(5)
トウリから魔法研究部の全員に話があったのは、翌日のことだった。部活動の時間中、訓練室の片隅に集まったメンバーにトウリからまとめて告げられた。
来年の魔法研究部の活動をどうするのか。解散も含めて、その在り方を考えろ。
意外なことにトウリはこの話を、まだアンリ以外の誰にもしていなかったらしい。アンリと同じ三組のマリアとエリック、それにハーツも、二組のイルマークと同様に驚いた様子で目を丸くしていた。むしろアイラとウィルの方が、アンリから聞いていたために動揺が少なかったようだ。
それに、アンリにとって初耳の話もあった。
「実はお前らには悪いが、魔法研究部を続けるにしても、俺は続けられない」
トウリの発言に唖然としたアンリは、次いでアイラやウィルから向けられた懐疑の視線に、知らないよと慌てて首を横に振った。知っていて隠していたわけではない。面談のときにそんな話は無かったはずだ。
そんな生徒たちの振る舞いには触れずに、トウリは淡々と続ける。
「最近決まったことなんだが、来年、古巣の仕事を手伝うことになってな。教師を辞めるわけではないが、部活動までは手が回らなくなるだろう」
アンリに向けられる視線が増えた。トウリの古巣と言えば、国家防衛局、アンリが戦闘職員として所属する場所だ。同級生たちからの「知らなかったのか」という視線にアンリは首を大きく横に振りつつ、恨めしげにトウリを睨む。
アンリの視線に応えて、トウリは苦笑した。
「アンリも知らないだろう。まだ内々に打診されている段階だしな……だが俺は、その話を受けるつもりでいる」
「ええっ。先生、私たちはどうなるのっ」
不満げな声をあげたのはマリアだ。癇癪を起こしそうな彼女の声にも、トウリが慌てる様子はなかった。
「もしも魔法研究部を続けるなら、後任の教師を探してやる。別の教師を顧問に迎えて、活動を続ければいい。活動内容をあまり変えずに済むように、人選には気を付けよう」
トウリが示したのは、生徒たちのことを考えた最善の道。しかし、だからこそ隙がなく、取り付く島もないと言えた。最も文句を言いそうなマリアでさえ、頬を膨らませるだけで、具体的な反論が出てこない。
そんな生徒たちを見回して、トウリは苦笑さえ収めて神妙な顔で続けた。
「年末までにはまだ少し時間がある。今の話も踏まえて、今後どうするかお前たちで話し合って、決めてほしい」
その言葉に、アンリたちはただ黙って頷くしかなかった。
その日の帰り道は、珍しく魔法研究部の全員で集まって歩いた。
一緒に帰ろうと言い出したのはマリアだ。男子寮に向かう道を通ると自宅通学組であるマリアやアイラ、エリックにとっては遠回りになるはずだが、誰も気にした様子はなかった。
今日のトウリの言葉を受けて、さっそく話し合いたいということらしい。
とはいえまだ気持ちの整理ができていない今日は、話し合いというより愚痴の掃き溜めのようになった。
「先生、やっぱり教員やるより戦闘職員やる方が好きなのかなあ」
「言い過ぎだよ、マリアちゃん。教員の仕事も続けるって言ってたんだから」
「しかし、部活動の指導を辞めようと思うくらいには魅力的ということですよね」
「イルマーク、流石にその言い方はねえだろ」
やり場のない愚痴を呟くマリアを宥めるのは、いつも通りにエリックの役割だ。一方で厳しい言葉を口にするイルマークに、珍しくハーツが説教役にまわる。イルマークは反省した様子もなく肩をすくめた。
「責めているわけではありません。そういうものかと、感心していたんです」
「でも、そもそも先生は怪我で戦闘職員を辞めたんだろう? 簡単に戻れるものなのか?」
ささくれ立った雰囲気を転換するために発せられたウィルの言葉は、アンリに向けられていた。アンリは曖昧に首を傾げる。
「うーん、どんな怪我か聞いていないからわからないけど、復帰する人はいるね。それに戦闘部局に戻ると言っても、戦闘職員になるとは限らないんじゃないかな」
「えっ、そうなのか?」
驚きを声に出したのはハーツだけだったが、ほかの面子も似たような顔をアンリに向けている。その反応を、アンリはむしろ意外に受け取った。
「そりゃ、戦闘職員ばかりじゃ組織は回らないだろ。事務職員もいるし、戦闘職員のサポートをする補助職員もいる。引退した戦闘職員が得意分野を活かして補助職員になるって話ならよく聞くよ」
「得意分野?」
「戦闘技術の指導とか。魔法器具に詳しいと整備士になることもある。……あと、トウリ先生の言う古巣っていうのが戦闘部局に限らず防衛局全体のことだとすれば、研究部とか衛生部ってことも考えられるんじゃないかな」
国家防衛局の中の組織は、主に三つに分けられる。具体的な防衛行為にあたる戦闘部、防衛のための技術を磨く研究部、医療的な救護や感染症への対応にあたる衛生部。
トウリが中等科学園の教員となる前に所属していたのは戦闘部だが、戻る先まで戦闘部とは限らない。医療行為を主とする衛生部に呼ばれる理由は思い付かないが、研究部という選択肢ならあり得るのではないか。
アンリがそのような自説を展開すると、なるほど、とウィルがまず大きく頷いた。
「部局が違うなら、アンリが話を知らなかったこともわかるね」
「あ、いや。戦闘部局だったからと言って、俺に情報が入るとは限らないけど」
「でも、上級戦闘職員なんだろ?」
ハーツの無邪気な問いに、アンリは苦笑して頬を掻く。
「俺は魔法力が強くてそういう扱いになっただけだから。普通の上級職員に比べたら、持ってる権限が少ないんだ」
むしろ情報量で言えばアイラの方が、家から得られる話は多いのではないか。
そんなふうにアンリが話を向けると、それまで一緒に歩きながらも黙って話を聞き流していたアイラが、迷惑そうにアンリを睨んだ。
「私だって、いつでも好きな情報を得られるというわけではないわ」
「でも、俺の所属とか先生の経歴とかはわかったんだろ?」
「たまたまよ。父がなんでも知っているとは思ったら大間違いよ」
それはどうだろうとアンリは内心で首を傾げる。百歩譲ってアンリのことは、昔から気にかけていたから知っていたとも言えるだろう。しかし、それとトウリの経歴を知っていたこととは話が別だ。
「まあ、とにかく」
もうすぐ目の前が男子寮というところに至って、散らかっていた話をウィルがまとめた。
「先生がどこに行くつもりであれ、魔法研究部を続けられないのは事実のようだし。僕たちも今後どうするか、考えないといけないね」
まったく益のないことに、この日の話は全員のスタート地点を確認することだけで終わった。




