(6)
部屋に戻ったアンリがまずやったことは、机の中を引っかき回して、滅多に使わない通信具を机の中から探し出すことだった。
戦闘職員が一人一つ持たされる通信用の魔法器具。世界各地どこからでも防衛局の本部に通信を繋げることができ、盗聴対策にも万全を期した優れものだ。失くすと弁償させられる。
「そんな大切なものを、なんで失くしたのさ」
「失くしてないよ。あれ高いんだから、不吉なこと言わないで。普段は自分の通信魔法を使うから、あんまり使わないんだ……あっ! あったぁー」
引き出しの奥に突っ込んだ手を引き抜いて、アンリは深く安堵の息をついた。その手の中には、親指大の小さな魔法器具。
「失くさないようにって奥に入れておいたら、奥から下の段に落ちちゃったんだな。見つかってよかった」
「良かったね。それにしても、なんで使わないものを探していたの」
ウィルの問いには答えずに、アンリは見つかった魔法器具をさっそく指先でかちゃかちゃといじる。それからはっと何かに気づいた様子で顔を上げた。
「ごめんウィル、そういえばこれ、人のいないところで使わないといけないんだった」
は? と首を傾げたウィルに「また後でね」とだけ言い残し、アンリはさっと右手を振る。動きに合わせて、アンリを囲うように黒い壁が現れた。壁はアンリの頭上も覆ったので、まるで部屋の中に突如黒い箱が出現したかのようだ。結界魔法である。
「ええ……冗談だろう?」
外側で置き去りにされたウィルがぼそりと呟いた言葉も、遮音性と遮光性に優れた結界に包まれたアンリには届かなかった。
ウィルが外で困惑と苛立ちを募らせていることになど気付かずに、アンリは光と音を遮る結界の中、光魔法で自分の視界を確保した。そのまま通信具の起動操作を続ける。通信はすぐに防衛局本部に繋がって、運のよいことに、そのまま隊長まで繋がった。
『やあアンリ。なんだ、急ぎだったのか?』
「いえ、そんなに。隊長の話が本当か、確かめてみようと思って」
個人的な通信魔法では、相手の都合によって受けてもらえないことがある。居留守を使われても文句を言えないどころか、居留守か留守かの判断も難しい。それに比べると本部を経由した公式な連絡は、居留守は使いづらいものだ。逆に本当に留守ならば、個人的な通信魔法で連絡したところで繋がらない。
だから隊長や副隊長に急ぎの連絡があるときには、通信魔法ではなく支給品の通信具を使うといい……そんな裏技を教えてくれたのは、五年前、まだ隊長となる前の彼だった。
『……よく覚えていたな、そんな話』
「さっき思い出したんですよ。通信魔法が繋がらなかったときに」
アンリも通信魔法を試さなかったわけではない。帰り道、友人たちと話しながら、頭の片隅では事情を知っていそうな隊長への連絡を試みていたのだ。それが通じなかったので、ムキになって通信具を探し始めたというわけだ。
ちなみにもちろん緊急時用の通信魔法の方法もあるが、さすがに私用でそこまでしようとはアンリにも思えなかった。
『悪かったよ。それで、どうした? このあと会議なんだ、手短に頼むよ』
「来年、トウリ先生って何か防衛局での仕事があるんですか?」
『ああ、そのことか』
挨拶だけで時間を使っても仕方がない。アンリは単刀直入に、聞きたいことだけを尋ねることにした。手短に済ませたいという隊長も、ためらうことなくすぐに応える。
『誘っただけで返事はもらってないんだけれどね。アンリはトウリさんから聞いたのか? やると決めてくれたのなら良かった。……もちろん、ちゃんと決まったらアンリには真っ先に連絡しようと思っていたよ』
無言のアンリから不機嫌を感じ取ったのだろうか。言葉の後半は言い訳じみた早口で、ややわざとらしかった。
「なんの仕事なんです?」
『新人職員の指導だ。引退のきっかけになった怪我の具合もだいぶ良いらしいから、お願いしてみたんだ』
不機嫌を隠したアンリの直接的な問いにも、隊長の言葉は淀まない。どうやら本当に、隠すつもりはなかったようだ。怒っても仕方がないかと、アンリは深くため息をつくことで苛立ちを逃がした。
「先生、迷ってました?」
『そりゃあ、すぐに返事を貰えなかったくらいだからね。……悪く思わないでくれ、こちらも人手不足なんだ。優秀な人材がいることを知りながら、放っておくことはできない。聞きたいことはそれだけか?』
「……ええと、はい。それだけで」
もう少し聞く事があったようにも思う。しかし改めて問われると、聞きたいことが思いつかない。そもそも自分は、いったい隊長に何を聞きたかったのだろうか。
何を聞いても仕方がないと思い直して、アンリは通信を切った。
とにかく、聞いた話をウィルに報告しよう。
そう思って周囲の結界を解除したアンリは、ウィルが椅子に腰掛けて腕を組み、アンリを睨んでいるのを見つけてびくりと体を震わせた。
ウィルはまるで結界が解除されるタイミングをわかっていて、待ち構えていたような格好でアンリを睨んでいた。しかし外からでは、いつ結界が解除されるかなどわからなかったはずだ。
「おかえり、アンリ」
「え、えっと、ただいま? ウィル、ずっとそうしていたの?」
「まさか。同居人が突然部屋に巨大な箱を作って閉じこもってしまったから、驚いて何も手には付かなかったけれど。でも制服は着替えたよ」
たしかにウィルの服装は、中等科学園の臙脂色の制服ではなく、よく見る灰色の部屋着に替わっている。
いや、そういうことではない。
隊長に連絡を取ることにばかり気を取られていて、ウィルへの説明が疎かになっていた。今さらながらそのことに気付いて、アンリは身を縮こまらせた。
いったい何があったんだ、と冷静ながらも怒りを秘めていることのわかるウィルの問いに対し、アンリはぴんと背筋を伸ばし、通信具を使用した経緯から隊長に聞いた話まで、洗いざらい白状したのだった。
そんな無駄なことをしていたのか、というのがアンリの話を聞いたウィルの感想だった。
「無駄なことって」
「だってそうだろ? トウリ先生が何の仕事に誘われているのであれ、本人がああ言ったのだから、魔法研究部の活動に参加できないことは変わらない。アンリはトウリ先生の仕事を知ってどうしたかったのさ」
「どうと言われても……ウィルだって知りたがっていただろ?」
「そりゃあ、知りたいとは思うけれどさ。でも、わざわざこんな大袈裟なことをして聞くほどのことじゃない」
「大袈裟なことなんて……」
言いかけてすぐに、アンリは口を閉ざした。ウィルが最初よりも更に厳しい目つきでアンリを睨んでいるのに気付いたのだ。部屋の中に突然結界の箱ができたのは、たしかに大袈裟なことだったかもしれない。そう思い直して、アンリは反省した。
アンリの反省の色を見て取ったのか、ウィルはやや口調を和らげる。
「そんなことより僕たちが今やるべきなのは、トウリ先生を頼れなくなることも含めて、来年の魔法研究部をどうするか考えること。それから、もうすぐ学年末試験なんだから、それに向けて勉強すること。いいね?」
唐突に勉強などという言葉が出てきて、アンリは顔をしかめた。たしかにやらなければならないことではあるが、アンリにとっては直視したくない現実だ。
アンリの反応など気にも留めずに、ウィルは続けた。
「それから、何か変なことをするときには先に言っておいてよ。びっくりするから」
言い返すことなどできずに、アンリはただ苦い顔で黙って頷いた。急に防衛局の本部に連絡を取ろうとするだとか、突然部屋の中に結界で箱を作るだとか。そういうことに対して言っているのだろう。
「……ごめん、気を付ける」
「わかってくれたならいいんだけど。じゃあ僕、勉強するから。アンリも勉強した方がいいと思うよ。魔法知識以外は苦手でしょ」
ここまで言われると、もはやぐうの音も出なかった。




