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(4)

 それはアンリが悪いよとウィルに苦い顔で言われ、アンリは不貞腐れて唇を尖らせた。


「そうかなあ……別に俺、魔法研究部を解散しようなんて言っていないけど」


「でも、解散しても良いっていう態度は見せたんだろう?」


 パルトリチョコレートのイーダ支部からの帰り道、アンリとの話の途中で不機嫌に黙り込んだアイラは、そのまま別れるまで一切口を開かなかった。アンリにしてみれば、なにがアイラの機嫌をそこまで損ねたのかがわからない。


 それでアンリは、寮に帰ってそのことをウィルに相談した。その後の会話がこれだ。


「積極的に解散させたいわけじゃないよ……でも、もし皆が他のことしたいって言うならそうなるし」


「ほかの皆はわからないけれど、少なくともアイラがそんなこと言うわけないだろ」


「え、なんで?」


 本心から首を傾げたアンリに、ウィルは珍しく苛立った様子を見せた。


「あのね、アンリ。アイラが魔法研究部に参加することにしたとき、なんて言ったか覚えている?」


「…………ああ、そっか」


 言われてアンリはようやく思い出す。


 元上級魔法戦闘職員の指導を受け、現職の上級魔法戦闘職員の魔法を見ることができる。そんな魔法研究部を魅力的だと、彼女は言っていた。つまり彼女はトウリの指導を受け、アンリの魔法を見たいのだ。


 そんなこと、この部活動以外でできるわけがない。


 気の抜けたアンリの相槌に、ウィルの言葉にため息が混ざった。


「たしかに僕や他のメンバーは、魔法が使えるようになりたいとか……魔法を使えることを隠さなくて済むようにとか。そういう目的で、半ばマリアの無茶に付き合うようにして参加したわけだけど。でも、アイラは違っただろ。思い出した?」


「……そんなの、最初の頃の話じゃないか」


「アンリ、本当にそう思っているなら怒るよ」


 ウィルの言葉にアンリは口を閉ざす。自分の言葉に無理があることはアンリにもわかっていた。アイラは今でも事あるごとにアンリの魔法に対抗心を燃やし、トウリの教えに対し熱心に耳を傾けている。当初の熱い気持ちが一切冷めていないのは明らかだ。


 意味のない反論をしてしまった、とアンリは気まずく視線を逸らせる。そんなアンリを前に、ウィルは責める口調を改めずに続けた。


「だいたいアンリ、僕だってまだ先生から何の話も聞いていないんだ。勝手に話を進められたら、いい気はしないよ」


「別に、話を進めようとしたわけじゃ」


「でも、アンリは……」


「ああ、もう。わかったよ、わかった。俺が悪かったって」


 ウィルと言い争いをしたところで、勝てるわけがない。そのうえ、自分の非が大きいことにも自覚がある。


 アンリは早々に諦めて口論を放棄した。


「アイラにはちゃんと謝る。これ以上、話を進めることも広めることもしない」


 ぶっきらぼうだがはっきりと方針を示したアンリの宣言に、ウィルは「それでいい」と言って深く頷いた。ウィルの苛立ちがおさまった気配に、アンリはほっと胸を撫で下ろす。一方的に言い負かされた形になって不満がないと言えば嘘だ。それでもアンリは、これ以上余計な言い争いを生まないようにと黙り込む。


 しかし、ここで話を終わらせてくれるほどウィルは甘くなかった。いくぶん和らいだ口調ながらも、ウィルは重ねてアンリに問う。


「それで、サニアさんに誘われた部活動の話はどうするの?」


 その言葉に、アンリは思わず顔をしかめた。ウィルはきっと、アンリが断ることを期待している。断ると言った方がウィルの機嫌には良い方に働くだろうし、そもそも自分が悪いと認めた以上、そうすべきなのだろうという考えもあった。


 それでも伝えた言葉を簡単に覆せるほど、サニアに対して恩がないわけでもない。防衛局でばらしてしまったアンリの身分に関する秘密は今も守ってくれているし、交流大会という楽しい機会に誘ってくれた。なにより、今日のチョコレートアイスクリーム。


「……サニアさんとの約束だから、話を聞きに行くのは断りたくない。でも大丈夫、誘われても、絶対にあっちにはいかないって誓う」


 アンリが真剣に言うと、ウィルはやや苦い顔をした。やはり許してはもらえないだろうか。


 しかし、アンリの不安は杞憂に終わった。


「まあ、仕方ないか。先輩だしね」


 少しだけ考える仕草を見せたウィルは、ため息交じりにそう呟いた。アンリはサニアに色々な恩を感じて断りたくないと思っただけなのだが、ウィルはどうやら別の理由で納得することにしたようだ。


 先輩とは、そう簡単に約束を反故にしてよい相手ではないらしい。覚えておこう。こんなときではあるが、アンリは心の中の常識メモに書き留める。


 その間にも、ウィルの言葉は続いていた。


「でも本当に、簡単に引き抜かれて向こうの部活動に入ったら怒るからね。甘い言葉に騙されないこと。あと、僕もそのアイスクリーム、食べてみたいな」


 はい、はい、と大人しく頷いていたアンリだったが、話の後半にいたって「あれ」と首を傾げた。改めて見遣れば、ウィルの瞳は悪戯っぽく輝いている。


 やられた、と気付いたときにはもう遅い。


 ウィルの巧みな話術に乗せられて、アンリはなぜか、ウィルの分のアイスクリームをサニアに頼むことを請け負っていた。

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