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 隊長は警備隊としての巡視中に、偶然盗みの場面に出くわしたのだという。


「間抜けだよなあ、警備の目の前で盗みを働くなんて」


「……それにしても隊長の力をあんな小悪党に使うなんて、もったいないですよ」


「いやいや、悪党に小も大もないから」


 そうは言っても万引き程度にあれほどの魔法を使ったものだから、まるで見世物かのように衆目を集めていた。過剰な戦力も考えものだ。捕まった男は運がなかった。


 そうして捕まえた男を別の警備に引き渡し、保護した壺を哀れな男に返した隊長は、目撃者への事情聴取と称して道端でアンリと世間話に興じているのだった。


「楽しんでるか?」


「楽しんでいますよ。まあ、隊長ほどじゃないかもしれませんが」


 警備隊の助っ人というたった五日間の仕事の期間中に都合よく休暇を取り、仮面を被ってイベントに参加して、そうかと思えば盗人をわざと目立つように捕まえてみせる。ここ数日の自由奔放な隊長の姿に、アンリは呆れるばかりだ。


「そう言うなよ。俺だって一番隊での仕事ばかりじゃ退屈なんだ。たまには羽を伸ばしたっていいだろう?」


「一番隊は退屈ですか?」


 アンリは隊長を見上げる。ん? と隊長がやや首を傾げたのは、アンリの目が思いのほか真剣だったからだろう。真面目な話だと認識したのだろう。隊長は少しだけ悩む様子を見せてから口を開く。


「……退屈に思うこともあるよ、たまにね。アンリも中等科学園に来て、わかったんじゃないか?」


 そんなふうに問い返されると思っていなかったアンリは、答えが思いつかずに黙った。防衛局は退屈だったか? 中等科学園に来て、何か考えは変わったか?


 そういえば、とアンリは思う。防衛局の戦闘職員としての仕事を退屈だと思ったことはない。仲間は優しく頼りになるし、仲間の役に立つことができるのは嬉しかった。仕事は充実していて、アンリは自身の仕事に誇りを持っていた。


 けれど最近になって、アンリは時々思うのだ。あれは、あまりにも狭い世界だと。アンリは防衛局の外のことを何も知らなかった。防衛局が世界の全てだったから、そこが退屈だとは考えたことはなかったし、ましてや退屈だから外で別のことをしようなどと、思い付けるはずもなかった。


「……わかりません、まだ」


 アンリがなんとか口を開くと、隊長はその答えに満足げに微笑んだ。


「それでも答えに悩むくらいには、色々考えているってことだろう? いいことじゃないか。まだ一年生なんだから、これから防衛局が退屈に思えるくらい、色んなことを学べよ」


 そんなことを言って、最終的に俺が防衛局を辞めたいと言ったらどうするつもりなのだろう。


 そう思ったアンリだったが、言葉にはしなかった。きっとこの優しい隊長は、アンリが結果的にどんな進路を選んだとしても応援してくれることだろう。その優しさにいつまでも甘えてばかりいる子供ではいたくないと、アンリは思い始めていた。




 楽しめよと励ましをもらって隊長と別れ、アンリたちは再び出店の間をぶらぶらと歩き始めた。


「アンリ君は隊長さんがいるってわかってたから動かなかったんだね」


「それならそうと言えよ、びっくりしただろー」


 エリックやハーツは、未だに先ほどの捕物に心躍らせているようだ。魔法で犯罪者を捕まえるさまが格好良かったらしい。アンリも先日ひったくりを捕まえたが、そういえばあのときは犯人を組み伏せるまで魔法を使わなかった。腕輪のせいで使えなかったと言い換えることもできるが。それに比べて、たしかに先ほどの隊長は、わかりやすく華やかに魔法で悪者退治をしていた。その姿に惹かれるのもわかる。


 一方でアイラは、なにやら難しい顔をしている。


「どうしたの、アイラ」


「ねえアンリ。私さっきの隊長さんの魔法に見覚えがあるのだけれど」


「……ふうん?」


「つい昨日見た魔法とよく似ていたのだけれど」


 そりゃあ同じ人の魔法だからね、などと言ってもよいのだろうか。アンリは少し考えてから、言われるまでは黙っていることにした。一応昨日のうちの口止めをされただけで、後でばらすなとは言われていない。けれど積極的に教えるのはやはりまずいだろう。


 アイラの鋭い感覚を思えば、今日の魔法を見て隊長と仮面男との同一性を見抜いたとしても、なんらおかしくはない。むしろ「見覚えがある」とか「似ていた」とか、中途半端な言葉に抑えているのが不思議なほどだ。


 アンリが内心で首を傾げているうちに、アイラはにっこりと笑って続けた。


「でも気のせいよね。気のせいで良いから、再戦の機会をつくるっていう約束、忘れないでちょうだいね」


 そういうことか、とアンリは気付いて項垂れる。アイラは仮面男との再戦を望んでいる。しかしそれが防衛局一番隊の隊長ともなれば、再戦など難しいだろう。だからこそ二人が同一人物であることはあえて認めないことにしたらしい。


 そうまでして対戦したいのか。しかも、相手が防衛局のトップだとわかった今でさえ。


 アイラの向上心を恐ろしく思って顔をしかめながらも、アンリは黙って頷いた。




 いくつかの出店でマリアの勧めに従って買った食事を食べ歩き、一行はそのままゆるゆると、午後の公式行事が行われる広場へ向かう。


「こんな面白そうな展示が不人気なんて、もったいない」


「……そんなこと思うのは僕らと、研究員を探している研究所の人たちだけだと思うよ」


 意外にも人出の少ない広場を見て思わず不満を口にしたアンリを、ウィルが苦笑しながら諭した。


 広場で行われているのは、魔法士科学園生の技術と研究科学園生の知識とで作り上げた魔法器具・魔法工芸の品評会。会場の中央にたくさんの机が並び、机の上にそれぞれの作品が並べられている。時間帯ごとに作品を入れ替え、夕方には作品に関する作者による解説と、専門家による講評が行われるとのことだ。


 別の会場で行われている魔法士科と騎士科による模擬戦闘に比べると派手さに欠けるのはアンリにもわかる。しかし並べられた魔法器具や工芸品はなかなかの力作揃いだ。


「皆はいいよ、あっちの模擬戦闘見に行っても」


「えぇー。今さらただの学園生の模擬戦闘なんて見たって、つまんないよ」


「そうね。ここでアンリから魔法器具の解説を聞いていた方が有意義だわ」


 友人たちに対してやや遠慮を見せたアンリだったが、どうやら要らぬ心配だったらしい。マリアを筆頭に、普通の模擬戦闘はつまらないなどと物騒なことを言う。アイラに至っては、解説するなど一度も言ってはいないアンリの行動を勝手に決めつけていた。


 そんな気の合う友人たちと、アンリは並べられた品々を見て回る。


 雨の日に濡れずに歩ける魔法器具、夏場に涼しい風を生み出す魔法器具、道路に落ちた木の葉とゴミを分別する魔法器具。工芸品では魔力石による装飾品に、置物、からくり細工。出店でアンリが夢中になったランプのように、実用的かつ芸術的な品も並んでいる。


 戦闘に特化した魔法器具ばかり研究開発する防衛局とは違い、生活に根付いた魔法器具がたくさん作られていた。さらにはどれだけ金と労力を費やしたのかと仰天するようなものもあれば、いったい何に使うのかと首を傾げるものもある。


「なんだか真面目な服装の人が多いな」


「どこかの工房の人じゃないかな。作品を見て、めぼしい学園生をスカウトするんだよ」


 アンリの疑問にウィルが答える。なるほど、卒業後の進路に大きく関わるとはそういうことだったのか。ここに並べた作品によって評価され、憧れの工房へ就職する。卒業してからの将来を具体的に思い描く三、四年生にはとっては、一番の理想の道だろう。


「……俺も三年生になったら、製作したものをここに並べたいな」


「ええぇっ!? アンリ君、研究職希望なのっ!!?」


 何気ないひと言に最も過剰な反応を見せたのはマリアだったが、ほかの面々にしても、驚き方は似たようなものだった。え、上級魔法戦闘職員が何を言っているの? とでも言いたげな友人たちの顔にアンリは苦笑する。


「別に、戦闘職を辞めたいわけじゃないけど。研究職を目指しちゃいけないってこともないだろ?」


「……アンリなら二足のわらじも履けそうだから恐ろしいね」


「そのときは俺も、アンリの作った魔法器具着けて模擬戦闘出てみてえな!」


「僕は魔法器具作りに興味があるから、アンリ君と一緒に何か作れたら嬉しいなあ」


「駄目よ。アンリには私の対戦相手になってもらわないと」


 皆があまりに堂々と好き勝手にアンリのことを論じるので、アンリは声を立てて笑った。




 これから自分はどんな道へ進んでいくのか。


 入学したときには悩むことすらなかったことを、今では少しだけ悩むことができている。それを一緒に話し合える友人がいる。


 皆と過ごし、色々な世界を知りながら。ゆっくり考えていけばいいと、アンリは思った。





第3章完結です。お読みいただきありがとうございます。

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