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授業態度と学年末試験のことばかり考えていたアンリは「魔法力検査はどうするつもりか」と指導室でトウリに問われ、その問いの意味にしばらく頭を悩ませた。
指導室で、といっても今日はいつもと違い、アンリが何かをやらかして呼び出されたわけではない。年に一度、生徒全員が個別に担任教師と面談する機会がある。一、二年生は進級を控えた学年末に。三、四年生は進路を見据えて年の前半に。
今日はアンリの面談日だ。
だから今日の授業態度の説教をされるわけでは無いはずだ。そう思いながらも一応覚悟して面談に臨んだアンリは、唐突な問いの意図をはかりかねた。
「……魔法力検査、ですか?」
「学年末試験と一緒に魔法力検査があることは、さすがに知っているだろう? 入学検査のときには魔法力を誤魔化したようだが、今度はどうするのかと聞いている」
あ、とアンリは口を開けて固まった。魔法力検査があること自体は認識していたが、対策が必要だということはすっかり失念していた。
入学検査のときと同じ検査なら、同じように誤魔化せばよいだろうか。いや、防衛局での体験カリキュラムや交流大会の有志イベントに参加したことを思えば、少なくとも「魔法が使えない」という嘘はもう通用しないはずだ。
口を開けたまま何も答えられずに考えを巡らせるアンリの前で、トウリは深いため息をつきながら「やっぱりな」と呟いた。
「どうせ何も考えていないんだろうとは思っていた。どうするにせよお前の自由だが、決めたら先に知らせておけ。突然全力を出されたりしたら、検査器具が壊れる」
「……いや、検査器具は壊しませんけど。それより、また誤魔化すっていうのもありなんですか?」
アンリが心配しているのは、検査で誤魔化すことが「不正」と捉えられることだ。入学検査においてアンリが自身の魔法力を低く誤魔化したことは、気付かなかった学園側が悪いのだとトウリが主張してくれたために、アンリにはなんのお咎めもなかった。
しかし、次の検査で再び魔法力を誤魔化すとすれば。気付かなかった、などと甘いことは言ってもらえないだろう。
「本来はナシだ」
アンリの問いの意味を理解して、トウリは苦い顔で頭を掻いた。
「だがお前が本気を出したら大騒ぎになるだろうからな。騒ぎを避けるためなら仕方ないと、学長も言っている」
「見逃してもらえるんですか?」
「その代わり、俺と学長以外の誰にも気付かせるな」
この課題のハードルはそれほど高くない。入学検査で魔法力を誤魔化したことも、アンリから言い出さなければ誰にも気付かれていなかったのだ。同じようにしれっと誤魔化しておけば、元々のアンリの魔法力を知らない人には気付かれないはずだ。
気を抜いたアンリに、トウリが「気を付けろよ」と念を押す。
「誤魔化しの程度によっては、気付かれる可能性もある。体験カリキュラムに参加できるだけの魔法力を持っていることは、公式に証明しているんだ。それに見合う魔法力でないと、さすがに怪しまれるからな」
「わかっています。……でも入学検査から一年しか経っていないのに、突然そんなに魔法ができるようになったら、それも怪しまれませんか?」
「なにを今さら」
トウリがひときわ渋い顔をして言う。
確かに、とアンリは口を閉ざした。魔法が使えないと申告した入学検査からたいして日も経たないうちに、体験カリキュラムに参加する学年代表に選ばれるほどの魔法力を示したのだ。怪しむなと言う方が無茶だし、そもそも気にするには遅すぎる。
「ちなみに教師間では、お前は来年から一組になるだろうという見方が濃厚だ」
「え?」
「クラス分けの基本くらい知っているだろう? 原則として魔法力順に一組から十組までに振り分けるんだ。三年になれば希望進路や適性も考慮するが、二年まではほとんど魔法力で決まると言っていい。……知らなかったのか」
ぼんやりと反応の薄いアンリを前に、トウリが確認するように問う。アンリははっとして、慌てて首を振った。
まさかクラス替えがあること自体知らなかったなどと、自分の無知を晒す気にはなれない。疑うように目を細めるトウリから視線を逸らしたアンリは、話題の転換を試みることにした。
「えっと、それで、俺は一組になるんですか?」
「……一年では魔法の指導をしないから、通常、魔法力に大きな変化は出ない。だからいつもなら、一年から二年への進級時に大きなクラス替えはないんだ。だが今回は、体験カリキュラムの参加選考のための魔法指導があったからな。やや動きが大きいだろうと見ている。その筆頭として、お前の名前が挙がっているんだ。もちろん、魔法力検査の結果次第ではあるがな」
なるほど、とアンリは大袈裟に頷く。やたらと話が丁寧なのは、話の根底に関わる常識がアンリに欠けていることを、トウリも察したからだろうか。
おかげでアンリもなんとか動揺を抑えて話に応じることができた。
「それなら、アイラかウィルの魔法力を参考に検査を受ければいいですかね」
「……魔力貯蔵量はそれでいいが、使用魔法はウィリアムの方にしておけ。アイラみたいな天才が増えたら、それだけでも大騒ぎだ」
魔法力は、各自の魔力貯蔵量と使用可能な魔法の種類によって測られる。魔力貯蔵量だけならアイラとウィルに大した違いはないが、使える魔法がほとんど生活魔法に限られるウィルと戦闘魔法まで使いこなすアイラとでは、検査結果に大きな差が生まれる。
ということは、やはり参考にすべきはウィルなのか。
わかりましたと素直に頷いたアンリに、トウリが訝しむような目を向けた。きっとアンリが確実に理解できているか、測りかねているのだろう。検査で騒ぎを起こしはしないかと、憂慮しているのかもしれない。
「大丈夫ですよ。悪目立ちはしたくないんで、ちゃんと加減します」
アンリが言葉を足しても、トウリが安心した様子を見せることはなかった。
こうして面談の大部分は、魔法力検査をいかに乗り切るかという話が占めた。アンリの心配していた授業態度がどうこうという話は、途中でちらりと話題に出ただけだ。ここまで一年近く同じ態度を取り続けたことで、もはや言っても無駄だと思われているのかもしれない。
そうして面談を終えたアンリが席を立ったとき、そういえば、とトウリが思い出したように言った。
「これはお前だけに聞くことでもないが。来年になったら魔法研究部はどうするんだ?」
「はい?」
さっさと部屋を出たい一心で扉に向かっていた体を止めて、アンリは振り返る。部活動をどうするか?
「魔法を使えるようになるために始めた部活動だっただろう。二年になれば授業でも魔法の実技訓練が始まる。このまま部活動を続ける必要はないんじゃないか」
トウリからすれば、当たり前の話だったのだろう。むしろアンリが首を傾げていることに対して意外そうな顔をして、言葉を続ける。
「続けるとすれば何を目的に活動するのかとか、新入生を勧誘するのかとか。そういえば普通、部活動では部長というリーダー職を立てるものだが。お前らはまだそういうことも決めていなかったな。続けるつもりなら、もう少し組織らしくしてみたらどうだ」
部活動のあり方を変えるなど考えたこともなかったアンリは、突然投げかけられた話に目を白黒させるばかりだ。アンリの困惑を見てとったトウリは「まあいい」と話を切り上げた。
「今すぐ決めろということじゃないから、ゆっくり考えておけ。ほかの奴らにも話はするつもりだから、皆で話し合って決めるといい」
「……あ、はい」
アンリは曖昧に答え、今度こそトウリに背を向けて指導室から退室した。




