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 部活動のないある日、アンリは授業後にトウリから呼び出されていた。


「ええっと。再面談って、よくあることなんですか?」


 授業中の態度の説教ではなく、先日の面談で話しきれなかったことを話すだけ。トウリからは事前にそのように聞いている。しかし、アンリは内心で警戒していた。そもそも今の時期に二度も面談をしたという話を、アンリは友人たちの誰からも聞いたことがない。


「一度面談を終えた後に改めて、というのはあまりやらないな」


 再面談が特殊であるということは、トウリの口からあっさりと明かされた。


「だが必要だからやるんだ。実は、お前の保護者から相談があってな」


「保護者?」


 心当たりがなくてアンリは首を捻った。保護者と言えば普通は親のことを指すのだろうが、アンリに親はいない。入学のときの書類には、保護者として孤児院のサリー院長が署名してくれていたはずだ。しかし彼女がいったいアンリの何を心配して、今このタイミングでトウリに連絡をするというのか。


 そこまで考えてから、アンリはあっと声をあげた。保護者として署名したのは、サリー院長だけではない。もう一人、署名した人がいる。


「隊長ですか」


「そうだ。なんでも、お前が成績のことに一切興味を示さないというので心配しているらしい」


 アンリは恥ずかしさに視線を落とす。少し質問しただけのことを、なぜ隊長はトウリにまで話したのか。従前からの知り合いだからと言って、気安すぎはしないか。


 そもそも、隊長が本気で保護者としての権利を行使するとは思ってもいなかった。隊長の行動を意外に思ったのは、トウリも同じだったらしい。


「あいつが保護者というのは形式的なものかと思っていたが。案外、真面目に心配しているらしいな」


「……形式的なものですよ、本来は」


 隊長が保護者として署名するのは、アンリだけではない。


 アンリが育ったのは、防衛局附属の孤児院だ。身寄りが無い子供の保護者欄には孤児院の院長と、防衛局の上層部の誰かが署名する。一番隊の隊長が署名するのもよくあることで、アンリの保護者として隊長が署名したのも、一番隊のよしみではなく単なる偶然だ。


 そして当然のごとく、実質的に保護者としての役を果たすのは院長。もう一人はいわば、名前だけの保護者だ。誰が署名をしようと、どんな子供であろうと、これまでずっとそうしてきたはずだ。


 そんな形式的な立場を、こんなふうに利用されるとは。


「まあとにかく、あいつの心配ももっともではあるからな」


「……そんなに俺の成績、ダメですか」


「成績の良し悪しじゃない。それに対するお前の意識のことを言っている」


 成績に対する意識……言われたことを頭の中で繰り返しながら、アンリは考える。このタイミングで隊長がトウリに何かしら相談したのだ。十中八九、先日、成績がどうのと尋ねた際の話がきっかけだろう。


 あのときは冗談で済んだが、隊長はアンリの常識感覚に、相当の危機感を覚えたらしい。


「実際のところ、成績の良し悪しをどう捉えるかは本人次第だ。普通であれば俺が口を出すようなことではない。……が、お前の場合はそれが授業態度にまで滲み出ているからな。十分に指導の対象だ」


「そんなに俺の授業態度って悪いですか」


 アンリの言葉に、トウリはぐっと眉を寄せた。どうやら聞き返してはならないほど、アンリの態度はあからさまによろしくないらしい。


「……たしかに、魔法学と数学、構造学の授業態度は、取り立てて言うほど悪くはない」


 トウリは苛立ちを抑えるように顔に手をやり、眉間の皺を揉みほぐしながらゆっくりと言った。


「だが、そのほかが駄目だ。興味を持つ分野が狭すぎるんだよ、お前は。もう少し視野を広く持て」


 そう言われても、とアンリは困って眉を歪めた。他の科目といえば社会学や歴史学、地理学などのことだろう。数学や構造学なら魔法学に関わりがあるため興味も持てるが、他の科目に、いったいどうやって興味を抱けと言うのか。


 アンリの困り顔を見て、トウリは深いため息をついた。


「……興味を持つのが無理なら、せめて授業態度を改善しろ。試験で高い点数を取れば良いというものでもない」


「はあ」


 そもそも試験で高得点を狙う自信すらないアンリは、曖昧に頷くしかない。その反応が、トウリには不満だったのだろう。再び眉間に皺を寄せ、低い声で言う。


「いいか、アンリ。学校の成績というのは、試験の成績だけで決まるわけではないんだ。学業への関心、態度、努力の程度を総合的に測っている。なぜかわかるか」


 アンリは静かに首を横に振る。余計な口出しをしてトウリの怒りに油を注ぎたくは無かったし、問いに対する答えもわからない。


「戦闘職員でもそうだろう。強さだけがあっても、上級戦闘職員にはなれない。任務への誠実さや統率力の高さ、協調性なんかを総合して、相応しい人間が上級戦闘職員になる」


 なるほどこの話はわかりやすい。アンリは深く頷いた。要は、魔法だけできても性格に難があれば、防衛局において組織の上位にはなれないということだ。魔法の出来が度を越しているアンリは例外として上級戦闘職員とされているが、他に同様の例はない。


 組織の上に立つ人間として、力が強いだけでは不十分なのだ。


「成績っていうのも、似たようなものだ。試験の出来が良いというだけでなく、どれだけその科目に対して真摯に向き合えるかを見ている」


「……でも、興味のない科目に真摯に向き合うなんて無理ですよ。興味ないんだから。成績だって、別に良くしたいとは思わないし」


 強いて言うなら隊長に心配されず、院長先生に怒られないくらいの成績は取りたいが。それ以上の興味は、成績に対しても抱くことはできない。


 不貞腐れたようなアンリの言葉に、トウリは腕を組んで唸った。


「普通なら、良い成績を取ることで進学や就職に有利に働く、と説得するところなんだがな。お前の場合は防衛局の戦闘職員という地位があるから、進学にも就職にも興味は無いだろう」


 だが、とトウリは言葉を強める。


「なぜ良い成績を取ることが就職を有利にするかを考えろ。別に防衛局で働き始めるにあたって、中等科学園で学んだ知識の全てが必要だというわけじゃない。それよりも、良い成績を取るために努力してきた人間だということが信用に繋がるんだ。わかるか?」


 アンリは頷くことも否定することもしなかった。言いたいことはわかる。何事にも努力ができる人間というのは、それだけ人として出来ているということだ。成績がその指標になるというのも、きっとその通りなのだろう。


 しかし、だからと言ってアンリにどうしろというのか? 


 アンリの心中の疑問に答えるように、トウリは続ける。


「興味のないものに興味を持てというのは難しいかもしれない。だがせめて、興味がないものにも真面目に取り組んでみせろ。そうすることが、お前を信用に足る人間にするんだ」


 なるほど、とアンリは今度こそ素直に頷いた。興味を持てと言われても、心の持ちようを簡単に変えることはできない。しかし、周囲から信用される人間になるには何事にも真摯に取り組むべきだと言われれば。


 純粋な魔法力だけなら、アンリはとうに隊長の力を越えている。それでもアンリが一番隊の隊長にならないのは年齢のためだと、隊長はいつも言っている。しかし、年齢だけではない。今のままでは一生かけても隊長になどなれはしないと、アンリは直感で理解していた。


 隊長になりたいわけではないが、「ならない」のと「なれない」のとは違う。隊長にもなれるほどの人格者。周囲から信用される人。それはアンリにとって、目指すべき姿だ。


 そしてそのために必要なのだとすれば。成績を上げること……もとい、良い成績に繋がるよう努力することは、やっておくべきことだった。


「……今からでも間に合いますか」


「今年はもう残りわずかだ。今から優等生になったところで、一年の成績なんてそうは変わらないだろう。だが今から意識を変えれば、二年以降に繋がる。四年まであるんだ、今から始めても遅いということはない」


 態度の変わったアンリに対し、トウリはほっとした様子で表情を緩めた。それでも、気休めは言わない。


 アンリは内心で落ち込みながら、「わかりました」とはっきり頷いた。

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