌てて声の調子を落とす。


「……ごめん。すごく感動したから、思い出したらつい熱くなっちゃった」


「いや。それくらい良かったってことだろ。よかったじゃないか、来年やりたいことが見つかって」


 アンリが落ち着きを取り戻したことに安心した様子を見せながら、ウィルは微笑んで言った。ウィルの許しを得たように思えて、アンリは心からほっとした。


「うん。ありがとう、ウィル。魔法工芸部のことはもう少し考えてみるよ。キャロルさんのつくったものには興味があるけど、だからって魔法工芸部に入るのがいいとは限らないし。また見学させてもらおうかな」


「アンリにしては慎重だね。てっきりもう決めているんだと思っていた」


 先程とは別の意味で呆れた様子を見せたウィルに、アンリは慌てて首を振る。


「いや、決心はしていない……というか、見学した頃は魔法研究部のことがまだ決まっていなくて、断ることばかり考えていたし。それに今は試験前だし忙しいから、あまり考えないようにしていたんだ」


「ああ、そっか。僕の言ったことを気にしていたんだね、ごめん」


「いや、それだけじゃなくて」


 たしかにウィルに咎められ、いったん来年のことから考えを逸らすようにしていた。しかしアンリが魔法工芸部のことを考えないようにしていたのは、なにもそれだけが理由ではない。


 ちょっと恥ずかしい話なんだけど、とアンリは視線を逸らしながら口を開く。


「昔からそうなんだ。任務で忙しいときに限って面白い魔法器具を思いついたり、複雑な魔法を試してみたくなったり。でも、そういうときの思いつきって、後から見直すとろくなものじゃないんだ。だから、試験勉強とかが全部終わって、冷静になってからもう一度ちゃんと考えようと思って」


 長々と、つまらない説明をしてしまった。


 そう後悔しながらウィルに視線を戻すと、彼は驚いた様子で目をまん丸にしていた。うんざりと面白くない顔をされるものとばかり思っていたアンリは、意外な反応に首を傾げる。


「ウィル?」


「えっ? あ、ああ、ごめん」


 アンリの声かけに慌てて居住まいを正したウィルは、そのまま言い訳するように口走った。


「魔法以外でアンリがまともなこと言っているのを、初めて聞いた気がして。ちょっとびっくりした」


 相当驚き、あるいは慌てていたのだろう。誤魔化すことも言葉を選ぶこともせずに、わかりやすく失礼な物言いをするのは、ウィルにしては珍しい。


 そんなことに一瞬感心したアンリだったが、すぐにその言葉が自分に向けられたものであることを思い出すと、その後しばらくは口を尖らせ、ウィルの謝罪も聞こえないふりをしたのだった。





 アンリが多少機嫌を直してウィルとの会話に応じるようになったのは、風呂から部屋に戻り、そろそろベッドに入ろうかという頃合いだった。


「魔法戦闘部?」


「うん。アンリは見学に行ったんだろ? どう思った?」


 話に応じる気になったのは、魔法の話題だったからだ。単純だな……とアンリは自分で呆れたが、幸いウィルがそれを気にする様子はなかった。気にしないフリをしてくれているだけかもしれないが。


「面白そうだったよ。毎週魔法で模擬戦闘をしているんだって。ウィルも、ああいうところに入ったら楽しいんじゃないかな」


「アンリは?」


「俺は駄目。あんなところに入ったら、戦闘力を隠しきれない」


 相手がいくら弱かろうと、どんなに魔法が拙かろうと。毎週模擬戦闘を繰り返せば、どこかでヒヤリとする場面は出てくるはずだ。そんなときに、ムキにならずに冷静に負けてやる自信がアンリにはない。つまり、ある程度の魔法力を皆の前で示してしまうということだ。


 これまでアンリはどうせ知られているのだからと、トウリにも魔法研究部の面々にも甘えて自重せずに過ごしてきた。けれど、別の部活動に入るのなら、そうはいかない。


「でも、ウィルにはいいんじゃないかな。普段の訓練の成果を試せるよ」


 魔法研究部での訓練のほかに、ウィルは毎日部屋でバケツに水を浮かべる訓練をしている。たまに魔法研究部の皆で出掛けるのとは別に、ウィルだけ連れて外の森に出掛けることもある。そうした訓練の成果を試す場として、魔法戦闘部はちょうど良い。


「うーん……でも、つまらなそうだなあ」


「なんで?」


「だってアンリは入らないんだろ? アンリの魔法に慣れると、ほかの魔法戦闘がつまらなく感じるんだよ」


 アンリがいないとつまらない。そう言われて、アンリは思いの外気分が良くなった。


 しかしすぐに、それではウィルのためにならないと気付く。


「駄目だよ、ウィル。俺の戦い方って割とめちゃくちゃだから。先輩たちの、普通の魔法戦闘を見て勉強した方がいい」


「いや、アンリの戦闘を見て勉強しようだなんて思っていないから」


 即座に切り捨てられて、アンリは喜べばいいのか悲しめばいいのか一瞬迷った。そんなアンリに、ウィルは苦笑を向ける。


「勉強とかじゃなくて、単純にアンリの戦闘は面白いんだよ。めちゃくちゃだからこそね。……でも、僕は自分の魔法力を鍛えたいんだから、そんなこと言ってもいられないよね」


 アンリが良いと言うのなら、来年は魔法戦闘部も考えてみようかなとウィルは明るく言った。しかしすぐに「ああ、でも」と口ごもる。


「試験前の考えって、あてにならないからね。試験が終わってから、また改めて考えよう」


 アンリの意見を尊重したウィルの言葉に、アンリは苦い顔をしながらも頷いた。

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