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 翌日の授業後、待ち合わせ場所に現れたサニアに連れられて行った場所に、アンリとアイラは絶句した。


「……サニアさん、今日は話だけって言ってませんでしたっけ?」


「ええ、話だけよ。話の場所が訓練室でも、悪くはないでしょう?」


 連れてこられたのは、学園の訓練室のうち、最も広い部屋。アンリやアイラも魔法研究部の活動で使うことがある部屋だ。サニアはためらうことなくその扉を開けた。


 部屋の中には十数人の生徒と一人の教員らしき大人の姿が見えた。生徒のうちの二人は部屋の中央で向かい合っていて、残る生徒と教員は、部屋の端の方でそれを眺めている。どうやら模擬戦闘の最中らしい。


 邪魔をしないように静かに扉を閉じて、サニアに倣い、アンリとアイラも見学の生徒の端に加わった。見学をしていた生徒たちは一瞬だけアンリやアイラに意識を向け、すぐにまた、部屋の中央で行われている模擬戦闘に意識を戻す。


 アンリも興味深く、部屋の中央で行われている模擬戦闘を見遣った。


 向かって左側は小柄な女子生徒。右腕をすっと前に伸ばし、しかしすぐに魔法を撃つことはなく、様子をうかがっているように見える。


 対して右側は、背の高い男子生徒。腕も上げず自然体で、ただ立っているだけのようにも見える。しかしその目は油断なく、対戦相手をしっかりと見据えていた。


 いつ動くか、と緊張を高めつつ見つめている見学者たちの前で、先に動いたのは女子生徒だった。伸ばした右手の先に素早く魔力が集まり、その手から拳大の炎の弾が三つ、男子生徒に向けて発射される。


 対する男子生徒は迫る炎に対し、手を上げる動作さえなく自分の目の前に風の壁を構築してみせた。炎の弾は三つとも、風にぶつかって天井に向け吹き飛ばされる。


「……っ! それなら、これはどうっ!?」


 女子生徒は更に右手から四つ炎を生み出した。炎が飛び出すのと合わせて、右手に重ねるように左手を上げる。すると炎が飛び出した手から続けざまに、氷の礫が飛び出した。


 一方で受ける男子生徒の側では、元の風の壁をそのまま維持するだけだ。余裕の笑みを浮かべる男子生徒の前で、炎の弾は四つとも、最初と同じように風で天井に吹き飛ばされる。


 その後ろから氷の礫が現れて、初めて彼は驚きに目を見開いた。


 真正面から攻撃を受け止める彼には、炎に隠れて氷の魔法が見えなかったのだろう。それはまさしく、攻撃を仕掛けた女子生徒の狙うところだったに違いない。男子生徒の回避行動は間に合わず、氷の礫は風の壁を通り抜け、彼の無防備な胸を打った。


 男子生徒は顔を歪めた。怪我をするほどの衝撃ではなかったはずだ。単純に、悔しかったのだろう。


「勝負あり! 勝者、ジェーン・ストライド!」


 壁際で見学していた生徒の一人が、さっと右手を挙げた。審判役も生徒だったのか、とアンリが驚いてそれを眺めているうちに、中央の二人が引っ込んできて、壁際から別の二人が中央に向けて歩き出した。どうやら交替で繰り返しているらしい。


「あ、サニア! お疲れさま、ありがとー」


 模擬戦闘を終えて戻ってきたばかりの女子生徒がサニアに笑顔を向けた。サニアは手を挙げてそれに応えてから、アンリとアイラに向き直る。


「紹介するわ。彼女はこの魔法戦闘部の次期部長さんで、ジェーン・ストライド。私と同じ二年一組よ」


「初めまして。ようこそ、魔法戦闘部へ!」


 おどけた調子で歓迎の文句を口にするジェーンに対し、アンリとアイラは礼を失しない程度に頭を下げた。




「魔法戦闘部は見ての通り、魔法での模擬戦闘を行う部活動よ」


 ジェーンはサニア、アンリ、アイラの三人を訓練室の一番奥の隅へと連れて行き、話を始めた。部屋の真ん中では魔法を使用した模擬戦闘が続いている。先ほどと違い対戦者同士がかなり大きく動き回って、魔法のほかに模擬剣まで使って戦闘を繰り広げていた。


「魔法戦闘と言っても色々あって、さっき私がやっていたのは攻守の役割を決めた魔法勝負。攻撃側は魔法で五回まで攻撃を仕掛けて良くて、一度でも相手に攻撃が当たれば勝ち。逆に五回全て防ぎきれば、守備側の勝ちってやつね」


「先ほどのジェーンさんのやり方だと、攻撃は三回に数えるんですか」


「うん。アンリ君、興味ある?」


 ジェーンが途端に身体を乗り出してきたので、アンリは咄嗟に身を引き、首を大きく横に振った。ルールの確認をしただけで、どうしてこうも食いつかれるのか。


「ちょっとジェーン。今日は話だけの約束よ」


 サニアの言葉に、ジェーンもさっと身体を引いた。ごめんごめん、と軽く両手を合わせて謝りながら笑う。


「だって年齢無制限の模擬戦闘大会の優勝と準優勝だもん。やっぱり、逃したくないって思うじゃない?」


「がっついてると本当に逃げられちゃうわよ。気を付けなさいよ」


 そもそも当の本人であるアンリとアイラの前でそんな会話を繰り広げる時点でどうなのか。そんなことをアンリはぼんやりと考えていたが、アイラの方では素早く警戒を言葉に表した。


「私たちはあの大会で、魔法器具を使っていました。普通にやって勝ったわけではありませんわ」


「ええーっ。アイラさんって意外と謙虚な子なんだねえ」


 一方でジェーンはアイラの警戒をものともしない。むしろ今度はアイラに向き直り、にこにこと話を続ける。


「稀代の新入生って聞いていたし、もっと自信満々な子なのかと思ってた。……魔法器具を使っていたことは、何も問題ないよ。たとえば、さっきの魔法戦闘は攻守の役割を決めた条件付きの模擬戦闘だったでしょ。でも今やっているのは、無条件の模擬戦闘」


 ジェーンが訓練室の中央を指し示す。ちょうど中央では、二人が模擬剣を交えているところだった。最初は大規模な魔法の撃ち合いも見られたが、魔力が足りなくなってきたのか、互いに物理的な攻撃に切り替えたようだ。


「私たちは部活動の中で、色々なタイプの魔法戦闘をやっているの。魔法器具使用アリの模擬戦闘も面白いかなって、このあいだの試合を見て思っていたところ。アイラさんがうちに入るなら、もっとちゃんと検討するよ。どう?」


 勢いに乗ったジェーンは再び「がっつく」姿勢になっていて、アイラはアンリの後ろに身を隠すようにしてそれを拒絶した。


「い、いえ。私は今日、ただの付き添いで来ただけですから。遠慮します」


「えっ、付き添いなの? でも、遠慮なんてしなくていいのに」


「貴方はもっと遠慮した方がいいわよ、ジェーン」


 サニアが呆れた顔をしてジェーンの肩に手をかける。不満げに口を尖らせながらも、ジェーンは前のめりになった身体を渋々と元の位置に戻した。


「……とにかく私たち魔法戦闘部では、週に一回こうして集まって、色々な模擬戦闘をやっているの。ほかの日は自由参加で、模擬戦闘に向けた訓練をしたり、模擬戦闘のルールを考えたりするの。ね、楽しそうでしょ? 今すぐじゃなくていいからさ、考えてみてよ」


 話がひと段落ついたところで、ちょうど繰り広げられていた模擬戦闘も終わったようだった。タイミングを見計らって、ほかの上級生たちにも会釈をしながら訓練室を出る。


 なかなか良いものが見られた、と魔法戦闘部の模擬戦闘の様子を思い返しながら、アンリは大人しくサニアの後ろについて歩いた。




 予想に反して話だけでなく、部活動見学もさせられてしまったわけではあるが。それでもこの後はゆっくり話せるところにでも向かうのだろうと、アンリは勝手に思い込んでいた。おそらくアンリの後ろについてきていたアイラも、同じように思っていただろう。


 それにしては長く歩くな……と思い始めた頃に、ようやくたどり着いた特別教室棟の最奥部。部屋の前で、サニアは振り返って当たり前のように告げた。


「はい、次はこちら。魔法工芸部の部室よ」


「……はい?」


「言ってなかったかしら? 貴方たちに声をかけたい部活動は一つじゃないのよ。たくさんあるの」


 もっとも私が仲介を頼まれたのは魔法戦闘部と魔法工芸部の二つだけだけれどね、と言いながら、サニアはアンリやアイラの反応を待つことなく教室の扉を開いた。

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