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 氷魔法や火炎魔法などお手の物。同学年では並ぶ者もなく、来年も一組在籍は間違いなし。


 そんなアイラには、皆と同じ訓練などもちろん不要だった。必要なのは、アンリに勝つための訓練メニュー。


「うーん。なんで俺が訓練メニューを立てるのかな」


「そういう約束でしょう。ぐだぐだ言わないでちょうだい」


 事ここに至って未だにため息をついているアンリに対し、教わる立場のはずのアイラが強気に言った。たしかに元々の約束ではあるので仕方ない。アンリも覚悟を決めて、周囲に防護壁に代わる結界を張る。


「アイラは初歩的な魔法を覚える段階じゃないからね。実戦で足りない部分を探して、それを補完していけばいいんじゃないかと思って」


「メニューに模擬戦闘って書いてあったわね」


 アイラはアンリの渡した訓練メニューにしっかり目を通してきたようだ。話が早い。


「そう。でも、最後に約束しているのと同じ模擬戦闘を今やったらつまらないだろ。魔法戦闘部の見学に行ったときにやっていたやつがちょうど良いと思うんだ」


「攻撃と守備に分かれるやつかしら」


「そう、それ。アイラが攻撃で、俺が守備」


 剣技や体技をつかわず、純粋に魔法のみで行う模擬戦闘。攻撃側の仕掛ける魔法攻撃を、守備側は魔法で防ぐ。五回の攻撃で守備の守りを破ることができれば攻撃側の勝ち、防ぎきれば守備側の勝ちだ。


「アンリに魔法の制限は?」


「特に何も。まあ、アイラが勝つなんて百に一つも無いと思っていいよ。でも、千に一つは勝てるかもしれないし、頑張って」


 目的はアイラの弱点を探すことなのだ。この模擬戦闘で、ハンデを設ける必要は無い。


「……いいわ。始めましょう」


 アンリの意図を理解しているのか、あるいはアンリの言葉を挑発と受け取ってやる気を出したのか。


 どちらにせよアンリにとっては意外なことに、アイラはそれ以上疑問も文句も差し挟まなかった。アイラの体内で、攻撃魔法のための魔力が膨らむ。もう始める気か、と慌ててアンリは入口付近で訓練室全体に目を遣っていたトウリを呼んだ。どんな形式にせよ、模擬戦闘をするには教員の立会が必要だ。





 やや特殊な模擬戦闘のルールを説明すると、トウリはすぐに理解して頷いた。攻守を分けての模擬戦闘は、アンリが知らなかっただけで、どうやら中等科学園ではそれなりに浸透した訓練の方式らしい。


「防衛局の訓練は実戦重視だからあまりやらないが、中等科学園ではよくある方法だ。戦闘技術ではなく、純粋な魔法技術を競うための形式だな」


 たしかに中等科学園で磨くべきは魔法の技術であって、戦闘技術は本来必要ない。だからこその、魔法の技術を競うための試合形式らしい。模擬戦闘と言うよりも、技比べと言った方が正確だ。


 それでも一応「模擬戦闘」の名を冠しているのは、教員立会のもとで実施するという原則を守らせて、安全を担保するためだろう。戦闘形式でなくても、魔法に関わる限り事故は起こり得る。


「もちろん通常の模擬戦闘と同じで、相手に大きな怪我を負わせることは厳禁だ。いいな」


 アンリとアイラが頷くのを見て、トウリが試合開始の合図を出した。


 直後、アイラが大きな炎をアンリに向けて飛ばす。まずは小手調べということなのかもしれないが、アンリにとってはつまらない攻撃だ。風魔法で炎を散らす。


 間髪入れず、アイラは氷の塊をアンリに向けて伸ばした。弾を飛ばすのではなく、アイラの手元から槍のように氷が伸びてくる。アンリは右手を突き出してそれを受け止めた。手の前に火炎魔法で高温の空間を作り出したため、氷の槍は、アンリの手に届く前に溶け落ちる。


 同時にアンリは振り向きもせずに、自分の背中側に土で壁を築く。アンリに迫っていた風の刃が、土の壁に突き刺さった。もちろん、アンリには届かない。


 攻撃に使える魔法は残り二発。アイラはいったん間を置いて、攻め方を考えることにしたようだ。攻撃が止み、一瞬の静寂が訪れる。


 静寂を破ったのは、アンリの動きだった。


 落ち着いた動きで床から跳び上がり、空中で静止する。直後に、アンリの立っていた床がミシミシと音を立てて震えた。土魔法の応用で、地面を揺らしたようだ。


 そういえば負けの条件を確認しなかったが、アイラの魔法が届いたら負けという判断になるのだろうか。倒れず攻撃魔法に耐え切ったとしても? アンリがふと頭を悩ませた隙に、アイラから鋭い炎と雷がアンリに向かって飛んだ。


 考え事の最中であっても、アンリの対応は冷静だ。周囲に張った結界魔法と同じものを自分の周りに形成し、アイラの魔法を受け止める。


 五回の魔法攻撃が終了。最後の炎と雷を二回と数えるとアイラは六回攻撃したことになるが、細かいことを言うつもりはない。重魔法を使おうとして、失敗しただけだろう。


 アンリの勝利を簡単に告げるトウリの言葉を待って、アンリはふわりと床に降り立った。





「まず、一般的な不意打ちは俺には効かないよ」


 模擬戦闘が終われば反省会だ。


 訓練室の隅で、アンリはアイラと向かい合っていた。トウリは火炎魔法の練習をしているマリアの面倒を見に行ったので、この場はアンリとアイラの二人きりだ。


 アイラの手には、どこから取り出したのか、ノートとペンが握られていた。真剣に耳を傾ける真面目なアイラの様子に、アンリはやや気恥ずかしさを感じて目を逸らしながら話す。


「風魔法で背後から攻撃とか、魔法の発動動作を見せないようにして土魔法で地震を起こすとか。どっちも、普通の学園生相手なら通じるんだろうけど。俺は魔法を目で見るんじゃなくて、魔力を肌で感じて対処しているから。見えない場所からの攻撃だからといって、不意打ちにはならない」


「……それでも真正面より反応が遅れる、ということはないの?」


「ないね。魔法に関していえば、俺はむしろ目で見る習慣がないから。正面だろうと後ろだろうと、同じように感じる」


 アイラは疑わしげにアンリを睨むが、疑われたところでアンリには痛くも痒くもない。嘘をついているわけではないのだから。見た目ではなく、隠蔽魔法か何かで魔法の存在を隠すくらいのことをしてもらわなければ、アンリの感覚を誤魔化すことはできない。


「アイラも魔力を感じ取る力は強いだろ? 目で見るより肌で感じる習慣をつけた方が、今後のためにはなると思うよ。まあ、さすがにひと月後の模擬戦闘に間に合うとは思えないけど」


「……参考にするわ」


「うん。あ、でも最後の魔法のタイミングは良かったと思う。俺がちょっと隙を見せたところを狙ったんだろ? 魔法を誤魔化すことより、相手の隙を作って狙うことを考えた方がいいと思うよ」


 攻撃の直後に別の方向から攻撃する。大きな音や魔法で注意をひいてから別の魔法で攻撃する。剣や体術による接近戦闘で相手の余裕を奪いつつ魔法で攻撃する。


 実際の戦闘で有効な方法をいくつか例示すると、アイラはその全てをノートにしっかり書き留めた。


「ま、俺だって簡単に引っかかるつもりはないけど。見た目を誤魔化すよりは有効なんじゃないかな」


「そうね。……練習してみるわ」


「あとは……」


 こうしてアンリが二、三点問題を指摘し、訓練の方向性を示してやると、アイラはそれぞれ素直に受け止めた様子で頷いた。彼女はすでに、一つ一つの魔法を覚える段階を超えている。あとは覚えた魔法を実戦でどう使うか。その方向さえ示してやれば、ひと月でも大きく伸びるだろう。


 敵を伸ばしてどうする……と、もはやお決まりの考えが頭の隅によぎる。しかし、今さらどうしようもない。


「アイラは家でも訓練しているんだろ? 部活動では今日みたいに俺と試合って課題を探して、それを家で訓練するってのをひと月続けてみたらどうかな」


「……そうさせてもらうわ。ありがとう」


 まさか、アイラの口からこんなにすんなりと感謝の言葉が出るとは。


 アンリは内心驚いたものだが、それを顔に出してはせっかく素直になったアイラが機嫌を損ねるだろうと思い、あえて何でもない顔をして聞き流すことにした。

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