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 魔法戦闘部が大勢で活動していた訓練室とは正反対に、魔法工芸部の部屋は閑散としていた。広い部屋の中に生徒の姿は二、三人。全員ばらばらに作業台に向かい、自身の作業に没頭している様子だった。


「キャロルー、連れてきたわよー」


 ともすれば遠慮したくなる静寂の中、サニアがためらうことなく声をあげた。その声に反応して、右奥で作業していた女子生徒が顔を上げる。


「あら、サニアさん。いらっしゃい」


「『あら』じゃないわよ。約束していたでしょう、連れてきたわ」


 サニアは呆れた様子で言ったが、言葉を受けた彼女に気にした様子はない。彼女は手元の作業を止めると、ゆったりとした足取りで近寄ってきた。


「そうだったわね。ええと、アンリさんとアイラさんよね」


 キャロル・エスレンジと名乗った彼女は「ようこそいらっしゃいました」と、のんびりした口調でアンリとアイラを出迎えた。そのまま空いている作業机に向かって歩きつつ、歩き方同様にゆったりと言葉を続ける。


「魔法工芸部では、展覧会だとか交流大会のような舞台に向けて、各々自分の作品を仕上げていくの。交流大会が終わったばかりだから、今の時期、作業に来ている部員は少ないのよ。せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね」


「……各自で好きなものを作っているんですか?」


 平然と尋ねたアンリを、隣からアイラが睨んだ。先刻の魔法戦闘部のときのように、質問することで絡まれたらどうするのか……そう伝えたかったのだろうが、アイラの心配は杞憂に終わった。


 キャロルは一瞬アンリに目を向けたが、熱心な勧誘が始まることはなかった。ただ、淡々と説明を続ける。


「そうねえ、展覧会では課題に沿って製作することもあるけれど。たいていは、みんな好き勝手に自由なものを作っているわ」


 ここに座っていて、とアンリとアイラ、サニアに席を勧めながら、キャロル自身は机から離れて壁際の棚へと進んでいく。何かと思って待っていると、彼女は棚からランプを一つ取り出して、机に置いた。


「あ、このランプ。交流大会で売ってたやつ……」


「あら、覚えててくれたの? 嬉しいわあ」


 交流大会で露店巡りをしていたとき。魔法関連の工芸品を扱う店で見つけたランプ。外側に細かく彫られた模様に魔力石が埋め込まれていて、中に明かりを灯すと、模様がきらきらと七色に輝くようになっている。


 実用的ではない。けれど綺麗だ。そう思ったことを、アンリは覚えていた。


「交流大会のときには、明かりも入れていないのにランプの仕掛けに気付いた人がいたと聞いて、ちょっと悔しかったわ」


「ああ、そういえば。火を入れないと見えないようにしてあるんですね」


 彫りに埋め込まれた魔力石は、周囲と同じ系統の色のものを使っている。明かりを灯さなければ輝くことはなく、ちょっと見には、地味な彫りの模様を施した普通のランプにしか見えない。


「そうよ。普通なら、明かりを入れないとわからないはずなの。それなのに君は、どうしてこのランプの仕掛けがわかったの?」


「ええと……魔力石がどう作用するかって想像したから、ですかね」


 魔力石の作用を一目で判別できるほどの、アンリの濃い知識と経験とが根本にある。そのことは、どこまで話して良いのだろうか。中等科学園生として、不自然な水準の話になってしまっていないだろうか。不安に思って横に視線をずらすと、アイラが「私は知らない」と言わんばかりに目を逸らす。ということは、この話はまずいということだ。この辺りで、口を閉ざさなければ……。


 慌てるアンリの様子に、キャロルは小さく微笑んだ。そうして右手の人差し指を立て、その先に、魔法で小さな炎を灯す。


「いいわ。なぜわかるのかは、ひとまず置いておきましょう。ランプの輝きがアンリさんの思う通りかどうか、確かめてみて」


 キャロルが指先の火を、ランプの内に差し入れる。明るい教室の中ではあるが、ランプの彫りから漂う輝きは昼間の明るさとは別に、アンリたちの周りを七色に飾った。


 想像していたのと同じ色。同じ光度、同じ輝き。けれど実際に灯したランプの美しさは、思い描いた光景とは比べものにならなかった。


「どう?」


「……綺麗、です。とても」


「そう。よかった」


 にっこり笑ったキャロルが右手をくいっと捻ると、ランプの中の灯火がさっと消えた。まるで束の間の夢。アンリが名残惜しくランプを見つめていると、そのランプさえ、キャロルはすぐに取り上げてしまった。


「片付けるわ。ご鑑賞いただいて、どうもありがとう」


 灯火を消し、無造作に棚へ片付けるまで。全てがランプを美しく見せるための演出のようにアンリには思われた。


「……と、いうわけで」


 だから、戻ってきてキャロルが再び口を開いても、アンリは何を言われるかということに対して、警戒することを忘れていた。


「アンリさんも、こういうものを作ってみたいとは思わない?」


「はい、とても興味が……って、え? あれっ?」


 返事をしかけたところへ突然アイラに強く腕をつままれ、アンリは驚いて言葉を止めた。何をするのか、と抗議の気持ちを込めて彼女を睨もうと振り向くと、むしろ彼女こそ鬼の形相でアンリを睨んでいる。


「アンリ。貴方、今日は話を聞くだけだという約束を忘れたの?」


「あ、ええっと……いや、うん、はい。ほら、興味があるというだけだから、ね?」


「そうやって考え無しに発言するから、事が都合の悪い方へ進んでしまうんでしょう?」


「べ、別に、都合が悪いかどうかはわからないだろっ」


 アンリの言うことにも一理はある。しかしアイラに対抗して負け惜しみのように言うので、説得力は皆無だ。


「まあまあ二人とも。どのみち今日は、話だけという約束だから。ね、キャロルも」


 サニアが仲裁に入ったことで、場はなんとか収まった。にっこり微笑んで頷いたキャロルも「今日はランプを見てもらいたかっただけだから」と、あっさり勧誘から身を引いた。




「ええっと、サニアさん。部活動の話はこれで終わりってことでよかったですか?」


 教室を出て歩き始めたサニアに、アンリは横から控えめに声をかけた。アンリとしてはこのままサニアの足の向くままについていっても良かったのだが、そうしていると、横からのアイラの視線が痛いのだ。


「ええ、これで終わりよ。よければこのあと食堂で、お茶でもおごらせて。そんなに怖い顔をしなくても大丈夫よ、アイラさん。私はどこの部活動にも所属していないし、今日はこれ以上勧誘も頼まれていないから」


 怖い顔、と言われたアイラはさらに口を歪めて顔を背けた。明らかに不機嫌な表情をしているにもかかわらず、相手から指摘をされると気まずいらしい。それなら最初から不機嫌な顔なんて見せなければいいのに、とアンリは思うがもちろん口には出さない。面倒事は避けるに限る。


 食堂でサニアがおごってくれたのは、紅茶とケーキのセットだった。ココアが飲みたいとアンリは思ったが、残念ながら食堂のメニューにココアはない。しかし諦めて選んだチョコレートケーキの仕上げにココアパウダーがかかっているのを見て、アンリは目を輝かせた。


 学園の食堂のケーキなんて……と馬鹿にして、これまで注文したこともなかったが。なかなかどうして、捨てたものではない。


「あら、知らなかった? ここのケーキ、うちの会社が監修しているのよ」


「……知りませんでした。道理で美味しそうなわけで」


 実際おいしいのよ、とサニアが自分の分のケーキにフォークを入れる。サニアのケーキは果物をふんだんに使ったタルト。ちなみにアイラはぱりっと香ばしい皮に粉砂糖を振ったシュークリーム。次はほかのケーキも食べてみようと、まだ自分のケーキに手もつけていないのにアンリは誓う。


 るんるんと鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で自分のチョコレートケーキを口に運んだアンリは、隣のアイラから諦めの視線を向けられていることになど、まったく気付いていなかった。

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